自由行動をも巻き込んで2
「そう。ええ感じや」
「釣りって結構繊細なんやな」
でも楽しいな、と名前と白石が和気藹々とした空気の中で釣りを楽しむにはそう時間はかからなかった。それは白石の紳士的な対応というのが主な原因であったが、名前の淡々とした対応もまたそれを促進しているのは間違いがなかった
「なんや無理に組ませて悪かったな」
名前も白石もコツを掴み落ち着いてきた時に見当違いのような気がする発言をされたので名前はその真意が理解出来ず間を開けた。その間に白石は言葉を続ける
「苗字さん、千歳とよぉ居るから」
「よぉ居るいうか、お互い気分で行動しとったら偶々一緒になるっていうか」
「気があうっちゅーことやん」
「まぁ、そやな。でもいつでも一緒ておかしいやろ」
そこに拘りないし、とはっきりとした回答を貰った白石はそれ以上千歳の話題を出すことはやめた。いや、本題へと話題を移すタイミングを得たと言った方がいいのかもしれない
「俺らもうすぐ大会があるんやけど、どうも謙也が千歳に対してえぇ感情を持っとらんみたいでな」
チラリと離れた場所で釣りをする千歳と謙也の様子を見ながら白石は淡々と話す。名前はそんな白石の様子を見てその保護者のような優しい視線と強制するような監視を感じる
「俺らテニス部のモットーは勝ったもん勝ち、どんな手でも勝てばええってことやねん。せやから千歳がレギュラーでも何ら不思議なことはないんや」
それは放浪癖のある千歳でもっちゅーことやろうか、あぁ、千歳はそない練習に出てへんのやな。と思う名前に白石は釣竿を定期的に揺らしながら話を続ける
「謙也かてそれは理解しとる。ただ、あいつ意外と硬派なとこがあってな。千歳が部活におったりおらんかったりするのが気にかかるみたいや」
表立って言いよることはないんやけどな、と眉をハの字に下げる白石を名前は不意に見上げてしまいドキリとした。どんな表情をしてもこの人は格好えぇんやな、と噂通りの事実ではあったが目の当たりにしたような気がしたからだ。だがそれは間違っても恋愛感情が起こりそうなものではなかったし、噂という何事も肥大して伝わるようなものをあてにはしていない名前からすれば、それと現実がここまで一致するようなことがあるのかという驚き故のものであり、そして同時に昨日の夜の海辺での出来事が頭を巡ったからであった
「苗字…さんはここで何しとったん」
昨日の夜、海辺から高城と白石が去った後、無言に息を詰まらせたのか口を開いたのは謙也であった。他者からすれば名前こそがその言葉を発するに正しい人物であることは明白であった。なんせ名前を岩場まで引っ張り込んだのは謙也であったのだから
「電話しとったんよ」
「せ、せやけど、今ホテル出たあかん時間やろ」
「それはお互い様やな」
謙也が自分に名前からの質問を防ぐ為にべらべらと喋る理由を名前は何となく分かっていた。いつだったか、謙也が告白を断る際に好きな人が居ると言っていたのを覚えていたのもあるし、先程の二人に対する謙也の動揺は誰が見ても尋常ではないから
「はよ戻ろ。先生らに見つかると面倒やし」
名前のその言葉は謙也を苦しませまい、と思ったが故のものであった。自分には何故謙也が岩場に居たのかを問い質す気もないし、気にもしていないと思わせられればいいと思った上での発言だった。しかし謙也はそれに拒絶を示した。白石が言う通り、彼は硬派であったのである
「お、俺…高城が好きやねん!せやからどないしても気になったちゅーか、覗きまがいのことしてもうたっていうかその…悪意はないねん!」
「うん。分かってるから戻ろ」
「おん、って何でそないあっさりしとんねん!普通もっとなんかあるやろ!っちゅーか好きやから覗きてどないやねんとか」
「思わん思わん。それぐらいしてもええやん。好きなんやろ、気になるんやろ。それでええやん」
名前からすれば覗きは自分の生活の一部であり、それに罪悪感を感じる意味を理解できる一般人とはそういった面ではかけはなれていた為に謙也がこれほどまでうじうじする理由が分からなかった。その為に謙也が鬱陶しくさえ思え適当にあしらうように返事をしてしまう。一方謙也は本心から何も思っていない名前に拍子抜けし、更には自分を応援してくれているのかと思い違いをおかすほどテンパっていた
「苗字さん…いや苗字!おおきに!」
何や俺頑張るわ!と笑う謙也を思い出してふと離れた場所で釣りをしている謙也を見た名前は白石にぼそりと呟いた
「こんな時も部長なんやな。千歳も忍足くんもなんや上手いことやってそうやし、良かったやん」
ここから見る限りやけど、と続ける名前に白石はそやな、と軽く微笑んだ。だがその微笑みに力がないのは、あまり普段の白石と謙也の仲を知らない名前であっても感じる昨日の夜に高城から告白された白石に対しての謙也の態度の違和感に、白石が耐えられなかったのだろうと名前は思っていた
13 END
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