何故、海は波打つのかと
「あ、やっぱり苗字さんや」
頭を洗っていた名前が泡をシャワーで流すと、いつの間にか隣で身体を洗っていた女の子は無遠慮に名前の身体をジロジロ見ながら声を掛けてきた。名前は瞬時に自身が持っている情報の中からその女子の素性を大方把握して、それから口を開いた
「高城さん、やんな。2組の」
「おん。球技大会の時は後輩がえらい失礼なことしてもうて堪忍やで?あの子、財前くんが絡むと周りが見えんようなるみたいでなぁ」
高城知恵。球技大会では謙也と共に3年2組の運命競技の選手として出場。バレー部のエースで、これまた自分が準決勝で打ち負かした人だと認識すると名前はどう言葉を返せばよいのかが分からなくなってしまった。謙也同様、この人もまた巻き込んでしまっただけで直接の感情は何もない
「別にえぇよ」
結局は淡白な返事になってしまった、と名前は反省しながらも身体を洗う。高城はそれを特には気にしていないらしく、べらべらと言葉を続けていく
「あん時苗字さんめっちゃ反射神経とか良かったやんかー。運動部とか入ってたら絶対活躍出来たやん」
何で入らんかったん?勿体ないわ!と1人熱くなる高城に名前は冷静な対応をとる。一見してそれは拒絶のように思われても仕方のないものであったが、高城はそうとは取らず、またはそうであったとしても構わないというように言葉を続けていく。名前も拒絶をしている訳はないのでそれにありがたさを込めて言葉を返す
「ウチ1つのこと続けられへんねん。せやから部活は入らんかったんよ」
「そら性分やから何とも言えへんなぁ…ところで自分、えぇもん持っとんな!」
「…高城さん」
明らかに自分の胸を見てにやにやする高城に名前は心底呆れた声を出す。どこぞのじじいやん、と。しかし高城は引き下がる様子もなく女同士なんやし、とぐいぐいくる
「何カップ?」
「さぁ」
「あー答えてくれへんのや!ほなブラのサイズ見たろっ」
え、そこまでついてくる気なん?という名前の疑問に対して高城は何の迷いもなく着替えまでついてきた。そしてそんな騒がしい彼女から解放された切っ掛けは自室に点呼の確認に担任がくる時間が迫ったことであった。彼女は友人に怒鳴られるように部屋に連れ戻され、名前もまたそれに従い自室に戻り点呼を無事に済ませた後、もうえぇよね、と同じ部屋の女子に確認して部屋を後にしてホテルをこっそり抜け出した
「うわ」
思いの外の強風に名前は上着を持ってきた方が良かっただろうかと思ったが、それを消すように掛かってきた電話に足を進めることを決めてついでに電話に出た
「もしもし」
『もしもし』
「どないしたん?」
『暇なんでかけただけっすわ』
あ、そう…と名前もまた会話を繋げる気もなく返事をしたその時だった。波の音に紛れて聞こえる足音と、そして自分の身体が傾いたのを感じたのは
「え、」
「ちょ、静かに」
気が付けば夕方に身を潜めようと決めていた岩場に連れて来られており、自分をそこへと引きずり込んできた人物が謙也であることを悟った名前は反射的に電話を切った。それから何?という顔で謙也に説明をこうような視線を向けると、謙也は少し怯んだ後に黙って指をさした。その方向を見て名前は現れた人物に少し怯む。ただしそれは先程の風呂場での出来事に対する条件反射というべきものだったが
(高城さん、と白石くんや)
謙也が傍にいるのを忘れて思わずいつもの覗きモードに入る名前と、それに気付きもしないほど既にその二人に意識をやっている謙也の存在を他所に話し出したのは高城知恵だった
「うちな、白石のこと好きや」
二人は同じクラスなのである程度親しげに他愛もないことを話していたが、その会話の中に溶け込むことのないキーワードが出てくると、くっ、と息をつまらせたのは謙也であった。それを隣で感じていた名前は、少しの間の後に白石が平常を保ちその気持ちには応えられへんわ、と断りの返事をした声を聞いた
11 END
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