体育祭《午後の部》

『それでは午後のプログラムを開始します』

アナウンスが響き渡りグラウンドにて三人四脚の準備で待機する三人は驚く程静かだった。
龍可はともかく、あの騒がしい龍亞と乃亜が沈黙を保つなど異変だといわんばかりに10組のメンバーは疑問を浮かべる。
その眼光はゴール一点を集中し、背後にはめらめらと炎が燃え上がり闘気が漂っている気さえした。

「あの二人、何かあったのかなぁ」
「あ!それってとっておきの作戦があるとか?」
「いやどう見てもそんな感じじゃないよねヨハン君…」
「では遊戯、貴様はどうみる」
「海馬君!なんだろう、ただならぬ…予感というか」
「フン、くだらんな」
「何もなければいいけど…」
「いいねぇ、また乱闘になったら参戦してやろうぜェ」
「お前は黙っていろマリク」
「ケッ、つれないな海馬ァ」

応援席の心配や期待はさておき、競技は他クラスの声援の中もくもくと進められていた。
一回戦の五チームが終了し残り五チームの二回戦がやってくる。乃亜、龍可、龍亞の出番だ。
真ん中に龍可を挟み最終確認の為ハチマキを縛り直す二人の手は心なし強い。
それもそのはず、すでに一回戦で一位通過したルチアーノ率いる1組が余裕の面構えでこちらを煽り挑発をしているからだ。
そもそも三人四脚はクラス数の関係から一回戦と二回戦の一・二位の計四チームで最終戦を行いその順位で得点が加算される。
すでに一回戦で一位通過している1組と最終戦で決闘をするにはまず二回戦を通過しなければならなかった。

「いいか、なにがなんでもまず絶対一位を取る。そして最終戦でも勝つ」
「あいつに勝ってぎゃふんといわせてやる!」
「お前に合わせるのは嫌だがあいつに負けるのはもっと嫌だ!いいか龍亞!」
「いわれなくたって俺だってわかってるさ!乃亜もちゃんと合わせろよ!」
「あとは掛け声だ!」
「おっしゃあ任せろ!」
「「絶対勝つ!龍可!!」」
「うん!頑張ろう!」

最後にきてようやく結束力を固めた姿に龍可は笑顔で受けとめ、三人は改めて深呼吸をし配置についた。
真ん中は一番足が絡まりやすく重要なポジションだ。
二人の思いを無駄にしないように龍可は耳を研ぎ澄まし、スタートの合図と共に三人は駆け出した。

「!」

走り出して数歩、練習が嘘のように呼吸が合う。
違う足と共に走りこんでいるのに関わらずとても軽く滑らかに地面を蹴り風を切る。
不思議と三人は負ける気などしなかった。
辺りの景色を追うこともなくただ一直線にあるゴールテープだけを無心に見つめて、気がついた時にはただ声援が耳をつき肺から酸素を欲っした。
勝敗はいうまでもなく10組のぶっちぎり一位という結果になったが、三人は肩で息をしながら歓喜に酔いしれるわけでもなく先をみる。
まだだ。まだ勝利とはいえない。
軽いグラウンド整備と二回戦のメンバーが大方息が整ったことを見計らい、審判が4チームを最終戦の並びに誘導する。
その間も足にハチマキを結び、最後の臨戦態勢になっても三人はもう言葉をかわすこともない。
己と二人、応援する仲間を信じるのみ。
嘲笑するルチアーノには目もくれず、いつになく真剣な瞳を輝かせ肩を抱く力をほんの少し強める龍可に二人は大丈夫だと小さくも力強く囁いた。

「位置について。よーい……」

パンッ!!
ピストルが脳にダイレクトに貫き響いた。
懸命に走りだした4チームのまずトップに抜きんでたのはやはり1組と、僅差で10組である。
腕を振り足を前へ前へ、もっと早くと思う。
歯痒くて、でも歯を食い縛るくらいなら声を出す。諦めるくらいなら死んだほうがまし。横を見るな前を見ろ。
ただがむしゃらに三人は駆け抜けた。
ゴールはどこ?まだ?もう、少し。
こんなにもゴールが近くて遠いなんて、それはまるで――。


「!?きゃっ!!」
「うわっ!?」
「っ!!?」

その刹那、一体何が起きたのか三人は理解出来なかった。
衝撃に気づいた時には地面と向き合っていてあれだけ走り続けた体は止まっている。
じわじわと汗がにじみ出て鈍痛におそるおそる顔を上げた。
全身は土にまみれ白線の粉もべっとりと付着した体は無残に汚れ、辺りの喧騒に現状が全く掴めない。

「大丈夫か!?」

しかしその声が向けられたことで三人は不意に焦点を合わせられ我にかえった。
牛尾はしゃがみこんで目線を合わせると三人についた色々なものを払いとり心配の言葉を投げ掛ける。
その気持ちは素直に嬉しい、助かるがけれども三人が求め描いたものはとてもシンプルな気持ちだった。

「私たち…」
「ん?どしたんだ?」
「どうなったの俺達!?」
「勝ったのか!負けたのか!?」
「お、おい!」

三人は揃いも揃って牛尾に詰め寄ると彼は少しだけ困ったような顔をして笑った。
その姿に嫌な想像だけが頭をよぎる。
ゴールした瞬間に体が前へとのめりこんだ結果がこれだ。
ジレンマと傷みが増してくる。
これで後ろを振り返ったならばルチアーノはさぞかし鼻を高々として笑いころげているのだろうか。
とてもじゃないが文字どおり力を出しつくした三人にそんな気力は残っていなかった。

「ほっほっほ。いつまで座り込んでおるのかね?一位という順位が泣くぞい」
「はぁ、力使い果たしすぎだお前等は」
「しかしまあ盛大に転んだのう」
「え?」
「は?」
「へ?」

審判の双六から一位の旗を受け取らされると足のハチマキも同じくとらされて、次の競技準備の為に三人は混乱のまま半ば無理やりトラックを追い出された。
わけがわからず三人は目線を確かめあうと、そこへさも待ち構えいた姿がこちらにやってきた。
少し上から目線だが賛辞の言葉を持つジャックと皮肉めいた海馬の二人だ。
だが疑問を解決する前にジャックは龍亞を、海馬は乃亜を担ぎ上げてさっさと救護テントへ連行していく。
自分で歩けると低レベルな言い合いをする龍亞と、海馬に悪態を吠える乃亜の元気はまだまだ有り余るのよう。
残された龍可はすっかり気が抜けて立ち尽くした。
自分の汚れは目立つもの傷がない、転んだ衝撃でわからなかったがおそらく二人が龍可を庇う形で地面に手をついたからともいえるだろう。
あとできちんとお礼をいわなくちゃ、そう人込みに隠れた騒がしい二人を思うとその中から見知った顔が現れる。

「龍可、お疲れ」
「アテムさん!」
「怪我大丈夫か?」
「うん。私は二人のおかげで大丈夫」
「それならいいが、大変だったな」
「私たち、どうやって勝ったの?」
「そうだな…ゴール前までは負けていたんたが、いざゴールって時に追いついて抜かして。それで盛大に転んだぜ。確か杏子がゴールの瞬間写真取ってた気がするな。また後でその決定的瞬間を見せてもらうといいぜ」
「あはは、うん」
「おーい!」
「!城之内君、とバクラもか」
「俺様をこんな奴の追加みたいな言い方すんじゃねぇよ」
「んだとバクラ!」
「おーちびっこ。てめぇ等にしちゃよくやった」
「お前がいうなよバクラ」
「はぁ?王様ァ、さっきの騎馬は誰のおかげで勝てたのかわかってんのか?」
「さぁな、真の勝利者は口でわざわざ言わないと思うぜ」
「おい、つーか人の話を聞け!」
「大体なぁてめぇは――」

龍可がようやく状況を掴めたものの、城之内とバクラが加わったことにより一層話がややこしくずれてゆく。
アテムは面倒になる前に龍可に目配せをして10組のもとへとうながした。
龍可は歳のわりに空気を読むのが上手い。
それに気づくと二人には見えないように軽く手をふって絡まれる前にそこを後にした。
そして迎えられた10組の面子によってやっと一位という事実を噛み締めることができたのだった。

その後、城之内・アテム・バクラ・ヨハン・クロウ参加の借り物競争が始まり、あり得ない“借り物”が出ては予想外の盛り上がりをみせることとなった。
続いたクラス対抗リレーの走者は十代・明日香・御伽・遊星・アンカーは勿論この男、盗賊である。
始め十代が一気にトップに出たことで次の明日香が突き放しにかかる。
唯一の女子でも引けを取らない華麗な走りに目を奪われたまま、トップでバトンは御伽へ渡った。
だがこのままトップを爆走するかと思われた時、追い上げをしてきたクラスがある。

「俺は負けんのじゃぁああ!」
「ちっ、しつこいな全く!」

10組の天敵1組である。
凄まじい走りで御伽へと距離をつめゆく梶木を何とか抜かせないまま、バトンは次なる走者・遊星へ渡った。
しかし1組はバトンの受け渡しが上手くいったのか、また秒単位で距離を縮めたエドは笑顔で背後に迫ってくる。
そして両者同時に最終ランナーにバトンが手渡った。

「貴様など蜂の字の舞でも踊っているがいい!!」
「うるせぇな!リレーだっつーの!てめぇが踊ってな!!」

盗賊とプラシドの一騎打ちは両者目付きの悪さは勿論、態度のでかさも相当なものなので、ただならぬ覇気と共にそれはトラックを駆け抜ける。
まがまがしい笑みが逆に恐怖を煽るものだから他に居たランナーは正直近づきたいが近づきたくない。まさに二人の独走状態だ。
だが口も速度も一歩足りとも譲らない盗賊の負けん気の強さはさすがともいえる。
結局あのプラシドでも上を行くことは叶わなく、接戦の末ゴールテープを切ったのは盗賊だった。
沸き起こる歓声の中、浅黒い肌から汗を滴らす男気溢れる彼の姿は至って男らしく、後輩女子達は完全に我を忘れ今日一番の黄色い歓声を彼に放った。

そして午後すぎから忽然と姿を消した得点板は何故か行方不明なまま、最終競技である全員参加の綱引きは派手に行われた。
しかし皆が皆力を出しつくしたせいなのか、あまりよい結果は得られなく10組は何とか3位でおさまることで全競技は無事終了した。




「今日は皆さんお疲れ様でした」

最後の締めくくりの閉会式ではもはや校長の長い話を聞ける強者は残っていない。
疲労の降り積もった生徒を前にしたせいか或いは単なる偶然か、早々と本題に踏み込んだことには皆安堵の息をもらす。
得点板が消えた謎。それはまず途中計算しようものならば最後まで努力を怠る恐れがある。
全力で競技に参加する意欲を補い、それによって芽生えた協調性や団結を深めてほしいという願いからだと校長は口にした。
改めて知った真意に生徒はどちらかといえば「この人散々学校ほっぽりだして一応考えてはいたんだなぁ」と悪態をつかれる結果になったことは秘密である。
そして最後に最大の労いを込めゴドウィンは表彰式へと踏み出した。

本日入退場の演奏をこなした吹奏楽部のドラムロールにより1学年から次々と発表される総合順位。
本来ならば得点板の計算により発表以前に既にわかるダレがちな表彰式も、さすがに今回は他クラスの得点までは把握していないせいで順位予想が全くよめない。誰もが期待を膨らませる一方だ。
10組が求める完全勝利はすなわち1位。優勝だ。
あっという間に3年の総合優勝のドラムロールがなり響く。
優勝から3位におりてくる発表順なだけに10組は祈るような気持ちで緊迫を噛み締める。
自信がないわけではない。ただあれだけ接戦を仕掛けてきた1組と順位争いをして、おまけに最後の綱引き3位がどうでるか。
張り詰める空気の中、盛大な音がなりやんだ。

「3年総合順位1位は…10組です」

一瞬の沈黙が誰かの声を筆頭にすぐに喜びの叫びに変わった。
10組の面子は涙を浮かべ笑いながら同じクラスの戦友・仲間と分かち合う。
残りの順位発表や周りなんて一切お構い無しに嬉しさを隠せないお祭り騒ぎな奴らに、注意することもなく牛尾もまた笑顔で彼らの肩を抱く。
念願叶った完全勝利を記すトロフィーと賞状は今日一番のMVPの盗賊が受け取り、陽の傾いた空に高々とかかげられたそれは美しく光を放っていた。


数日後、黒板の上の壁に球技大会の写真と賞状とは反対の位置に一枚の写真と賞状が追加された。
さらには放送スピーカーの上にトロフィーが置かれ、視界に入るたび輝かしい思い出がいつまでもほりおこされた。




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22/7/21






あきゅろす。
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