学祭【準備4】

「つ、爪はげたぁ…!」

迫る学祭準備もいよいよ後半を向かえていた日中。
廊下で背景ペイントの作業中、むさ苦しい…とまではいかないが黒の中に紅一点の声はよく響く。
女子高生らしからぬ、いや校則にひっかかることをものともしない彩られた彼女の爪は、同じに作業するナムから見れば一種の造形の一つだった。
先週はビビッドなレインボー。先々週は赤のフレンチ、その前はピンクベースにブラックのドット。
夏なんかはマリンスタイルに凝ってボーダーと器用に碇マーク。グリッターを散らしたグラデーションはお手の物。
常日頃、彼女の細く長い飾られた爪はそれ自体が芸術だと主張する。

「昨日頑張ったのにー…」
「よくそんなごてごてな爪でやると感心するよ。派手になれば必ずしも上品になるとは限らないだろうに」
「ナム冷たい」
「本当のことじゃないか」

ナムの毒あるそれにさほど怒るわけでもなく、マナはつんとそっぽを向いた。
それよりも彼女の脳内をしめていたのはカラーがヨレたそこをどう適切に修復するかである。
ナムはそんなマナの考えなんてこれっぽっちも理解できない。
彼からしてみれば未知の領域である爪の装飾はお洒落うんぬんより、全く・興味すらない。
日々の作業効率の悪さが目に見えるだけだし、そのために時間を裂くなんて以っての外だ。
じゃあ何のためにマナはネイルアートをするのかとなればまた初めに戻りナムの疑問はループする。
お洒落に忙しい女の気持ちはいつだって難解だ。

「うー…」

しかし、マナもマナなりに頑張っていた。
楽な作業を選ぶわけでもなく、比較的に汚れることが前提な背景係で女子一人ハケを動かしたり仕込みを貼ったり。
裁縫が苦手というのもあるが、彼女の秀でた絵心は男ばかりの乏しいセンスにもしっかりと活躍をする。

「がんばってっかー?」
「クロウ!おそいー!」
「うぉおっ!マナ、ハケ振り回すなって!翔はどうした?」
「十代呼びにいって帰ってこないよ」
「まじか」
「マジです」
「ブルーアイズごときにあんなに群がってね…後の作業の効率の悪さが目に見えるな」

そこへ新たなペンキ缶を抱えて現れたクロウは、相変わらず毒気のあるナムの横を通過しながらマナにペンキを手渡すとひっそりささやいた。

「今の海馬が聞いてたら間違いないくぶっ殺されるな」
「ナムって命知らずだよね…」
「…ただの無謀ともいえるぜ」

二人が目をこらえた先に見えるのは、わらわらと人が集まるブルーアイズ像。
初めはあんなに人がいなかったはずなのに今じゃ溢れかえる人で、またどこかモメているようにもみえる。
そしてその中心にいる海馬に今の暴言は聞こえていないので、まぁよしとした。
触らぬ神に祟りなし。
全員一致。尻目に背景係は至ってのんびり、手をせっせと動かす。

「マナ!この下は緑で塗るぞ!」
「あ!待って待って万丈目!今っ、いったぁい!?」
「!?」

そんな中、マナの声の反動に思わず目を見開いたのは向かい側でハケを動かしていた万丈目だった。
他にも隣にいたクロウ、奥で作業をしていた本田も何事だと顔を上げる。
一応、ナムも視線だけは向けたようだった。

「な、何すんのよ!」
「おい、盗賊。ずいぶん遅かったな」
「ああん?親切に釘取りにいってやったからだろ」

そこには片足を膝まで上げ、履いたサンダルをプラプラと揺らしながら見下ろす盗賊王の姿だ。
今まで何を道草くっていたんだと言わんばかりのナムの冷ややかな視線に、突き返すよう声色を変えてハンマーを持つ彼に釘袋を投げた。
弧を描きガシャリと釘特有の重みのある音が響き落ちると、これで文句ねぇだろと盗賊に後押しされたナムは無言で再び作業にとりかかる。
それを目の当たりにした万丈目はこれ以上何事もならなかった事態に唾を飲み込み内心一息をついた。

「ちょっと!」
「あぁん?」
「人を蹴っ飛ばしておいて無視ってなんなのよ!!」

と、そこに声をあげたのは珍しくマナだ。
それもそのはず。ことの発端は彼女が奇声を出したからであり、ナムと盗賊王のやりとりで流されたが、改めてマナは不服を言葉にする。
立て膝をつき床に置かれた看板を塗っていたため、そこから万丈目に指示を出そうと四つん這いの形で前のめりになった時、盗賊にお尻を容赦なく蹴られたのだ。
それの反動でせっかく塗った背景のベニヤ板になだれ込みそうなところをなんとか踏ん張り、後ろに尻餅をつく形で回避した。
そしてふり返るマナはこの態度のでかい盗賊王が犯人だと即座に気がついたようだ。

「だから聞いてるの!?…って…、……。!」

それなのでマナはすぐに文句をいってやろうと立ち上がった。
が、同時にいつもの癖でスカートにつく埃をはらったことからマナにハッとある予感がよぎる。

「…見た…見たの!?」
「はぁ?」
「見・た・の!?」

盗賊王につめ寄るマナの姿を見ながら、クロウや万丈目・本田は首を傾げる。
ナムに至ってはもくもくと作業を続けているのでもう論外だ。
何かに気がついたマナは顔を少し赤らめると次は眉をひそめて身長差のある盗賊を見すえる。
その睨まれた当の本人はてっきり軽くあしらうものかと思いきや、今回は珍しくすぐにその主語を見出だした。

「ハッ。てめぇの色気ねぇスカートの中見たって何もねぇだろ。馬鹿か」
「…!!ってことは見たんじゃない!!このスケベ!変態!!バカ!」
「あーうっせぇ叩くな!んな短い丈にしてりゃ見たくもねぇもん見えちまう俺様の身にもなりやがれ小娘が!!」
「なによそれ!!」

そう。スカートの中、だ。
原因を理解したその場にいる全員(ナム除く)の男共が何となくいたたまれない気分になる。
ただそれだけのことで、それだけではないことでもある。
女子高生であるマナのスカートはやはり短い。
そのせいで角度や体勢を一歩間違えれば見えてしまうのが悲しきかな短いスカートの宿命だ。
今だって冷静に考えれば四つんばいになる前の時点ですでにアウトの領域に入るスカート丈。
床に置いて作業をするこの係に短いスカートで参戦するあたりがもはや無謀だ。
それこそ見てくれといわんばかりの状況に対し、邪な考えを持つ者が飛び抜けていなかったからよかったようなもの、本人はやはり恥じらいはあるようで。
が、それが口喧嘩を悪化させていい原因にはならない。クロウは仕方なく重い腰をあげるはめになった。

「あー!もー!!わかったからもめごと増やすな!!マナもここはいいから本田の方手伝ってこい!」
「ジャージ履いてくる!」
「早く履いてこい!盗賊はとっとと釘作業やってくれ!!」
「俺様に命令すんじゃねぇ!」
「なんでもいいわ!やれ!」
「チッ」

10組の教室に湯気を出しながら消えていったマナに、けだるく御伽の居るベニヤ板の方へ向かう盗賊を見ながら、やっぱり楽な担当区域などないと改めてクロウは実感した。
ツッコミをしなくていいポジションは10組には存在しない。
少なからずブルーアイズ像で吠える海馬にクロウは心の中で謝罪をした。





「お前、わざとだな」
「あ?」

クロウの苦労のおかげで騒動も落ち着き、力任せにハンマーで釘を打ちつける盗賊王の横で同じく装飾用のワラをボンドではりつけながら御伽は口にした。
その声は当たり障りのない程度の声量で、離れたところですっかり機嫌の直ったマナと談笑する本田はもちろん他のメンバーも気づいてない。
盗賊の手が一瞬だけ止まると、横目で不機嫌な視線が向けられた。

「スカートの中。本当は見えてなかったんだろ?結構ぎりぎりだったけど。だから見える前に憎まれ口叩いてジャージ履かせるように仕向けたのか」

先程の一部始終をただ何気なく、静かに傍観していた御伽の見解はこうだった。
作業開始から確かにマナのスカートはきわどかった。
見たい見たくないの問題ではなく、見えそうということを本人が自覚していないことが厄介なのだ。
だから四つんばいになった時、さすがにこれはマズイんじゃないかと今までスルーをしてきた御伽ですら注意しようと思ったそのタイミングでさっきの事件はおきた。
ちょっかいをかけるのはいつものことだが今回のケースは珍しい。
後の憎まれ口で本来の意味はそれこそすっかり流れたが、偶然とはいいきれないなりゆきに御伽は思わずほくそ笑む。
やり方はともかくあの盗賊王が、と考えるだけで御伽の脳内は愉快に踊る。
昔から女子にモテた御伽からしてみれば見え見えの男女間をつつくよりも、こういったことを見ているほうがよっぽど新鮮で面白く、からかいがいがあるのだ。

「っ!?」
「手が滑った」

だが。
“あの”盗賊王が下手に思われたままでいるはずがなかった。
次の瞬間・御伽の左小指のわずか1センチ隣、耳を貫く鈍い音と衝撃がベニヤ板に吸収されたが振動は驚くほどリアルに掌全体に伝わる。

「危ねぇ危ねぇ。全くよかったぜぇ?指じゃなくてよ」

そういいながらハンマーをゆっくりとあげ、口先を三日月にする盗賊の目はまず笑ってなどいなかった。
血走るような瞳じゃない、ただ冷ややかに細めた双眸が御伽に向けられていた。
コイツ、目がマジだ。
付き合いは浅いといえど頭の回転の速い御伽にはそれが何を意味しているかが即座に理解できた。
もはや心にもない謝罪は頭に入らない。
駆け引きで負け知らずだった御伽に、手段はどうあれ少なからず引きつり笑いを引き出したのだ。
辛うじて未遂に終わった小指とベニヤ板を交互に見つめ、空気の揺れが肌に残る感触を改めてシャツで拭う。
1センチ。それはけして遠くなどない。
バクラ曰く、かなり丸くなった盗賊王が昔のままならば粉砕されていただろう小指に虚像の痛みを覚える。
これはデッドラインへの警告だ。

「避けなかったら一層背景と仲良しになれたのに残念だったな!ヒャーハハハハッ!」

耳につく高らかな笑い声が響く中、御伽は掴んだままでいたワラを強引かつ乱暴に土台にくっつけると腰を上げた。
この強烈な不愉快さを目の当たりにし、彼が向かう先。それは腹いせともいえるターゲットのもと。
静かなる激昂は牙を向く。
手頃と思われた不運な人物とは――

「万丈目、担当場所変われよ」
「は!?」




*

24/8/22






あきゅろす。
無料HPエムペ!