違えた道に惑う彼らは







「くそっ、失態だ…!」

温かい日差しが降り注ぐその日は、休日であることも相俟ってか多くのカップルや家族が街へ足を運んでいた。
C.C.に叩き出されたゼロやルルーシュもまた例外ではなく。ただ、二人の場合は他人より少し事情が異なっていた。

ギアスによって強制的に精神が抑圧されたルルーシュは、目に見えねどそれなりに心身へ負荷をかけているらしい。ギアスを解く手段がない今、負担を極力減らすためにはある程度抑圧を緩和させなければならない。――つまり、ギアスに支配されながらも自らの意思で何かする時間が必要というわけだ。

そういう意味で、この散歩は非常に効果的だった。
ルルーシュ自身の意思によって自由に歩くことで束縛されている心も多少は和らぐだろうし、いくらギアスに支配されているからといって人形のように何も感じないわけではない。ゼロの命令を優先してずっと指令室にいたが内心では退屈だったろうし、他愛もない欲求だって幾度となくあったはずだ。それを言うことさえ許さないのがギアス――いや、ギアスをかけたゼロ自身。そう思うとゼロの心はズキリと痛んだ。

果たして自分が望んだのは、こんな現実だったのだろうか。

ちらりと隣を歩くルルーシュを見る。街を歩く前に「好きにしていい」と命令したから、彼はゼロの顔色を窺うことなく街中をせわしなく眺めていた。時々何かに興味をそそられたのかショーウインドーに近寄り、かと思えばまたふらりと歩き出す。

一見自由を満喫しているように見えるし、命令されるでもなく行動しているのだから一応目的は果たせているのだろう。だが、この自由はゼロの好きにしていいという「命令」のもと成り立っているのだから、いわば偽りの自由とでもいっていい。例えるなら、大空を飛んでいると思っている鳥の足に鎖が繋がっているとでも言うのだろうか。

(……違う)

自分は、こんなことを望んでいたのではない。ただ、唯一無二の片割れと共に未来を歩みたかっただけで……。だが予想外に、彼は差し延べた自分の手を拒絶した。

(……当たり前だ。ルルーシュは私の存在を知らなかったのだから)

そう、当たり前だったのだ。
自分と全く同じ顔がいきなり目の前に現れたら、誰だって警戒する。まして信用するなど、あるはずがない。自分は――きっと自惚れていたのだ。

(ルルーシュなら分かってくれると。決して拒絶はしないと)

その結果がこれだ。考えないわけではなかったルルーシュの行動であるのに動揺し、非常に愚かで短絡的な手段に走った。間接的に自分ではなく枢木スザクを選んだようで、頭に血が上ってしまったというのも否めない。

「……ダメだ」

パン、と思考を断つよう自らの頬を叩いた。
現実はやり直せないのだ。今は後悔するよりも、これからどうすべきかを考えないと。

そこではたと気付いた。


「――ルルーシュ…?」


ルルーシュが、いない。





そして冒頭にいたるわけである。
いくら自己嫌悪に陥っていたからといって、ルルーシュのことも忘れるほど思考に耽るとは失態にもほどがある。今の状態のルルーシュではどんなトラブルにあっても対応できない。ましてあの容姿だ。
C.C.の趣味によって金髪碧眼かつ女装という格好をしているルルーシュ。おかげでルルーシュの知り合いに彼自身だと知られる心配はないが、あんな(他人から見たら)美女が地に足つかない足取りでふらふら歩いていたら何があるか分からない。もしもたちの悪い人間に目をつけられたら――。

「ルルーシュ……!」

ゼロは奥歯を噛み締め、駆ける足に力を込めた。





「あーあ…」

広い公園に設置されているベンチの一つにどさりと腰をおろし、スザクはのろのろと空を見上げた。

こうして軍も学園も休みの日は欠かさず租界に出て情報収集をしているのだが、ルルーシュの情報は全く入ってこない。あれだけの容姿なのだから誰か一人くらい見かけたと言ってもいいはずなのにそれがないということは、もうこの租界付近にはいないということか、或いは――意図的に隠れているのか。ルルーシュ自らの意志で隠れているのならまだいいが、万が一誘拐でもされているなら厄介だ。特に彼の場合、攫われる理由が多々あるせいで対策するのも難しい。

とはいえ、彼が消えたのが学園内だということは生徒やナナリーの証言と照らし合わせて判明済みだ。もし攫うならわざわざセキュリティが厳重な学園内ではなく学園外でするのがセオリーだろう。よって、誘拐の線は薄い。

では、彼はどこに?

「…考えていても仕方ないか」

こういうのは僕の得意分野じゃないし、と一人ごちながら立ち上がった。
もし彼ならあっという間に捜し当てただろうに、なんて思いながら歩くと、ふと前方から歩いてくる女性の姿が目に入った。
少し俯き加減で歩いている上に鍔の広い帽子を被っているせいで表情は見えない。すらりとした身体に、帽子からは緩いウェーブがかかった金髪が歩くたびにふわふわと揺れていた。

(……珍しいな)

恐らく美人なのだろうと思わせる雰囲気。しかも着ている服もなかなかに気合いが入っていて、見るからにデートにでも行きそうな格好だ。それなのに一人とは……待ち合わせ場所にでも行く途中なのだろうか。

(まぁ、僕には関係ないか)

今はルルーシュだ、と彼女の横を通り過ぎようとした、刹那。

「っ…い…!?」

突如がしりと腕を掴まれる感覚。なんだと慌てて見れば、前方から歩いていた女性が通り過ぎる際にスザクの腕を強く掴んでいた。

「あ、あの…?」
「………」

返事はない。俯いているから表情も見えない。
なんなんだと途方に暮れるスザクに、ようやく彼女は顔をあげた。

「な……」

見たこともない碧眼が、まっすぐに自分を射抜いていた。
そう、見たことがないはずなのに――見つめられた瞬間、自分の全てがその瞳に吸い寄せられていくような気がした。魅入られて、五感さえも支配されたような。
知っている。この感覚は、

「きみ、は…」
「――……ぁ…、」

逸らせない視線。絡み合いながら彼女が口を開いた。が、


「…っ…見つけた…!」


二人の間に漂う空気を引き裂くようにひどく焦ったような声が聞こえて、反射的にスザクは声のした方へ顔を向けた。
見れば、茶髪に帽子を被り眼鏡をかけた男が、息を切らしてこちらを見つめていた。

「…、え…と…」

スザクが呆然としているうちに男は数回深呼吸したかと思うと、何故かギロリとこちらを睨みつけてきた。

「…っ…!?」

普段は空気が読めないと言われるスザクだが、軍人という職業柄殺意や敵意といったものには割りと察しがいい。
そのスザクがはっきりと断言できる。今自分は彼に物凄い敵意を向けられている。もしかしたら殺意とも呼べるかもしれない。

(ぼ、僕っ、何か彼に恨まれることしたっけ!?)

背筋にダラダラと冷や汗を流しつつ固まっていると、ゆっくりと近付いてきた男が「おいで」と呟いた。
スザクが不思議に思う前に、それまでスザクの腕を掴んでいた少女がすぐさま男の元へと寄り添う。
さっき男が「見つけた」と言っていたし、恐らく彼はあの子を探したのだろう、と他人事のように思っていると。

「……この子に、何か用ですか?」

少女を自身の背に庇いつつ、思いっきり警戒されながら低い声で問われたので、スザクは慌てて首を振った。これはもしかしなくても、彼の彼女を口説いていたと思われているのではあるまいか。

「い、いえっ! 僕は何も! 寧ろ彼女が…その…」

何と言えばいいかと言い淀んでいると、少し俯いた彼が「そうですか」と呟き、頭を下げた。

「どうやら彼女が迷惑をかけたようで。すみませんでした」
「えっ、いえ! 迷惑なんかじゃ。それで、その、」

彼女は、と問う前に、それではと彼は背中を向けてしまった。まるで追求を避けるように。

「これ以上迷惑をかけることはないでしょう。失礼しました」

言葉こそ丁寧だが、その裏には随分と刺々しい感情が見え隠れしている。話しかけることさえも拒むようだ。

だから彼が彼女の手を引いてさっさと歩いていく後ろ姿を、スザクはただ黙って眺めていることしかできなかった。

少女が一度だけこちらを振り返ったが、それからはスザクを見ることなく雑踏に紛れて消えていった。





「……ルルーシュ」

しばらく黙々と大通りを歩いていたゼロが口を開いた。自分でも驚くほどに低い声だった。

「何故、あの男と接触した?」

咎めるように聞くが、ルルーシュはきょとんとして首を傾げるだけだった。無意識だったのだろう。だからこそ余計に腹が立つ。

(例えギアスで心を支配しても…お前は奴を望むというのか)

先程はルルーシュを強制的に従わせることに胸が痛んでいたというのに、やはりこうしてルルーシュの本音を垣間見ると腸が煮え繰り返るようだ。

ルルーシュに強要したくない。だが自分を選んでほしい。

なんと浅ましい願いだ。それでも、

(お前を手に入れた今、再び独りになるなど耐えられるものではない)

だから――お前を奪うであろう人間には、決して容赦はしない。


例え、お前にとってその人間がどれだけ大切であろうとも。



2010.3.9




あきゅろす。
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