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05.告白。











小さい頃の私は悩みという悩みはなくて極めて短絡的だったと思う。小学年になり好きな人がどうのこうの言ってる子達を見て、そんなに好きなら好きって言えばいいのにって思ったりもしてた。

でもそれは他人事だから言えることであって、中学生になり実際に自分が初恋というものを経験してやっと好きという言葉の重さを知った。好きなのにそのたった二文字が言えない。いや、好きだからこそ言えない。

なんて、本当は相手の気持ちを知るのも、自分の恋愛感情のせいで相手との関係が壊れるのが怖いだけ。そう、言わば逃げなのだ。



「綾瀬さん!前からずっと好きでした!!よかったら僕と付き合って貰えませんか?」



だからこうやって面と向かって、しかも力強く気持ちをぶつけてくる彼は心から尊敬する。こんなこと、絶対に私には出来ない。

彼とは去年同じクラスになっただけで今はクラスも違い、そして特別接点もない彼がわざわざ教室まで訪れて伝えたいことがある。一緒に来てほしい″と中庭に連れてこられればどんな展開が待っているのかくらい私にも容易に想像できた。

連絡先を知らないといえ直接呼出しを行い、直接気持ちを伝えるなんて今時こんなに男気に溢れる男子高校生はいるだろうか。中々出会えないのではないかと私は思う。



「ありがとう。でもごめんなさい」



真っ直ぐとこちらを見据える相手へ最初から決まっていた答えを口にする。その際ふと仮に私が彼の立場だったら、と考えた途端に胸が苦しくなり泣いてしまいそうになった。想像だけでこんなになるんだ。実際に告白して振られたら私は一体どうなってしまうのだろう。そうやってまた気持ちを伝えるのが怖くなる。まぁ、どちらにせよ告白なんて私には無理だって分かっているけれど。



「まず一回付き合ってみてそれから考えませんか?お試し期間みたいな感じで」

「はい?」

「それでだめだったら諦めるんで。…ね?」

「いや、ちょっと…」



何がね?″よ。さっきまで脳内で君のこと褒めてたのに一気にイメージダウンなんだけど。自分の気持ちを素直に伝えるのと押し付けるのは全く違うことなんだぞ。

無理だと伝えはっきりと拒絶を示すも中々諦めない彼に思わず苦笑いを零す。挙句の果てには私の腕まで掴まれてしまった。覚悟を決めて私に思いを伝えてくれる人を蔑ろにはしたくないのだが、流石にここまで来ると話は別だ。



「離して下さい」

「嫌です。本当に好きなんです。もう少し考えて貰えませんか?」



手を振り払ってもう教室に戻ろう。そう決心するも男の人の力には敵わず力を込めた右腕は未だ彼の手によって拘束されている。何でこの人はこんなにも食い下がるのだろうか。始めは素直に気持ちを伝える姿に尊敬さえ覚えたが今は異常とも取れるこの執着に若干の恐怖すら感じた。

再度相手の手から逃れようと試みるも更に強い力で掴まれ、右腕に痛みを感じると同時に血の気が引くのを感じる。どうしよう、怖い。このままでは先程とは違う意味で泣いてしまいそうだ。



「はーい、そこまで」



背後から突如声が聞こえる。酷く聞きなれたその声の主を確認すればやっぱり頭に描いた人だった。



「!…及川」

「手、離してもらっていいかな」



間に入り、相手の手を引き剥がす徹の横顔はいつもの緩い笑顔なんかじゃない。表情は強張り何歩か後ずさりをしたということは相手もこのただならぬ雰囲気を感じ取ったんだろう。今の徹はそれ程の威圧感を放っている。



「何でお前が出てくるんだよ!お前は関係ないだろ!!」



拘束するものから解放された私の手を徹が優しく握る。行こうと踵を返した背中に投げられたこの言葉に対し、徹は私よりゆっくりと振り返り相手を真っ直ぐ見据えごめんねと一言発したあと一瞬間をあけでもね、と更に言葉を続ける。



「俺は大事な子にちょっかい出されて黙っていられる程大人じゃないよ」



最初に比べ明らかに怒りを孕んだ表情に声色。微かに力が入る私の手に繋がれた左手。大事な子、というのは幼馴染だからということは頭では十分理解しているはずなのに徹の言動に一瞬心臓が跳ねた。

嫌になるくらい体は正直で私はやっぱりこの人が好きなんだと再確認させられる。



「…やっぱり私は貴方とは付き合えない」

「……」

「ごめんなさい」



今度は私から行こうと徹の手を引き中庭を後にする。

そういえば何で徹は中庭に来たのだろう。普段昼休みの中庭には人は来ないはずなのに。幼馴染の登場で冷静さを取り戻した私はあることに気が付いた。



「徹…汗、かいてる」

「ん?あー…全速力で来たからね。大変だったんだよ?」

「大変?」



頬を伝う汗に乱れた髪が徹の言葉に嘘偽りないことを物語る。普段から部活で鍛えているのにこんなに汗をかくなんて相当走り回ったのだろう。



「そ。岩ちゃんが皐が男に呼び出されたまま戻って来ない。何かあったのかも″って俺のとこまで来てそっから二人で大捜索!」

「そうだったんだ…」

「電話も何回もかけたのに反応が全くないからホントに何かあったのかと思ったよ」



その言葉の通りポケット内のスマートフォンには何件もの着信履歴。徹も一ちゃんも私のことを心配して必死に校内を探してくれたんだろうなと思うと凄くありがたい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

及川徹の幼馴染という肩書を持つ私は過去に何度も呼び出されては囲まれた経験があるのを二人とも知っている為余計心配だったんだろう。

そう考えると更に申し訳ない気持ちになってごめんねと徹に伝えれば何故か相手からも同じ様にごめんねの言葉が返ってきた。意味が分からない。何故助けてくれた徹に私が謝られなくちゃいけないの。



「掴まれたとこ、赤くなってる。…痛む?」

「ううん、大丈夫」

「来るのが遅くなっちゃってごめんね」



怖い思いしたよねと少し赤みのある右前腕部にそっと触れる。腕を掴まれたときは多少ではあるが痛みを感じたし、確かに恐怖を感じた。でもこれだけで済んだのは紛れもなく助けてくれた徹のおかげなわけでやっぱり私が謝ることはあっても徹が私に謝るのはおかしい。

その旨とありがとうと感謝の言葉を述べれば徹にしては珍しい控え目な笑顔が返ってきた。



「皐も早く彼氏作りなよ」

「え?」

「そしたらこんなことはなくなるだろうしさ。前好きな人いるって言ってたじゃん。その人とはどうなの?」



何気ない一言が頭にガツンと響いた。なんで今更そんな話を持ち出すのだろうかコイツはと恥ずかしいやら腹立たしいやら惨めやら、色んな感情が一気に湧き上がってきた。



「ほら、中学のときだったっけ。皐が今回みたいな少ししつこい相手に告白されてて、通りかかった俺が間に入ってさ」

「…うん」

「そしたら最後に好きな人がいるのかー、それはどんなヤツだーって相手がごねだしたんだよね。覚えてない?」

「…覚えてるよ」



相手が凄く暴れちゃって間に入った徹にまで危害が及びそうになってたっけ。どうにか落ち着かせようと思って話をしてもせめて相手がどんなヤツかだけ教えてくれ、それで諦めるからと食いつかれたんだよね。あのときは何でかそんな人はいないっていう簡単な嘘がつけなくて本人目の前で好きな人はどんな人物かを言う羽目になったのだから忘れられるわけがない。



「皐は俺と正反対のヤツが好きだって言ってたよね」

「…別にそんなこと言ってない」

「えー、好きな人は誠実でひたむきな人って言ってたじゃん」



何ともいえない表情で言い放つ徹に対して今度は惨めという感情が強くなったのをはっきりと感じた。

当時は告白とまではいかなくても言わば本人の前でその人のどんなところが好きかを発するのが私にとってどれだけ勇気のいる行動だったか。なのに当の思い人は私の気持ちなんて知らずにいけしゃあしゃあとその人とはどうなったの?なんて聞いてくるもんだからそりゃ惨めにもなる。



「どうなったか知りたいの?」

「あー…うん。どちらかというと知りたい、かな」

「失恋した」

「え?」



大きく目を見開きあからさまに驚いた様子の彼にもう一度失恋したよと伝える。だって相手は途切れなく彼女いるし、私のこと恋愛対象として見てないし。告白しなくてもこの状況は失恋したも同然だって分かるよ。そこまで私の脳内はお花畑じゃない。



「うそ…皐のこと振るなんて信じらんない!それどこのどいつだよ!!」



俺の知ってるやつなの?ホント意味わかんない!なんて騒いでるけど何で分からないかな。私、徹以上にバレーに対してあんなにひたむきで、努力を惜しまない誠実な人を見たことないのにな。未だに相手はどこのどいつだと詰め寄ってくる徹にさぁ、とだけ返し今も私の心配をしているだろう一ちゃんに電話を掛ける為スマホの電話帳を開いた。






(もう何年も隠してきたんだもん。今更、振られることがわかってるのに誰が好きかだなんて言える訳ないじゃない。)

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