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02












「赤葦!」



大きな声で自分の名前が呼ばれたかと思えば教科書ありがとう!と笑顔でこちらにやってくる綾瀬の姿。二年になり同じクラスにはならなかったものの教室は近い為、必然的に顔を合わせる回数が増えた。今回は現国の教科書を忘れたとのことだったので貸した訳だが、普段ここに来るときの理由は比較的大した用事ではないことが多い気がする。

そういえば教科書を借りに来るなんて珍しいなと思ったら今朝は寝坊して焦って現国と古典の教科書を間違って持って来てしまったらしい。このようにこの子はしっかりしている様で少し抜けてる部分もあるからたまに心配になる。



「あ、赤葦のそれおいしそう」

「食べたいの?」

「食べたい!」



それとは先程隣の席の奴に押し付けられたチョコレート菓子。貰っといてなんだが俺は甘いものはそんなに得意ではない為その言葉はありがたい。にこにこして待つ綾瀬に菓子をひとつ摘まんで差し出せば口を開いたのでそのまま口内に運んであげる。幸せそうな表情なところを見るとさぞ美味しかったのだろう。それがなんだか面白くてもうひとつ差し出せば再び口を開けたので同じように食べさせた。



「美味しかった、ありがとう。じゃぁ、また部活でね」



手を振り笑顔で去って行く綾瀬の口元にチョコが付いていたけど気付かなかったみたいなのであえてそのままにしておいた。もし部活まで気付かないで付けたままだったらちゃんと教えてあげよう。



「赤葦。もうこれも全部やるよ」



溜息混じりに隣の席からさっき貰ったチョコレート菓子の残り半分を唐突に差し出される。流石にもういいと伝えても無理やりの様に押し付けられた。確か以前コイツには俺は甘いものは得意じゃないと伝えたはずなのに一体なんなんだ。



「お前らいつもあんな感じな訳?」

「そうだけど?後、これはもういらない」

「はぁ…。お前らを見て俺はもうお腹いっぱい胸いっぱいだから綾瀬さんにでもあげとけ」



呆れたように二度目の溜息をついた相手から仕方なくチョコレート菓子を受け取る。友人の言う通り今日部活前にでもまた綾瀬にあげることにしよう。チョコレート菓子を鞄になおしているとこれで付き合ってないとか意味分かんねぇとか隣で言っているヤツのことは無視することにした。







時間も過ぎ、今日全授業の終了を告げるチャイムが鳴る。今週は掃除当番ではない為すぐに部室に向えば俺の名前を呼ぶ綾瀬の姿。口元を確認すれば昼前についていたチョコはちゃんと拭き取られていたので安心したような少し残念な様な気持ちになった。



「綾瀬」

「ん?あー」



今日三度目の餌付けを行えば思った通り口を開いてチョコを待つ姿を見ながら友人の言葉を思い出す。思えば俺達はいつもこんな感じだけど他の人に対しての綾瀬はどうなんだろう。もしかして誰に対してもこんなことをしているのだろうか。そんな余計なことを考えていると綾瀬の唇に俺の手が触れてしまったらどうしようか、なんて今更ながら少し意識してしまった。というか今まで何気なくやってきたけど、考えてみれば口を開き上目遣いでこちらを見る彼女をみて意識するのは健全な男子高校生として至極当たり前のことで。



「どうしたの?」

「こういうことは誰にでもしたらだめだよ」

「なんで?」

「なんでも」



んーと数秒考える素振りを見せたかと思えば「大丈夫。赤葦以外にはしないよ」なんて言い出した。何気ないその発言にどれだけ破壊力があるかこの子は分かっているんだろうか。これは相手が俺じゃなかったら面倒な展開になること必死だと思う。



「俺にはいいんだ」

「赤葦は特別!」





あぁ、無自覚って本当に怖い。

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あきゅろす。
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