サーディン side 「あの!」 「ん?・・・ぁ、」 呼ばれて顔を上げると彼女が居た。 唇をギュッと噛んで目がキョロキョロしている。緊張しているのは見ただけで解る。 僕、何かしたか? 「・・・どうしたの?」 「あの、えっと・・・」 割と低い声に自分でもちょっと驚いた。どうしたんだ、自分。 食器を両手に抱えて何か言いにくそうにしている名前さん。それからの言葉がなかなか出てこないので僕は彼女の手から食器を取る。 「あ、すみません。」 「いや。」 「あの!」 食器を持って奥に行こうとしたら、コック服の後ろを引っ張られた。思いも寄らない事に一瞬食器を落としそうになった。 「ん?」 「こないだは・・・その・・・」 多分『こないだ』とは、彼女が家にいたときのことだろう。その事なら僕も聞きたい事だった。 でも、言いにくそうにしてるのは誰だって見ればわかる。 「えっと・・・」 「いいよ。無理しなくて。」 今度は優しく、極力優しく言えた。 今にも泣きそうな彼女の目が僕を捕らえている。優しく言ったつもりだったけど、彼女には伝わらなかったのだろうか? 「あ、えっと、ありがとうございます。」 消え入りそうな声だったけどちゃんと聞こえた。この子はこういう子なんだ。 それまでの心配というかイライラというか、もやもやしていたのが何だか吹っ切れたような気がした。 「よーし、じゃ〜名前ちゃん。」 「え?」 「まずはこれ洗ってね!」 「あ、でも...」 「大丈夫大丈夫〜。ほら。」 彼女はフロアをちらっと見てたけど僕は無理やり厨房の奥に案内した。響さんに後で怒られたってそんなの知らない。 だって、彼女がさっき『ありがとう』って少し笑ってくれたから。 2008.06.05 UP 連載『ひとりはみんなの為に』 007 少し笑った お戻りはブラウザバックでお願いします |