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微睡み
帰ってくると、そこにはただただ暗闇が存在していた。
不安に思った僕は慌てて通学鞄の中に閉まっていた、普段はめったに使わない携帯を取り出す。

そこにメッセージは何も表示されていなかった。

しばらく携帯をぼんやり眺めていると、それは再び元の暗い画面へと変わった。



「……哉也?」

自分でも驚くくらい、か細い声が出る。
それでも僕はもう一度、愛しいあの人の名前を呼ぶ。

「カナちゃん、いないの?」

パッ

突如、廊下の電気がつく。
僕は驚いてその場で肩をびくつかせた。

「おかえり」

哉也だった。
廊下に続くリビングの入り口で、哉也が僕を手招きしている。

「靴ぐらい脱げば?」

言われて、僕は初めてずっと玄関で立ちっぱなしだったことを知った。

「た、だいま」

ちゃんと言えただろうか。
変な声になっていなかっただろうか。

あからさまにぎこちなく返事をする僕に、哉也は優しく微笑んでくれた。

「あぁ」

それだけ言って哉也はまたリビングの奥へと引っ込んで行った。

唐突に、今朝方の光景が蘇る。


――――『中出しして下さい、は?』


ぶるぶると震え出す手を一生懸命抑え込んで、僕はようやく靴を脱いでリビングの奥へと入って行った。

「晩メシ、出来てるから」

人によってはぶっきらぼうに聞こえてしまう哉也のその言い方も、僕にとっては今はひどく安心するもの。

「……ありがとう」

まだあの時の事が頭から離れない。
潮崎のことを思うと、どうしても付随して哉也の顔が思い浮かぶ。
目の前にちゃんといるのに、ここには存在しない、そんな奇妙な感覚が僕を襲ってくる。

その時だった。

バンッ!

哉也が水の入ったコップを勢い良く机に叩きつけたのだ。
僕ははっとして哉也の顔をその時改めてきちんと見た。

少し、怒っている。

「オマエ、メシ作れないんなら作れないで連絡くらいしろよボケ」

少しじゃなかった。本当に怒っている様子だった。

「今日はお前の当番だろ」

それだけ言うと、哉也はソファに移動し、読みかけだったのであろう雑誌を手に取り再び読み始めた。

つかの間の静寂が訪れる。

「……ごめ」

そこまで言ってしまって僕はもう限界だった。
突然泣きじゃくる僕を哉也は訝しげに見つめながら、それでも異常性を感じ取ったのか、慌てて僕の傍に寄って来る。

「悪かった」
「カナ、ちゃ、の……せい、じゃ、っない」

嗚咽混じりに区切って言う僕の頭を哉也はそっと撫でた。

「もういいよ」

優しすぎる哉也に僕はとうとうその場で泣き崩れてしまった。

「もう、今日は寝るか?」

コクリ、と頷く僕に哉也の温かな手が差し伸べられる。
僕は素直にそれに応じた。

「おやすみ」

ベッドの傍で微笑む哉也の顔をぼやけた視界で見ながら、僕は眠りについた。

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あきゅろす。
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