個室便所
「何、オマエ、殺されたいの?」
それを言ったのは誰だったのだろう。
「るーいっと君♪」
肩が跳ね上がりそうになるのを必死の思いで留めて、僕は恐る恐る振り返った。
「ちょっとこっち来いよ?」
頷いて返事をすれば、相手の腕が僕の肩に回る。
「5秒で済むから♪」
周りにいた何人かの生徒が、その発言に笑う。
「やばい、オレ、我慢できねーかも」
「オマエのソレはいつものことだろ」
「早く行こうぜ」
「おい、ちゃんと歩けって」
僕の中で、それぞれの言葉たちが遥か遠くの方で木霊していた。
――――――
「さァ今日はどーしてやろっかなー」
何人かの生徒に囲まれた僕はただただ下を向くことしか出来ない。
「札と腹、どっちがいい?」
そして願うのだ。
早くこんな時間なんて終わればいいと。
「答えろよ!」
ドンッと肩を小突かれて容易く僕は後ろにいた生徒にぶつかった。
「ラッキー♪」
「やっ……!」
後ろから両肩を強く掴まれ、僕はその場で激しく抵抗する。
「おら、オマエそこ抑えてろよ」
「おっけー♪」
「やだぁーっ!!!」
「うっせーよ」
マスク越しに口まで塞がれてしまった。
「てか、このマスク、邪魔」
「あっ……!」
口元が外気に触れた僕は焦って両腕を伸ばす。
「返して!」
「黙れって」
パシン、と音が鳴って僕は頬を叩かれたことに気付いた。
その衝撃で眼鏡も飛び、カシャンと小さな音を立てて地面に落ちた。
ショックで呆然とする僕の両頬に、誰かの手が重なる。
「ほんと、うぜーわ」
背中から走る悪寒に今度こそ僕はガクガクと震え出した。
「誰かが助けてくれるとでも思ってんの?」
生徒たちの嘲笑が聞こえる。
「見ろよ」
そう言ってある人物が目の前に差し出された。
分かっていたけれど、僕は驚きが隠せず目を見開いてその人物を見た。
「哉也……」
ドクン、ドクン。
心臓の音が五月蝿い。
僕はきつく目を閉じた。
「はい、哉也くん。何か一言言ってあげて」
ついに零れた僕の涙は、先程から頬に添えられている誰かの指先へと消えていった。
「いいザマだな」
―――――――――――
「あ、あ、あ……っ!」
痛い。
身体中が熱く燃えている。
「も、だめ……っ、や、抜い、て」
「オマエが悪い」
類斗。
身体に伝わる激しさとは裏腹に耳に響く優しいその声色が、僕の全てを奪っていく。
「や、出る……ぅ」
「駄目だ」
「やあぁぁ!」
哉也の手が僕のそれをきつく縛った反動で僕は情けない声を出してしまった。
「や、やだ、カナ……」
涙目で見上げれば、欲情で濡れた両の瞳とぶつかる。
「一生、赦さない」
「あ、あぁぁー! あ、あ、ァ……!」
中で出されるのを感じながら、僕は哉也の掌の中でイってしまった。
――――――――
「類斗」
はっとして目を覚ますとそこには僕のお腹を優しく擦る哉也の姿があった。
「大丈夫か?」
哉也の目が普段家で見るのと同じものであるのを確認して、僕は返事をする。
「もう、大丈夫」
哉也がいるから。
だから、僕は。
「結局、お金とられちゃって、ごめんね」
「本当にな。俺が集めてる意味ねぇだろ」
「ごめん」
「いいよ。また集めてくるから」
「うん」
哉也の手が差し出される。
僕はゆっくりとその手に掴まって立ち上がった。
気が付くと、いつもの校舎内が、夕暮れ色に染まっていた。
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