過去
少しだけ僕らの話をしようか。
僕たち――哉也と僕は兄弟だ。
生まれた時から一緒にいる。
昔、誰だったか知らないが、近所の人に言われたことがある。
「貴方達って本当に似てないのね」
その言葉は今も僕の胸の中に永遠と残り続けている。
似てない。
僕と哉也は似ていない。兄弟なのに。
どうしても気になって幼い頃母親に尋ねたことがある。
すると母親はそんな僕の不安を一蹴するかのように、鼻で笑った。
「誰が産んだと思ってンのよ」
ホント、痛かったんだから。そう続ける彼女の言葉に嘘は含まれていないように感じた。
父親はいない。
元から存在などしていない。
そう言った彼女の目はとても優しかった。
ただ、哉也にだけは違った。
「アンタ、目の前から消えなさいよ!!!」
「好きでアンタなんか産んだんじゃないんだから」
「私には類斗だけで充分」
「類斗、愛してるわ」
哉也はいつも冷静だった。
実の母親に何を言われても、僕に八つ当たるどころか、時に酒に酔って暴れる母親から身を呈して守ってくれる程、哉也は普段通り振舞っていた。
「カナちゃん」
「ん?」
ある日、僕は気付いた。
この気持ちは愛情だと。他の誰でもない、哉也にしか向けられることの出来ない、本物の感情だった。
「結婚して」
その頃は幼いなりに一生懸命想いを伝えたつもりだったが、そんなことは今にして思えば幼稚で、あり得ない内容だった。
哉也は本当に驚いたとでも言うように僕を見つめ、それからこう言った。
「類斗とセックスしたい」
当時の僕はセックスのセの字も知らない幼稚な子供であったから、哉也にそれを言われた時も(なんだろ、それ)と思いながらも哉也の言う事だし間違いないやと思い、頷いた。
その日からだ。
僕たちの身体の関係が始まったのも、哉也にもう一人の人格が出来上がったのも。
哉也の別人格に名前はない。僕もあえて本人に聞かないようにしている。ただ、その人格は、他人から指図されたり何かを聞かれたりすることを極端に嫌う傾向がある。
そのことを長年の付き合いの中で僕は知った。
“その時”は突然訪れる。
別人格は、凶暴で凶悪で、暴力を暴力とも思わない非人道的な性格だ。
唯一救いなのは、その間の事を哉也は覚えていないということだ。
覚えていれば、優しい哉也のことだ。
罪悪感から自殺でもしてしまうに違いない。
僕はそんな哉也と長年あるアパートの一室で暮らしている。
そのアパートは、昔祖母が買い取ったもので、酒に酔ったまま遮断された踏切に入り込み飛び込み自殺をした母親に残されていた唯一の遺産だった。
祖母はもう亡くなってしまったけれど、僕たちだけに遺された遺産でなんとか今日も平和に暮らせている。
「あ、あっ……い、イく……」
「まだ。イったら駄目だ」
哉也とのセックスは心が満たされたような気持ちになる。
哉也になら、何をされても全てが敏感になり、それが性的興奮へと直結していく。
不思議だ。
哉也の別人格とシている時は、イきこそはするものの、気持ちが追いついていかないのに。
それは潮崎にも言えることだ。
潮崎。
突如、頭の中で彼の獰猛な笑顔とは裏腹な柔らかな手の感触を思い出した。
「っ……!!」
「あーぁ。イくなって言ってんのに」
ペニスを強く握り締められていたにも関わらず、僕は精液を出すこともなく、哉也に拘束された手の中でイってしまった。
「お、出てきた」
急に哉也が手を離すと、その反動で僕のペニスからはだらだらと白い体液がこぼれ始めた。
「あーッ、あ、あ、あっ」
余韻でイき続けていると、哉也が自分のモノを取り出して僕の口腔内に押し込んでくる。
何も言えずただただ感じることしか出来ない僕は、情けなく生理的な涙を垂れ流し続けながら哉也のそれを丁寧に舐め上げた。
「愛してる」
類斗。
懐かしい母さんの声が哉也のそれと重なって聞こえる。
切なくて悲しくて、僕はぽろぽろと涙を流し続けた。
「類斗、愛してる」
『愛してるわ、類斗』
「だから」
『だからね、類斗』
「一緒に死んで」
『類斗だけでいいの。哉也はいらない子。本当に、死んでほしい』
「カナちゃんが死ぬ時は僕が死ぬ時だよ」
僕は精一杯の笑顔で哉也に応えた。
大好きな哉也。
哉也が死ぬ時は僕が殺してあげる。
それが、僕に託された唯一の使命だと思うから。
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