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●§探偵事務所§●
赤い箱5 ★(ネウヤコ)
「何これ・・・・。」

電気をつけずとも事務所の中は月とネオンで以外と明るい。
ドアを開けて浮かぶ室内の影に
弥子は愕然とした。

壁の本棚に納められていた資料が床一面に散らばり。
その上には鳥の羽が無数に葺いている。

ソファーもひっくり返されあらぬ方向へ飛ばされていて
主人の帰宅を知って、出迎える筈のフライデー達までもが隠れるようにその下にもぐり込んでいた。

ドッッ!

異様な光景に目をみはる少女の背中が
瞬間、後ろから強く突き飛ばされて荒れた床へと滑る。

「つぅっっ・・!!」

その頬に鋭い痛みと一筋の赤い筋が走って
散らばる本や紙は無防備な体に凶器となって食い込んだ。

打ち付けた部分を痛みと痺れが襲う。

(・・事務所に入る前は気ぃ張ってたんだけどなぁ・・。)

それでも何とか顔だけは上げて
ドアの方を振り向くと
弥子を突き飛ばした魔人は足元の本を踏み
無言で弥子に迫っていた。

「ネウロ・・・・。」

緑に光る無機質な眼光が細められ
冷たい硝子玉のように見下ろしている。

ヒヤリとする気配を感じて弥子は上体を起こしてネウロに向き直ると
後ろへ下がろうと床を掻いた。

どうやら足をくじいたようで立ち上がる事はできない。
どちらにしても、この魔人から逃げる事など到底不可能な事だろうけど。

「ネウロ・・・・。」

ズルズルと後退りながらもう一度呼び掛ける。
が。返事はない。

ネウロは私の知らない目をしていた。

今までさげすんでも、虐待しても、呆れた時だって。
ネウロのこんなに冷たい目は一度も見たことがなかったのに。

後ろを掻いた手に壁が着いた時
ネウロはニヤリと笑い
私の前にひざまづく

「!!」

ダンッッ!!

同時に私は首を掴まれ
頭を強く壁に押し付けられた。

「あぐっっ・・!」

血が一気に引いて行く。

ギリギリと首を締め付ける手に全身が震えた。

ネウロは感情のない顔で私に身を寄せると

目をむく私の頬に唇を寄せて

ベロリと傷口を舐める。

「はっ・・!はぁっはぁっはぁっ・・」

首を絞める力を緩められて
私は思いきり息を吐く。

ネウロは私を壁につなぎ留めたままで
おもむろに空いた右腕で私の膝を掴んで持ち上げた。

「なっ・・!何してんのネウロ・・っ!
放して!!」

足をこわばらせて閉じようともがく私の言葉を
ネウロはまったく聞いていない。

魔人の手は撫でるように膝からふくらはぎへと降りて、
おうとつを見付けるとピタリと止まる。

グイッッ

「痛っっ!!」

ネウロは私の足から靴ごと靴下を剥ぎ取った。

「???」

私が困惑して肩をすくめていると、裸足になった足は捨てられて

もう片方の足も同じように掴まれ靴下を剥ぎ取られた。

魔人は真新しい靴下をその手に握り込むと、
私の方を向いて

その手を開き

見せつけるように黒い炭だけをパラパラと床へ落とした。

首を掴んでいたネウロの手が離れる。
そして私の首に残るその痕を愛でるように撫でて。

ふと。
魔人は眉をはねあげ
辿る指を私の髪に絡めた。

「ネウロ」

三回目の呼び掛け。
ネウロは目を上げた。

いつもの魔人の目だ。

どこかしらすねているように見えるのは気のせいだろうか。

スッと立ち上がり、背を向けて
ネウロはトロイを周り窓向きに席についた。

「言い分を聞いてやろう。ヤコよ」

普段通りのネウロの声が
いつになく優しく耳に響く。

「言い分・・・・?」

問い返す私に、ネウロは大きく溜め息をついた。

「何故我輩の言いつけに背き、
笹塚の車に乗ったのかと聞いているのだ。」

あれ・・?

ネウロの言葉に何か引っ掛かるものを感じ
私は首を捻る。

謎も絡まない私の感情など興味がない筈の魔人が
何故それを聞くのだろうか。

私は暫くその理由を考えて。

まさか・・。

とある仮説に突き当たる。

いや・・。

仮説と言うか・・。


昨日の理不尽な言いつけも

さっきの笹塚さんへの批判も。

そう考えると繋がる気がして。

「・・・・様子がおかしかったから・・・・。
笹塚さんにはいつもお世話になってるし。
・・・・放っておけなかったんだよ・・。」

本心を言った。

まさかこの魔人が・・

「世話をしてるのはこちらのほうだ。
いつも便所のタワシ程度の役にしか立たん愚民どもに我輩は手柄と言う施しを与えてやっているではないか」

嫉妬をしてるとでも言うんだろうか・・。

「私には何にも出来ないけど、
出来る事があるんなら役に立ちたいんだよ」

イラついたネウロの声が帰ってくる。

「奴隷としての本分も全う出来ないミジンコの貴様が
人の役に立つなどとおこがましい考えを起こす事自体が間違っているのだ。」

黙り込む私にネウロが続ける。

「ヤコ。
この欲深い雌犬が。」

・・確かに。
そうかもしれなかった。

・・・・でも


「クサリを・・・・」

ネウロの背中を見つめたまま私は呟く。

「何?」

「クサリを切れたらって思ってたの・・・・。」


ネウロの
眉を潜める気配。

「人間は皆捕われてるんだよ。」

構わず言葉を繋ぐ。

「感情がクサリになって。
重りを吊す。」

軽い金属音を立てて。
ネウロが椅子ごとこちらに向き返る。

「絡み付くクサリはどんどん増えて行くばかりだから」

私は壁に手を着いて
痛めた足をかばい、
ゆっくりと立ち上がった。

「誰かが気付いてクサリを切って行かなくちゃ。
いつかはその重みに道を外して。
奈落の底へと落ちて行くんだ・・。」


―――それは。

アヤのように・・?

HALのように・・?


「・・・・フン。
・・くだらんな・・。」

分からなくても。
構わない。

私は壁を渡り前へ進む。


「事件のあった日の夜・・。

お父さんの部屋に行った私の目を塞いだのは・・。
笹塚さんだと思ってた・・。」

「・・・・でも」

血の臭いの中の。

微かな皮の香り――


「あんただったんだ。
ネウロ。」

ネウロが私の顔をワシ掴みにした時

その臭いに私は答えを見つけた。


私が自ら背負おうとしたクサリを

父の呪縛を

立ちきったのはこの魔人―――


「それが何だと言うのだ」

魔人は笑って

私を見つめる。

魔人に感情がないなんて嘘だ。

優しさに決まりなんてない。

ネウロがどう思おうが、
この横柄な魔人が
人の重りを外すなら

それは優しさなのだと―――



トロイへ辿り着くと
天板のヘコミに
ネウロの怒りを知った。


「ごめんね。
ネウロ。」

きっと。

私はこの魔人の事が好きなのかもしれない。

「遅い。」


向き合って、ネウロに聞いてみる。

「今日は。
そんなに怒らないんだね」

ガッッ!!

再び捕まれる私の首

「虐げて欲しいのならそうしよう。
このマゾヒストめ」

「違う違う違うって!!
褒めてんだってば!!」

首を絞め上げるネウロの手を
パチパチ叩いて降参を訴える。

「ほう。では我輩が与えた温情の分
いつもの百倍は働いて貰わねばな。」

そう言う魔人の顔は
どこか嬉しそうで。

「ネウロ」

「なんだ」

そんな顔されたら。
つい自惚れちゃうよ。

「私。
少しはネウロに必要とされてると思って良いのかなぁ」

魔人は
また鼻で笑うと

「傲るな。
このミジンコめが」

その手で私の制服のリボンを掴んで
強く引き寄せると




静かに優しく

口付けられた―――






赤い部屋の赤い箱。
赤い部屋の血の臭い。

ネウロが私のクサリを切ってくれたように

私も笹塚さんの呪縛を切ってあげたかった。

でも。
人の心に踏み込む事は

同時に私への道も開く事。


「貴様は我輩の奴隷だヤコ。

貴様は我輩を満たす為に
常に我輩に従事せねばならんのだ。」

ネウロの言葉は酷く残酷に見えて。
時に核心を突く。

「受け入れられんものの為につまらん情をそそぐなど、
愚かな事だ。」

そう言った魔人が酷く優しくも見えて。

私は自分のエゴに胸が痛んで

包まれたネウロの腕の中で
堪らずに泣いた。

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