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●§探偵事務所§●
赤い箱2(笹ヤコネウロ)
キーンコーンカーン<(( ブルルルル ))>

チャイムと共に鳴る、日課の脅迫アラームのお陰様で
事務所に向かう道すがらは、できるだけ早歩きをするように心がけている

毎日毎日良いダイエットになると自分に言い聞かせてなきゃとてもやってらんないなぁとか
胸の中の不満を魔人にぶつける事にはもう懲りた。

大好きなタコ焼き屋「若菜」も目をつぶって通り過ぎて行く。

いや、通り過ぎようとはしたんだけども、実際はそのかぐわしい臭いに堪らずちょっとだけ振り返ってしまっていたりする。

立ち上る蒸気がこの季節によく映えて。
お客に売られて行くタコ焼きをウルウルと切なげな目で見つめる私は、
次の瞬間タコ焼き持参で到着が遅れた時のネウロの虐待の様が脳裏に浮かんで
目一杯首を振って欲求をふり払った。

下手するとまたタコ焼きに噛まれかねない・・。

はたから見たら挙動不振な葛藤を繰り広げていた私は
観念して涙ながらに諦めつつ
必死に別れの一歩を踏み出そうとしていたその時。

「弥子ちゃん」

道路から、もはや耳慣れた男性の声がかけられた。

「笹塚さん・・。」
薄く開いた車のドアに寄りかかって、立ちつくす私をはたから見ていた笹塚刑事の顔は
昨日よりいくらか血色が戻っていて

それに少しだけ安心した私は、知らず頬を緩め、微笑んでいた。

「ちょっと。いいかな。」
車に目をやると助手席には数段重ねで置かれた光るタコ焼き(私にだけ見える後光)の姿。

「これ・・。
良かったら食べる?」
私の目線に気付いて、笹塚さんは事もなげに天使のような事を言って
物欲しそうにタコ焼きを見つめる私を手招きして笑った。

「いいんですか・・!」
瞳を輝かせば笹塚さんからは了承の頷きが返ってくる。
私は浮きあし立つ足でガードレールを跨いで助手席のドアに回り、急ぎ扉を開けた。

先客のタコ焼き袋を一時持ち上げて
シートに座る直前、昨日のネウロの言葉を思い出す。

『ヤツには近付くな』

ばれたらただでは済まないだろうなぁ。
やけに冷静な自分が、そう脳で呟くのを聞きながら。
私は助手席に身を落とし、積み重ねられたタコ焼きの袋を自分の膝に置きなおすと
笹塚さんの横顔を盗み見た。

実の所、本当の目的はタコ焼きなんかじゃなくって。
昨日から様子のおかしかった笹塚さんを、このまま無視してしまうのは気が引けたと言うのもある。

それにいくつか聞いてみたい事もあったし。

昨日の事だとか、ネウロの事だとか。
お父さんの・・事だとか。


落とした視線の先には、まだ温かいタコ焼きの山。

まぁ何だかんだ言っても、この山のようなタコ焼きが、ネウロの言いつけを破る一番のきっかけとなって
それを後押ししてしまったのは紛れもない事実なのだけど。

「笹塚さん。これ笛吹さんたちへのお土産だったんじゃないんですか?」
何気無く笑って聞いた言葉に

「・・そーね。・・君に会えてなければそうなってたよ。」

笹塚さんが私を待っていてくれた事を知って
あぁ。昨日のお礼のつもりなのかと私は一人納得した。



ガゴッッ!!!
飛び散る硬い破片。
トロイの天板が落とされたネウロの踵の形に歪む。

「あの・・・ゾウリムシめが・・」

殺風景な事務所は、殺気で余すことなく満たされていた。

「あんな簡単なエサにホイホイと食い付きおって・・」

魔人はその本来の姿で、鳥のような嘴と角をいからせて唸る。
飛び火を恐れてか、トロイの上にいたフライデー達は皆クモの子を散らすように逃げて行った。
同時に弥子の映像も途切れる。

「奴隷の分際で、随分と我が輩を馬鹿にしてくれるものだな。
どうやら二度と逆らう気が起きぬよう
厳しいお仕置きが必要なようだ」

「アカネ。ここを空けるぞ・・!」

怯えて壁紙の奥に隠れている秘書に声をかけると
返事を待たずに魔人は夕暮れの街へと跳躍した。

冷たい風になぶられながら
眼下に見下ろす家々には、すでに明かりが灯り始めている。

「あさましいな。ウジムシどもめが・・
空だけでは飽きたらず、地上にも星を撒き散らしたがるなどと・・」
いかるネウロは見下ろす先に
ふと、
謎の気配を感じる。

足下のビルに静かに降り立って。
魔人は即座に本来の姿を人型へと戻した。
怒りを押し潰すように広がっていく食欲。

「・・・・あさましく、醜いウジムシどもめが・・・・」
魔人は血の色に染まる空を睨んで呟いた。

「・・しかし・・・・。
そのウジムシどもが我輩の食事を用意するに一番ふさわしい生き物だとは・・・・」

魔人は記憶を辿る。

(はじめて。
この美味に触れたのはいつの事だったか・・・・)



『―――そう。

それは少女だった。


まだ我輩が闇に住まい。


ウジムシの形などしていなかった頃の記憶―――』


しばし目を閉じて。

瞼を上げる。

「―――ッフン。

くだらんな・・」

魔人はその身を翻すと、
謎の調理に足早に向かった―――

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あきゅろす。
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