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●§探偵事務所§●
オウム達の海辺6(R15?流血注意)



風の唸りが徐々に遠ざかって行く。

ねじれた木の幹に貼り付けられて
男は口から僅かに血を吐き出した。

鮮やかな赤色の筋が
白く角張った男の顎を伝う。

五体を引きちぎらんとするかのように
荒れ狂った暴風がようやっと収まって
ゆるゆると男が目を開けると視界を遮るのは一面の群青・・・。
いや。巨大な青のドームだった。


「・・・・・・」


目が眩む程の
強い。
極彩。

幻覚でも見ているのかと。
男はただ茫然と固まり
目の前の異様な光景に目を見張って

周りの景色にはとても似つかわしくない
その青いドームの
ゆるやかな曲線を視線でたどる。

ドームには鳥の羽根のようなものがびっしりと張り巡らされ
不気味にざわめき
その重厚な壁は実に男の腕よりも大きな羽根の房を
緩やかな風に舞い踊らせていて。

男は朦朧とする頭に手を当てて
今一度数秒前の記憶を手繰り寄せようと試みる。

桂木弥子の胸元に刃を突きたてようと
勢いを付けてナイフ振り下ろした瞬間
いきなり巻き起こった突風に体を煽られ
踏みとどまろうと弥子に跨ったまま
男は体を前方にかがめようとした。

しかし。
準縄ではない風圧に抵抗は空しく
男の体は根っこから引き抜かれるかのように暴風にさらわれ
気づけば
うねる木の幹に叩きつけられて。

今。

目を開ければ
この非現実的な光景が男の視界の大半を埋め尽くしている。

男が怪訝な顔で青のドームを睨みつけると

唐突に目の前の翼がザワザワと騒ぎ出し
編みこまれた羽根の糸が
次々にほどけ、ひらけて行く。

その羽根の隙間からオウムのような巨大な顔を覆う黄色のくちばしが覗いたかと思うと

深い緑の猛禽の瞳が黒く渦を巻き
男を射抜くかのようにまっすぐとこちらを凝視していて。


「・・・・ひっっ・・・!」


その形が徐々に収束し
歪んでいく。

こぼれ落ちそうな程に目を見開き
醜くしかめた顔に疑問の色を浮かべた男は
目の前の異様な光景をただ無言で見つめ

ふと。

その羽根の中に
湿った土と血を体中にこびり付け
無様に転がる細い体を震わせながら
力無くオウムへとすがりつくかのように
手を伸ばす探偵の姿を捉えた。

そしてオウムは
再び目を上げた男の見開いた視線を貫き捕らえ
まっすぐと押しつぶすかのような強いプレッシャーで縛り付けたまま


自らの体の中心に吸い込まれるように


その形を変え。



















――――――・・・変えて・・・―――?




















人の姿になった。









巨大なオウムだったものは

日本人離れした2m近い長身に
羽根と同じ青のスーツを上下に纏い
黒い皮手袋を着けた長い指で
魔人のスラックスにすがり着く弥子の血のついた手のひらを
サラリと撫で上げると

長く伸びるその足で
弥子の体を自らの脇に蹴り飛ばした。

弥子の短い悲鳴が
男の耳にも届く。


「・・・我輩は貴様らの出したゴミの処理をするほど
暇ではないのだ」


魔人は人形のように白く、表情の無い顔で男を見下ろし
低く通る冷やかな声で心底不愉快そうに言葉を投げると
足元の石をわざと踏み鳴らし
粉々に砕き飛ばしながら男に歩み寄ってくる。


「・・・・あ・・・」



「こんな汚物のつまらん罠に易々とはまりおって…」


覚えている。

女子高生探偵、桂木弥子には
いつも不釣合いな程華やかな風貌の助手が貼り付き
事件の推理を代弁していた。

そう。
男の犯罪を暴き
その人生を台無しにしたのも


「…おまえ……っっ」


魔人の体からは
黒い煙のような濃厚な瘴気が
男の目にもはっきりと見える程に
渦を巻き立ち昇る。


男の指は
無意識に樹の幹を掻いていた。

樹を離れ
後方へと逃げれば良い。

しかし掻き毟る指は
体を樹の幹に擦り付けるように押し上げるだけで。
一向に足はその場から動かずに。



「…夢だ…」


首を横に振り、弱々しい呟きが男の口をつく。

すると。魔人の足はピタリと歩みを止めた。


「っへへっ・・・」


やはり幻覚なのだと男が胸を撫で下ろした刹那
男の湿った頬に
引き吊れるような冷気が擦り抜け

今度こそ男の全身に冷たいものが駆け巡った。


「ひ・・・ひいいいいいっっっ!!!!!!!」


男の頬骨を突き破り食い込んで
樹の幹に深々と突き立つのは
先程桂木弥子へと振り下ろした男のサバイバルナイフで。


「あぁっっ!!ああああああああ!!!!!」


「うるさい。」


右の頬に数センチ食い込んだナイフから離れる事も出来ないまま
男は大げさに息を荒げて耳障りな叫びを上げる。

魔人はそれでも表情を変えず
またゆっくりと男へと革靴を踏み鳴らし
近づいて行く。


「化け物!化け物!!ばけものおおお!!」


気が狂ったかのようによだれを撒き散らす男の2m手前で
魔人は足を止め、腕を組んで


「貴様も。人間ではないだろう?」


「………っっ?!!?」


言って

無機質な顔に
形だけの笑みを浮かべた。

頬と口から血を流し
魔人に怯え、震える男の様を
いまだ地面に貼りついたまま見つめていた弥子が
消え入りそうな声で独り言のように
魔人の言葉に問いかける。


「人間じゃない…?」


「我輩からしてみれば馬鹿馬鹿しい話だが・・・。

人間が人と動物を別視するのは
人が理性を持つ生き物だからと言う事らしい。

ならば理性の無くなった知的生物を人間とは呼ばんだろう。
貴様らのくだらん決まりごとに当てはめるのなら
それは人になり損ねた畜生だ。」


魔人は弥子に背をむけたまま
その言葉に答え
わずかに鼻を鳴らして。


「我輩の知るこの世界の常識では
畜生が人を傷つけた場合
殺処分と言う形取るようなのだがな。

なぜか理性を無くしても
人間はなかなか殺処分されないらしい。
おかしな話だとは思わんか。」


魔人は腕を組んだまま
その黒手袋を尖った歯で噛み外すと
紫の手のひらに伸びるカギ爪を男に見せ付けるようにジャリジャリと鳴らした。

もちろんわざとやっているのだ。
男の恐怖を少しでも大きくするために。


「我輩は魔界で尽き果てた食事を探しに地上へと昇って来た。

山を降りエサを探す熊が殺処分されるのならば
貴様のようなヘドロも処理されねば不公平だろう。」


おもむろに魔人の爪が空間を一閃すると
男の胸元にズシリと重い赤ん坊のような甲虫が貼り付き

そのいくつもの足で男の体を拘束し軋ませて行く。


「うあぁぁああああああああぁー!!!!!」


男のジーンズの太ももに
黒いシミが広がっていく。

失禁する男に
魔人の威圧は尚も続いて


「人間共が貴様を裁けんと言うのなら
ここで我輩が貴様を粉末にすることもできるのだが。
あいにくと我輩にはヘドロを愛でる趣味はない。

そして。
貴様は我輩の奴隷に手を上げてしまった。
それがどう言うことだか解るか?」


魔人はカギ爪の生えた紫の手を
高々と天に向かいかざし上げて
誰ともなしに言い放つ。


「イビルウィンドウ」


その上空に
毒々しい装飾が施された巨大な扉がうっすらと浮かび上がり
次第にその姿を確かなものにしていく。
そしてその重厚な扉が鈍い轟音を立てて開き始めて。


「安心しろ。
その虫がいれば貴様が死ぬことはない。
意識を失うことなく永遠に地獄が見られる。」


扉の中からは異形の蛇のような竜のような化け物が
闇と共にねじれ、唸りを上げ、現れ

いくつもの眼を巡らせて
男の姿を捉えたかと思うと。





ゴァアアヴッッ!!!!!!!!!!!!!!!!








「逝け」



一瞬で
押しつぶすように男に喰らい付き
木をなぎ倒しその身をひるがえすと
瞬く間に再び上空の闇の扉へと突っ込んで行った。




「死では生ぬるい。」



断末魔を上げて闇への入り口が閉まると

静寂が。
空間に降りる。

聞こえるはずの虫の声も
漂う瘴気と気配に押されてか
黙り込んだまま魔人から距離を置いて。

思い出したように吹いた風に
なびく魔人の金緑の髪を見つめながら

弥子が先に口を開いた。


「ネウロ…」


その声は
震えている。

かすれて

押し出される悲鳴のように


「ずっと見てたの・・・?」


魔人が無表情を貼り付けたまま
弥子へと振り返ると
血だらけの頬で光る弥子の大きな瞳からは
ボロボロと大粒の涙が
途切れること無くこぼれ続けていた。


「気付いてたなら・・どうして…」


体から絞り出すかのように


「どうしてもっと早く来てくれなかったのぉ…!!?」


叫ぶ弥子の姿を見つめる魔人の瞳には

かわらず、感情が無い。

傍らには
赤い塊となった弥子の親友。
籠原叶絵が無造作に放られていた。



「貴様は救世主が欲しいのか?」


魔人は叶絵に目を投げると
目を細め
ため息を吐いて。


「人間は…っ!!あんたとは違って…!
すぐに死んじゃうんだよぉぉっ!!!!!」


泣き叫ぶ弥子に眉をしかめて
魔人は叶絵の横に歩み寄る。

叶絵にはまだわずかに、呼吸があった。
だがあと数分もすればこの小さな命の灯火も
尽きるであろうことは素人目にも伺える。



「触んないで!!!!」


弥子の顔は怒りと悲しみに歪み
血と涙でぐしゃぐしゃに汚れていく。
魔人は叶絵の体を見渡すと
地面に膝を付き、しばし考え込むように口を指で覆った。


「謎があるって気づいてたんでしょ!!?
いつもみたいにっ!!

謎が食べたいから見殺しにしてたんでしょぉ!!?」


魔人は自らのスーツの袖(ソデ)を覗くと
並ぶボタンの一つをブチリと剥ぎ取って言った。


「謎はなかった。」


「・・・・・・え・・・?」



三角形をした小さな金のボタンを
紫の手のひらで包み込み
小さくため息をついてから硬い音を立てる。


「我輩の食事となる謎は
外的から宿主を守る複雑な悪意の迷路の中にあるものだ。」


魔人の結んだ手のひらから

サラサラと砕かれたボタンの
黄金色の粉が叶絵の体の上に振りまかれる。


「我輩の求める謎とは悪意のベクトルを持つ知恵であり
悪意そのものではない。」


そして金色の粉が淡く
光ったと思うと

叶絵の体は
ネウロの翼のような青い羽で全身を覆われ
サナギのような繭になった。


「!??」


「つまり。
目の前の邪魔者を本能のまま殺して回るような人間からは謎は産まれない。」


魔人の背中は
いつもよりもどこか静かに
言葉を紡ぐ。


「救世主が欲しければ貴様がなれ。」


繭の中からは
時折太陽のような強い光がもれる。

繭は

数分で灰のように黒ずみ
崩れて。

羽根だったものが風に溶け消えると
そこには

傷も、血も、汚れも無い。
いつもの叶絵の姿があった。



「―――――――っっ!!!」



「貴様ら自身がクズどもに立ち向かうのだ。」


「ネウロ…。」



「でなければ。
この世の上質な謎もいつかは尽き」


魔人が
振り返る






「我輩もいずれは。朽ちて消えるだろう」




















「・・・・・・・・え・・・・・・?」









まるで
人間のような顔をして。

魔人が言った言葉に。





頭が


真っ白になった。







いつのまにか戻ってきた虫の声と
穏やかにそよいでいく夏の風。

遠くで
鳴いた鳥の声に

我に返る。












何を。


勘違いしていたのか。






サイとの闘いの時。

HALとの戦いの時。






気づいてたはずだった。


魔人が不死身ではないことに。






ネウロのボタンと髪飾りは
魔界の電池なのだと言っていた。



いつもいつも
弱って死にそうな時でも
ネウロ自身が電池を使う姿などは見たことがなかったのに。








どうして










謎もないのに








ネウロは












ネウロは…?
















「―――――――…っっ!!!!」








ただひとつ解ったのは







ネウロが

自分を犠牲にしたと言うこと――――――




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あきゅろす。
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