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●§探偵事務所§●
魔人の唇(ネウヤコ)
「暇だ。」

我輩の呟きにアカネがパサリと揺れる。

以前と比べれば探偵の依頼が増えたとは言え
謎を含む事件はそうは多くなかった。

おかげでヤコが帰るまでに
我輩がやらねばならん仕事は大抵午前中で終えてしまう。

奴隷は今も学校とやらで
ない脳に情報をねじ込んでいるので
しばらくは帰って来ないだろう。

昨日は退屈凌ぎに弥子を強迫してみたが
何故か揃うはずのない五百万を揃えて
あのパンの耳は帰って来た。

つまらんとこぼせば
アカネからは叱責がとんで来る。
どうやらヤコが危ない橋を何度も渡りかけた事が気に入らなかったらしい。

フライデーでみていたがあれは中々面白かった。

しかし我輩には死骸の毛髪に叱咤される趣味はない。

他に良い余興も思い付かず
パソコンをいじって世のムラサキパーマ族がこぞって夢中になると言う
「昼どら」と言うモノを見てみる事にする。

偽装とは言え下らない理由で
醜く変貌を遂げる虫たちの姿が小気味よい。

しかしこんな事をした所で
我輩の脳髄の渇きは増して行く一方だった。。

我輩はソファーに移動すると
体を横たえ、しばし睡眠を取る事にした。
HAL事件で究極に近い謎を喰ったとはいえ、次にいつあれ程の食事ができるかは解らない。

エネルギーは温存するに限る。

しかし最近は眠くてたまらん。

魔界にいた時は眠くなる暇などなかった。
気を抜けばそこに死が待っていた

ここにはそんな緊張もなく叫喚もない。

見るもの聞くもの全てが生温く
我輩を眠りに誘う。

「つまらん・・・」

そう言って我輩は闇の中へ落ちて行った。




臭う。

戻り行く意識の中でかぎ慣れた臭いが鼻をつく。

あぁこれはヤコがいつも貪っている生ゴミの臭いだ。

ゆっくりと目を開けると
向かいのソファーには頭の弱そうな満面の笑みで
「タコ焼き」とやらを口に運ぶ奴隷の姿。

「あっネウロ!おはよっ!
今日も依頼っぽい手紙いっぱい来てるよ!」

しかしテーブルに置かれた封筒の束からは
謎の気配が微塵も感じられない。

我輩は嘆息すると身を起こし奴隷に向き合ってその顔を見つめる。

「な・・何?
そんな恨めしそうな顔して・・。」

ヤコが何事かを感じ取ったらしく
ワタワタと生ゴミを片付け始める。

「貴様の悲鳴が聞きたくなった。」

我輩がニッコリ微笑むと
奴隷はみるみる青ざめた。

「何その物騒なドS発言!!?
昨日極悪な契約書で人を散々窮地に追い込んだ癖に
まだ足りないか!!この悪魔!!!」

「そう言われても
昨日の事など、もうとうに忘れてしまった。」

必殺ぶりっ子顔で答える我輩に
ヤコは逃げの体勢に入る

「この大嘘吐き!!
ちっちゃい事までネチッコク覚えてる癖に!!

そもそも契約書なんか書かなくたって一生奴隷扱いするつもりの癖になんであんな嫌がらせする必要があるわけっ!!?」

我輩はヤコとの間に鎮座するテーブルを横に蹴ると
わめくヤコの後ろ襟を掴んで
もう一度ソファーの上に放り投げた。

「聞くまでもあるまい。
面白いからだ。
それに貴様の言う通り
貴様の人生は未来永劫我輩の物だ。」

「わわわわわ・・」

見下ろすヤコの白い顔に更に我輩の加虐心は擽られて。

ガパッ

我輩はとがる歯を見せ付けるように笑うと

ガブリ。


かざされたヤコの手に思いきりカジリついた。

奴隷は間抜けな顔で目をみはり
かじられた手を見ている。

(食われた―――!!!!)

ヤコの内なる声が脳髄に響く。
面白くなって我輩はダラダラとヨダレを垂らし
次いで腕に噛みついてやる。

「ネネネネネウロ!!
いくらお腹が空いたからって私を食べるのはやめてー!!
食べるならせめて先端からじゃなくて
いっそ先にトドメを刺してー!!!
ぎゃ――


我輩はどんどん歯形を増やして行く。
ヤコは恐怖に震えていた。

「心配せずとも喰いはしない。
貴様を喰ってしまったら貴様の豆腐頭に我輩の脳が侵蝕される。
もとい、探偵の代わりを探さねばならんではないか。

また一から躾るのはすこぶる面倒臭い。」

「私は狂牛かぁっっ!!」

やかましくわめくヤコ。
まだ反論する余裕はあるらしい。

奴隷は縮こまらせた体から
露に濡れる目をふと
いぶかしそうに覗かせて我輩を見上げる。

「ん・・?・・・じゃあなんでアンタ私に噛みついてんの?」

「貴様の反応が面白いからだ。」

我輩は即答した。

ヤコの顔が引きつっている。

「おもおもおも面白いってあんた・・!
この歯形一体どーしてくれんのよ!!
これじゃ家にも帰れないし学校にも行けないじゃん!!!
皆になんて言い訳すればいいんだよー!!!」

ミジンコは我輩に食いかかってくる。
結構な力で噛みついたヤコの体にはクッキリと歯形が刻まれていた。

「一体なんの問題がある。
ただ歯形が付いているだけではないか。
偶然犬の大群に襲われた事にすれば問題はあるまい。」

「大ありだよ!
どーしたら今の時代に犬の大群に襲われるんだよ。
めちゃくちゃ不自然な言い訳だよ!!!」

騒音に眉をしかめると我輩は不満気にヤコの手を取った。

「フム。」

睨むヤコの腕に唇を寄せ

傷を舐めとる。

「い゛っっっ・・!」
おかしな声で弥子が鳴いた。

構わず我輩は他の歯形も舐めとり
傷を癒していく。

その手が足に触れた時
ヤコの体が跳ねた。

触れる肌が熱を帯たような気がしてヤコの顔を見ると、
茹でダコのように赤い顔がなんともおかしな目で見ていた。

「なんだ?」

眉を寄せて問うと
ヤコはフルフルと首を振って

「いい・・。
やっぱいいです。
やっぱこのままで結構ですっっ・・!!!」

絞り出すような声で言って
身を捻り逃げようとしたその足を掴み
仰向けにソファーに引きずり戻す。

「ひゃああぁ!!」

ヤコは
はだけるモモをスカートとやらを引っ張り隠した。
怯える赤い顔。

青くなったり白くなったり赤くなったり。

まったくこの虫は忙しい奴だ。

我輩はヤコの腹を押さえ
足の歯形を癒していく
舌を添えるたびにビクビクと動く足が
脳髄に小さな刺激を与えて心地良い

中々面白いな。

新しい遊びを見付け、我輩はニヤリと笑った。

足の傷が消えると我輩はヤコのももに跨り
体を覆うように頭に両腕を添えてヤコを見る。

はて。
それは我輩が初めて見るヤコの顔だった。

ほてる頬

濡れた双眼

小さな唇がフルフルと震えている。

我輩の喉の奥で
何かが騒めいた気がしたが

構わず耳の歯形に唇を落とし
また舐めとる。

途端ハッとしたようにヤコが口を隠した。

そこに何があるというのだ。

その行動に眉を寄せ
我輩はヤコの上に顔を戻して

手を外そうとするが
その手はいつになく強く食い下がる。

興味をそそられ我輩は口角を上げて。

一気にヤコの手を引き剥がした。

・・・なんの事はない。
あるのは先程と同じ光景だけ。

ふと。

昼間見た「昼どら」のシーンが蘇る。

唇を重ね醜く変貌を遂げた雌の狂気。

ヤコが守るこの場所を我輩が奪えば、

この奴隷もあのような獣に変わるのだろうか。

沸々と沸き上がる好奇心。

目をみはり見上げるヤコに。

我輩は顔を落とし。

ヤコの唇を舐めた。




「ぎゃ――――!!!!」

しばしの間を置いて耳を突ん裂くいつもの喚き。


・・・なんだ・・・
何も変わらんではないか。


沸いた興味も消え失せて
我輩は鼻を鳴らすとヤコの上からはなれた。
トロイに向かって歩いていると
ヤコは派手な音を立て荷物をまとめ

「馬鹿!!!ネウロ!!!」

断りもなく事務所から駆け出して行った。

追おうとする我輩の背を
ガツガツとホワイトボードを叩く音が止める。

「何だアカネ。」

そして我輩はまた

死骸の毛髪に乙女の唇のなんたるかを小一時間説かれた。




アカネがメールで何らかのフォローを入れたらしく

翌日のヤコはいつもと変わらず生ゴミを貪っていた。

たまに目が合うと生意気にも睨んでくるが我輩は無視する。

いつもと変わらない退屈な午後がまた始まった。

ヤコに目を向けると
肌に触れた時の喉の奥の心地良い騒めきを思い出した。

あれは中々面白い余興だった。
唇は大事な物だと言われたが
ヤコは我輩の奴隷人形。
何をしても構うまい。

アカネの目がない時にでもまたやってしまおうか。

そう思うと。
我輩の口は自然に緩んだ。

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あきゅろす。
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