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●§探偵事務所§●
オウム達の海辺4



「弥子!ほらぁ置いてくよ!!」


ウネウネと捻じ曲がる木々。
強すぎる緑の合間から強い日差しが差し込んで来る。

お盆のように大きな葉を広げる植物と
赤色の土、ゴツゴツと顔を出す岩達。

先を行く友人達に遅れて歩を進める弥子は
膝に手を付くと顔を上げて答えを返した。


「ごめん先行ってて良いよー!すぐ追いつくからー!!」


石垣島から船で向かった西表島は
日本とは思えないほどの密林で

南端の島の蒸し暑さは多少木々や土に吸われて軽減されてはいるとは言え
容赦なく弥子の体力を削いでいった。

探索の道は決まっているから迷う事は無い。
と言うより他に道はないのだ。

叶絵と他の友人達も
心配はないと思ったのだろう。


「じゃぁゆっくり進んでるからねー。」


うだる弥子に声をかけると
素直に熱帯植物の陰に消えて行く。

弥子は寝不足で重い体を
白いキャミソールが汚れないように
横にあった大きな岩にスニーカーとと濃いベージュのカーゴパンツの尻で体を支え預けると
大きく息を吐いて青く澄んだ空を仰ぎ見る。

冷たい岩の温度が靴ごしからも伝わって来て
体の温度が少し冷やされた。


「あー…。やっぱ寝ないとちょっとしんどいなぁ…」


見上げた先は見た事の無い熱帯植物の葉や枝に縁取られいて

その強い色彩に。

目がくらむ。


ブルリと石に冷やされた体が震えた。

不思議な事に
ここ数日の汗ばむ南国の暑さにも関わらず
弥子はずっと体が冷えるような感覚に囚われていた。


「…そーいえば…。お父さんが死んでから…
ずーっとアイツと一緒にいたんだよなぁ…。」


なぜだかは解らない。

でも熱帯の寒さの原因に弥子はすぐに
横暴な魔人の姿を思い起こしていた。


「なんかやたらと…スキンシップ多かったしなぁ…。
いきなり解放されればちょーしも狂うか…」


普通ならありえない程に
当初から顔擦り付けられたり腰抱かれたり

いつもいつも
魔人の手は弥子の体に触れていて。

父親の死んだあの時から
こんなにも長く離れる事などなかったのだから。


「なんか…あんなんでも…無くなると寂しいの…かも…っ!!」


唐突に背後から上がる葉を折るような乱暴な物音に
弥子が驚いて振り向けば。

そこには大きなフクロウの姿があった。


「…………。」


フクロウは白く広い羽を広げ
挨拶でもするかのように弥子の方を睨みつけて来る。

そして固まる弥子に。
グルグルと喉を鳴らすと
眠そうに目を閉じた。


「………。」


ぎゅぅっと。

喉の奥が痛んで
オウムの顔をした魔人が

少し恋しくなる。


弥子はもう一度空を仰ぐと
もたれていた岩から体を離して
大きく息を吸い込むと
再び友人達の後を追い歩き出した。

緑。緑。緑。

両わきに繁る鬱蒼とした植物の群れは
どこまでもどこまでも続いていて。

しばらく歩いても一向に叶絵達の姿は見えては来ない。

寝不足の体が更に道を長く感じさせて
再び弥子が重く軋む膝に手をついて息を吐いた時


ピチャリ。


「ひゃっ!!」


その後頭部に上から降った雫が伝い
驚いて跳ね起きた弥子の首筋から
キャミソールの中へと冷たく流れ込む。


「うぇぇえーっ!気持ちわるっっ!!」


わめく弥子の腕にも
もう一滴。

耳。髪。手の甲。服に立て続けに落ちるその雫に

ふと
弥子の動きがピタリと止まって。




真っ白なキャミソールに。
染み込む赤と
足元の葉がかもす
生臭い匂いは。

以前嗅いだ事のある暗い香り。

茫然とみはったままの目を
雫を溢し続ける空へと向けると

弥子の白い頬に
もう一滴。

血の雫が跳ねて。
伝って落ちた。














「…あんたがどこの国の人間だかは知らないがな…」


暫しの間を置いて笹塚の低い声が
静寂を割って事務所に響き渡る。

その鋭い目は未だに
威圧感を放ち魔人を見据えたままで。


「…探偵の助手なんてやるからには
この国がどれだけ加害者に優しいかって事位
知らない訳じゃないだろう…」


ネウロは能面の瞳を細めただけで
背後のトロイの天板に腰を下ろすと
腕を組み笹塚の言葉の続きを待った。

刑事は変わらず手錠を握っているようで
右手はよれたズボンのポケットに埋もれている。


「…二割だ。」


「…人を死なせても投獄されない人間の割合…。

そこには個意的な殺人も含まれている…。
人数にすると年に五百人以上の罪人が牢に入らずに社会の中で暮らしている…。」


笹塚の言わんとした事に気付いたか
魔人の目が僅かに細められた。


「…終身刑のない日本では
殺人犯には5年以上の懲役もしくは無期懲役。
または死刑の判決が下る事になってはいるが
現在の状況では死刑はそう下る事はない…。

場合によっては人を殺したとあってもそれ以下の判決が下る事もままある…。
執行猶予が付きさえすれば刑務所に入る事もない…。」


笹塚はいらついた様子で手錠から手を離し
上着のポケットからタバコを取り出そうとして

やめる。

そして手持ちぶさたにソファに目を投げると
溜め息を吐いて再びズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「無期懲役でさえ二十年ちょっとで出てくる奴も多い。
多少問題があろうが刑期を終えれば罪人を社会に出しちまう…。

…俺が言うのもなんだがな…。
凶悪な犯罪を犯した奴が名前を変えて社会でのうのうと生きている。
ここはそう言う国なんだよ…。」


そらされていた笹塚の目が再び魔人へと戻り
クマに縁取られた目がネウロを睨みつける。


「…その状況下で弥子ちゃんみたいに名の知れた探偵が
個人で行動する事がどれだけ危険な事かはあんたにも解るだろう…」


魔人の表情は動かない。

ただその顔は表向きな助手のそれではなく
本来の魔人の冷めたもので。


「…弥子ちゃんはまだ未成年だ。
となれば実質的にあんたが彼女を保護する責任を持った立場にある。

…もし彼女に護衛を付けずに送り出した事実があるならば
保護責任者遺棄罪として俺はあんたを連行させてもらう…。

―――そして」


笹塚の声がより低くなり。
この男にしては珍しい程はっきりとした声で
魔人を見据えいい放つ。


「あんたから彼女を引き離す。
これ以上危険な目に合わせないように。

…さぁ。答えを聞かせてもらおうか…」


「フフフフ・・・・・」


その笹塚の言葉と態度に
魔人の口からは知らず笑いが漏れていた。

酷く滑稽に見えたのだ。

自分たちの選んだ道に振り回され惑う人間達が。

良いように一部の人間に実権を委ねて
創られた穴だらけの規律に逆らう事もできない脆弱な警察共が
魔人から弥子を引き離す事のなにが安全な事だと言えるのか。


「・・・何がおかしい・・・」


「いえ…。あなたが随分と先生に執心されていると思いましてね。

たかだか刑事と探偵の間柄でしかないはずですのに」


もちろん笹塚が弥子に対して特別な感情を持っている事を知った上での言葉だ。

魔人のイヤミにも笹塚は動じず
ただ無言でその挑発を受け流す。


「ご心配なく。

先生には護衛をつけてありますよ。
しかし警察の方がそこまで心配されるのでしたら
先生は明日にでも呼び戻させて頂きましょう。

せっかくの修学旅行でしたが
貴方の言う通り何かあってしまってはいけませんからね。」


ネウロの言葉をまったく信用していない表情で。
笹塚は眉を寄せる。

ネウロはクスクスと笑うとトロイの天板から腰を上げ
事務所の入口に向かうとその扉を開けて笹塚の方に向き返る。


「申し訳ありませんが僕はこれから先生の代わりに依頼人に会いに行かねばなりませんので
今日はこれでお引き取り願えますか。」


未だ納得の行かない表情で睨んで来る刑事に
魔人は助手顔の爽やかな笑顔で毒々しいプレッシャーを放った。


「そんな顔をしなくても
先生が帰られたらちゃんとこちらから連絡させて頂きますよ。」


ホゥと。
笹塚は諦めのような溜め息をつくと
ゆっくりと足をドアの外へと進め出す。

そして。
その背中が魔人の横をすり抜けると
ボソリと気だるげな言葉が投げかけられた。


「明日の午後にでもまた伺わせてもらう。
弥子ちゃんにもよろしくいっといてくれ。」

「解りました。」


胡散臭い返事に笹塚はまた一つ息をつくと
エレベーターに乗り込み事務所を後にする。

そしてビルから出て覆面パトカーに乗り込むと
携帯を開いてリダイヤルを押した。

六回目のコールでやたらと軽々しい声がスピーカーから響いて来る。


「…石垣。俺だ。
警視庁に帰ったら至急桂木弥子の消息と
沖縄県警への確認を取りたい。
…悪いが連絡先を調べておいてくれ…。」


それだけ言うと
笹塚は新作フィギュアの話題を振ろうとした石垣の言葉を通話と共に終了させて
車のエンジンをかける。

気付けば。
ハンドルを握る笹塚の両掌には
冷たい汗がにじんでいた。




『…ネウロさん…。弥子ちゃんに護衛って…。』

「そんなものはない。」


事務所では二人の会話を聞いていたアカネが
不安そうに三つ編みを揺らしていた。


「弥子は我輩の奴隷だ。何も心配する事などない。」


魔人の言葉からは弥子を守る強い意思が感じられたが
アカネは尚も不安が拭えぬようで
ショボくれたようにダラリとその髪を下げうなだれる。

ネウロはその様子に口をへの字に曲げると
おもむろにアカネの前にパソコンを置いて
その中に自分の腕を突っ込んだ。


「アカネ。この街から沖縄までの航空機の経路を調べて我輩に伝えろ。
管制レーダーの情報とは繋いでおいた。」

『…経路…?』


パソコンから腕を引き抜き部屋を出ていこうとする魔人にアカネが戸惑いの声を上げる。


「音速で飛べばそう時間はかからん。
途中邪魔されてはかなわんからな。」


魔人は不機嫌そうにそう言い捨てて
事務所から出ていった。





「イビルキャンセラー」


ビルの屋上で魔人が自らの消毒液を浴びる。

オオムのような大きな嘴がグルリと唸ると
魔人の青いスーツからは無数の羽がザワザワと伸び広がって

裕に六メートルはあるであろう
その極彩の大きな青い翼が
大きな音を立て風を纏うと高く高く空に飛び上がる。


「アカネ」


巨大な鳥となった魔人は脳髄に送られた秘書の報告を聞きとると
辺り一帯に竜巻のような風を起こし
一瞬でその場から遠ざかっていった。


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