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●§探偵事務所§●
オウム達の海辺1
「よっし!じゃあこれで回るとこは大体決まったね!」

昼休みの教室。
繋げた机に修学旅行のしおりと雑誌を広げ
叶絵は当日のスケジュールを私と友達に配っていった。

私達の学校では今年から修学旅行は
好きな時期に好きな場所を選んで行ける事になっている。

叶絵ほどではないけど普段から仲良くしてる子達と班を組んで
多数決で決まった場所は南国は沖縄、石垣島。

北海道も捨てがたいけど沖縄のそーきソバや完熟の果物もずっとずっと食べたいと思っていた。

自然、私の顔も満面の笑みに染まる。


「それにしても弥子。
5日間も旅行なんか行って仕事の方は大丈夫なの?」


緩んだ顔に叶絵の鋭いツッコミが矢のごとく刺さる。

「う…うんっ!!!大丈夫だよ!
そんな毎日あるような仕事でもないしね…っ!!!」


実はこの話はまだネウロにはしていない。
言っても反対…いや妨害されるのは目に見えてるし
運良くうまく行ったとしても着いてくるとか言い出しかねないから。

抵抗は無意味!!

ならギリギリまで考えないほうが幸せと言うもんだ。
そんなもんなんだ!ぜったい!!


「ふーん…。でもさぁ助手さんは寂しがるんじゃないのぉ?」

ニヤニヤしながらからかって来る叶絵に
私はあからさまに眉をしかめる。


「寂しい…?いや…。
それはない…。」


暗い部屋で膝を抱えてスンスン泣いてる
ネウロの姿なんてまったく想像できないし。
私が監禁されて膝抱えてスンスン泣いてるところなら大いに想像できるけど…。

……つか…。

遠くない未来にありそうな絵面だなソレ…。


なんか自分でした想像にひどくションボリしたきもちになって
苦い顔で首を振る私を他の友達も一緒になって囃し立ててくる。

ワーキャーと恋バナの獲物を囲んで騒ぐ叶絵達の横で
一人の女の子が重いため息をつくのに気が付いて
私はとっさに話題を変えようと声をかけた。


「ごめんね!うるさいよね!
ほら叶絵!皆にも迷惑になっちゃうからさぁ!」


笑ってごまかして叶絵達を収めようとすると
その子はまたため息をついて静かに言った。


「違うの。」


その言葉に皆の注目が集まる。
年頃の女の子の興味は移り身が早い。
ひとまず開放されてホッとするものの
私もその子の話の続きが気になって耳を傾けた。


「うち…インコ飼ってるんだけどね…。

ほら…。修学旅行って何日も家開けるじゃない。」


「世話が心配だって事?」

「親に頼めないの?」


皆口々に解決策をはじき出そうと真剣な面持ちをして新たな獲物を囲い込む。


「エサとか掃除とかには問題ないんだけど…。
うちの親…動物とか…
あんまり好きじゃないのよ…。」


「虐待とか!?」

「捨てちゃうとか!!?」

「ちょっとちょっとちょっと……。」


興味本位のコメンテーター達が無責任な言葉をまくし立てるのにまたため息をついて
その子は話を続ける。


「前に旅行で3日位家を開けた時に気付いたんだけど…。
私の姿が見えないとウチのゴルゴンちゃん…








―――――――ストレスでハゲちゃうの。」




「ハゲるのッっ!!!!!!!!!???」



ハゲる!?ハゲルノ!?ストレスで!!?

これには驚いてしまった。

あの可愛らしいインコが
ゴルゴンなんて言うどーかしている名前をつけられる事よりも寂しくなることでハゲちゃうのならそれは大変な事態だった!
とりあえず私の中ではものすごく大変な事態だった!


「これは由々しき事態だよ!!!
国家レベルだよ!!!!!!」

「国家レベルって…弥子…何が……?」

「一体どうしたのよいきなり…
あんたペット飼ってたっけ?」


あまりの私の取り乱しように周りの皆のみならず
相談の主である女の子までがドン引きして
訝しげに遠巻いているが
そんなことも気にならないほど私の頭の中は真っ白になっていた。

これが本当ならそれはそれは大変なことなのだ。

ネウロがハゲる一因に私がなったとしたら
それこそこの世の終わりとコンニチハしてしまうに違いないじゃないか。

鳴り響くチャイムにすっかりシラケて散って行く皆とは裏腹に
収まらない困惑に午後の授業はまったく私の耳には入って来なかった。



放課後。
珍しく鳴らなかった着信音に疑問を抱く事もなく
私は本屋に駆け込むと目的のコーナーを見つけて
魔人の謎の詰まった参考書を手に取った。




『正しい鳥との暮らし方』





鳥は寂しさでハゲるというショッキングな発言に冷静を失っていた私は
そもそも魔人は鳥なのかという理性のツッコミすらも完全にスルーして

魔人の説明書をGETしたというおかしな錯覚にドップリと陥っていた。








しばし読んで



決心する。






うん。










修学旅行は諦めよう……。















事務所のドアを開けても
今日は何の罵倒も飛んでこなかった。

私は意味もなく息を吸って気合を入れると
満面の笑みを作ってトロイで席につき本を読んでいる魔人に声をかける。


「遅くなってごめんねネウロ!!」


魔人は何やら微妙な目をチラリと私に向けると
一旦読んでいた本に目を戻し
パタリと閉じて改めてこちらに向き直った。


「弥子。我輩に何か言わねばならん事があるだろう」


すっごい作り笑顔で爽やかに言うネウロが怖い。


閉じてトロイの天板に乗せられた本は
沖縄のガイドブックだった。

ヒクッッ

思わず頬が引きつってしまう。

でも今回ばかりは巻き込む訳にはいかない人間が多すぎるのだ。
どうした所でネウロを連れて行く事なんてできるはずがなかった。


「あぁ修学旅行の事?
ネウロをほっといて仕事休むわけには行かないしさ。
あきらめる事にしたんだぁ。」


勤めて明るく振舞う私に
ネウロは一瞬ムスッとした表情を浮かべると
イスから腰を上げてこっちの方へと近づいてくる。



――――そして





グニッッ



いきなり私の鼻をつまんだ。



「いたららららららららら!!!!!!」


つまみあげられる鼻の痛みに耐えかねて
私は華の女子高生もしおれる品の無さで
みっともなく手を振り回した。


「フンッ」


だけどネウロはすぐにその手を離して


「謎の気配がするな…。行くぞ。弥子。」


言ってスタスタとドアの外へと出て行ってしまった。


「?」


てっきりいつもの虐待が始まると思ってたけど

その日はそのまま何事もなく終了した。










翌日。
学食から帰って叶絵達に私が旅行に行けなくなった旨を伝えると
皆は快く了解をしてくれた。

皆があんまり嬉しそうな顔をするから
ちょっとだけ嫌われてんのかなーとか思ったりもしたけど

叶絵の含みある笑いをみる限りは
冷やかしの類だろうと判断してあんま気にしないことにした。

先生にもその話をしに行くと何か言いたそうな目をして眉を寄せてから


「まぁお前も大変だな。頑張れ。」


なんて激励されっちゃったりして。

なんかどっか引っかかるような気もしたけど
これまた深くは気にしない事にした。












そして。皆が旅立つ当日の朝。



瞼に射す光に



目を開けると。









私は空港のロビーにいた。









「ええええええええええええええええええええええええ!!!!!!????」









私の座るイスの足元には
しっかりと旅行用のトランクとかが用意されてたりして。




「あ。起きた?弥子♪」

「ほらもう手続き始まるよー♪♪」

「あぁもー朝から見せ付けてぇっっ」



スズメのかわりに友人達のさえずりが聞こえる。



「時間だぞ桂木。助手さんもおつかれさま。」


最後の先生の言葉に振り向けば。

背後には助手顔の魔人の微笑。



「行ってらっしゃい♪せんせっ♪」




叶絵達に引っ張り起こされながら
引きつった顔を魔人から離せずに。






「えええええええええええええええええええええええっっっっ!!!!???」







私の絶叫は再び空港のロビーに木霊した。















離陸する旅客機を苦々しげに眺めながらネウロが呟く。



「誰がペットの鳥だ。」




ポケットでは三つ編が揺れていた。



(でも弥子ちゃんがいないと寂しいのは本当なんじゃないですか?)


魔人がギロリと目を落とすと
三つ編は慌ててポケットの中へと逃げ込んだ。



「誰が……。」



魔人が淋しさを持つなど

聞いた事がない。






ネウロは再び空を見上げる。


弥子達の乗った機体は
もうすでに小さくなっていた。









ふと。


魔人の胸に

想いがよぎる。







(もしこのまま

ヤコが戻らなかったら………?)














フッ









「ありえん…。」













小さな囁きは



鋼鉄の鳥の羽ばたきによってかき消された。

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あきゅろす。
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