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●§探偵事務所§●
鳥の刻印6★(ネウヤコ)


細い指先が震えていた。



我輩は静かに

ヤコの掌に自らの指を絡めて。

首筋にあてた嘴を人型へ戻すと
短い金髪の揺れる白い首筋へと顔を埋めた。


どれ位時間がたったかは解らない。

だが事務所の外は夕日で血塗られたように紅く染まっていた。



「―――我輩が怖いか?ヤコ。」


耳元で囁くように問掛ける。

ビクリと体を震わせて。
ヤコは首を横に振った。


ヤコの頬にあてた我輩の鼻に
温い水が触れては落ちて行く。


「では何を泣くのだ。」


声を殺しながら泣き続けるヤコに
我輩はまた問掛ける。




「・・もしも・・・

・・もしも私が余計なこと言わなかったら・・・。

・・どうなってたのかな・・・?」




今更過去の分岐を探ってどうなると言うのだろうか。

思いつつも我輩はヤコの愚かな問いに答えてやる。



「貴様が言わずにいた所で

あの硬貨や液体の事を誰かに漏らせば店主は捜査を受けていたやもしれん。

そうなればどちらにしろ死刑は確実だったろうな。」


我輩の言葉にヤコは大きく息を吸って。

目を瞑り、またゆっくりと吐いていった。


「優しいおじさんだったのに・・・」

「・・どこがだ。」


どこまでも単純なその思考には
もはや鼻を鳴らす気にもなれない。


「あの男は貴様の頭を握り潰そうとしたのだぞ。

中身が空だと割れやすいのだ。
あれは危ない所だった。」


その気遣いに何故か繋いだ指は爪を立ててきて

我輩はヤコの手を更に強く握り返してやった。


「いたたたた!!」


「貴様に不平を垂れる権利はないぞ。」


上を向いて溜め息をつくヤコを
我輩は首筋から離した顔で目を細めて見下ろしてやる。

ミジンコは一瞬ひるんだように肩をすくめて
頬を染めると目を反らした。


「まさか・・・三人も殺しちゃってたなんて・・・。
でも復讐だったんでしょ・・・?
・・なんか・・・可哀想だよね・・・。」



「・・馬鹿め。」



憐れみをかけるヤコに我輩は呆れて首を振った。
絡まった手を離しトロイの方へと向かう。


「何を勘違いしているのか知らんが。
美大で起きた連続殺人は店主の手によるものではないぞ」

「・・え?」

「店主を利用した奴がいたのだ。」

我輩はイスに座り足と指を組んだ。

ヤコはこちらを向いたままで固まっている。

「えっ!?えぇっ!?じゃあ冤罪だったってこと!?」


そしてまた大袈裟に喚き立てると
濡れた頬を拭って我輩の横に近付いて来た。

「何者かが店主の娘の死後に
晶絵は殺されたと言う噂を大学内に流していたのだ。

そしてその噂に含まれた人間は相継いで死亡している。
油絵が大量に置かれたアトリエでな。」


我輩は蘇る記憶に眉をしかめると
深く嘆息してイスに背を沈めた。


「つまらないトリックだった。

ただ密閉した部屋で有毒なガスを発生させるだけと言う至極単純なものだ。

なにも言わなければ
無能な警察は絵の具から出るガスと混同して
ただの事故で終らせていた筈だったのだ。

殺すのが一人で済んでいたらの話だがな。」

「・・・どういう事・・?」

「真犯人はあと二人殺したかったらしい。

だから噂を流す事にしたのだ。

同じ学校の人間が何人も同じ方法で死ねば
さすがに殺人がバレると思ったのだろう。
だから他の人間に捜査の矛先が向くように噂を流したのだ。

娘を原因不明のまま亡くした店主が復讐したのだと思わせる為に。

貴様が被った液体と硬貨は
美大生の殺人に使われた毒ガスのなれの果てだったのだ。

まぁ既に無害化されていたがな。」


「・・じゃあ私が見つけた十円玉は
真犯人がおじさんに罪をきせる為にお店に置いていった物だったって事?」

「そうだ。

それを見て店主は真犯人の思惑に気がついたようだな。」


「・・・だから逮捕されちゃうかもしれないと思って
私の首をしめたんだ・・・。」



(違う。)

ヤコの言葉に我輩は眉を寄せた。

(まだ気付かんのか。ヤコよ。)


「あれ?じゃあどうして・・・?」




「―――どうしてネウロは怒ったの?

それなら真犯人の謎を食べれば良かったんじゃないの?」


我輩の口角が上がる。





ガシッ
グイッッ

「へ?・・・わぁっっ!!」

ダンッ!!

間抜けに首など傾げているヤコの手を掴んで
我輩はその体をトロイの天板に叩きつけ繋ぎ留めてやる。


「話をよく聞けこのミジンコ。

我輩は連続殺人は、店主の手によるものではないと言ったのだ。」


「はい???」


「店主はもっとたくさんの人間を殺しているぞ。」


「はぁ!?」


「未遂も合わせれば
街単位の人数になるな。」


「・・・ちょっと・・・

言ってる意味・・・解んないんだけど・・・。」


「我輩が貴様から得たものは
つまらん連続殺人の手掛りなどではない。

あの時、我輩は化学と言う情報の存在に感嘆したのだ。
それこそがあの謎を解く鍵だったのだからな。」


硬貨の錆が消えるとはどういう事なのか

あの時はそんな事すらも知らなかったが為に
我輩は大きな獲物を取り逃がしてしまった。


「そして我輩は情報の不足を補い

謎は繋がった。」


下に敷くヤコの瞳はもう虚無ではない。

では解けるだろうか。
我輩が未だ理解出来ぬ最後の謎が。


「さっき貴様は店主の事を優しいと言っていたな。

それはある意味では正解なのだ。」

ミジンコはまだ解らないと言う顔をしている。


「店主は優しさで我輩を受け入れ

優しさで貴様を手当てし

優しさで自らの親と妻とを殺し

そして優しさで可愛い娘をも殺した。」


我輩を映すヤコの瞳が大きく見開かれ
細い体が少しだけこわばって。


「ついでに真犯人を殺したのも店主だ。

我輩はそれすらも喰い逃がした。

それは自殺として処理されている筈だ。」


震える唇は我輩に問掛けてくる。


「親も・・・奥さんもって・・・
・・・優しさで殺すってどうゆう事・・・?」


「我輩が調べた限りでは店主は幼少時代に一度母親に毒を盛って死なせている。

不治の病で既に人の形をも崩していたようだ。」


「妻も十五年程前にガンを患っていた。

娘の事はよく解らん。
店主が遺影に向かってブツブツと慰めているのは聞いた事があるがな。」


「・・・慰める・・・?」

何かをいぶかしむような瞳でヤコは呟いて。
しかし我輩は構わずに続ける。


「店主は人の苦しむ顔が見たくなかったらしい。

就職した職場で安楽死の薬を隠れて開発していた事も
化学の知識を得てから我輩は知った。

店主はどうやら哀れんでいたようだ。」


「哀れむって・・・誰を・・・?」



「店主が不憫だと思う者全てだ。」




ヤコは珍しく真面目な顔をした。


「その全てを殺す事で苦しみから解放してやろうと思っていたらしい。

確かに死んでしまえば苦しみからは解放される。
解放はされるが。
そこで全ては終るのだ。
もう喜びを得る事もない。」


「貴様の言う通りだヤコ。
店主はとても優しかった。





―――自分にだけはな。」


ヤコの顔は
怒りを帯ているようにも見えた。


「しかし・・・
何故かは解らんが娘を殺した辺りから店主の精神は更に歪んだらしい。

毎日色々な場所で巻きおこる事件に
店主は胸を痛めたのだ」

「だから。街の全ての人間を殺そうとした。」


痛みを恐れ、防衛は攻撃になった。
その歪みに我輩は引き寄せられたのだ。


ヤコは耳を塞ぐ。

聞こえるのだろうか
店主の捻れた心が。


「・・・間違ってる・・・。
そんなの間違ってるよ・・・。」


我輩はヤコの腕を耳から引き剥がした。


「だが解らんのだ。
なぜそこまで痛みに怯えた人間が
自らの命を絶つ事ができたのか。

我輩にはまったく理解できん。

何故なのだヤコ。」


あからさまに解らないと言う顔をするヤコの頬に
我輩は鳥の爪を立てて聞き正す。


「イタタタタタ!!
・・・なんでって・・・そんな事言われても・・。

・・・なんでだろうね・・・」


やはりヤコにもこの謎は解けぬのか。


「・・・でも・・・。
なんでさ・・娘さんまで殺しちゃったんだろう・・・。

お母さんや奥さんは病気で苦しんでたからだとしても・・・

娘さんはそうじゃなかったんでしょ・・・?」


確かに娘の部屋を調べた時には
特にそのような気配は見られなかった。

机には娘が運動をしている写真も飾られていた所から
体が弱いという訳でもなかっただろうが。


「ねぇネウロ。
おじさんは娘さんの遺影になんて言ってたの?」


言われて
改めて思い起こして見ると。
娘の遺影を手に取り店主が呟いていたのはなんの事もないただの懺悔だった。


「泣くなだの我儘を聞く余裕がないなどと取りとめも無い事ばかり言っていたように思うが・・・。

それが一体なんだと言うのだ・・・?」


「わがまま・・・?」




しかしヤコはその言葉から無い脳を巡らせて


「・・・もしかして・・・」



何かを見付けたらしい。




「ヤコ。何かに気付いたのなら我輩に解るように説明しろ。」



我輩の言葉を無視するように
ヤコは自らの顔を掌で覆ってしまった。

その隙間からは
再び水が流れ出していた。



「ヤコ。」


苛立つ声。



魔人の我輩もそんなに深くまでは人間の思考を読み取れない。


「ヤコ。説明しろ。」


この生き物は何をそんなに泣く事があるのだろうか。



「・・・多分・・・」


くぐもった声が聞こえた。


「・・・解ってたんだよ・・・。

・・おじさんは私の首を絞めた時・・・
きっとそれに向きあっちゃったんだ・・。」


ヤコの言葉は主旨を省いている。



「・・・解らんぞ。ヤコ。」


ヤコは涙でグシャグシャになった顔から手を外し
天板の上にゆっくり起き上がると


我輩の胸に頭を埋めてきた。




「・・・おじさんはきっと
自分のありかに気付いちゃったんだ・・・」




我輩は訳が解らない。


「いいから。言ってみろ。」







そして

ヤコはポツポツと我輩に語り始めた。















何処で間違ったのか。




薄暗い店の中で
手に握るのは少女の頭だった。

ミシミシと。
軋む音が聞こえる。


少女は泣いてはいない。
ただ。その体はガクガクと震えている。


何がいけなかったのか。
何処から壊れてしまったのか。



少女に重なる面影。
思い出す情景は悪夢。


「・・・なぜ泣くんだ・・・晶絵・・」






―――飼っていた猫が死にかけていた。


晶絵があまりに辛そうだったから。

私は薬を飲ませてやっただけなのに。


冷たくなって行く猫の前で。

晶絵は白い顔をして言ったのだ。




「―――母さんを殺したのは父さんだったのね―――」


私の心がえぐれる音がした。


「父さんは仕事ばかりしてたから知らないかもしれないけど・・・。

母さんは1日でも多く生きたいって言ってたのよ。」



聞いた事がなかった。私は痛みに耐える妻しか知らなかったから。

「私達が母さんの病気を治してあげられないのはしょうがない事かもしれないけど・・

最後のワガママ位
聞いてあげる事はできなかったの!?」


晶絵の瞳からは

怒りと。
それから涙と。

私に対する憎しみがボロボロとこぼれ落ちて。


「ねぇ。答えてよ父さん・・・!

それはそんなに難しい事だったの!?


この先も生きて行く人間がどうしてそんな勝手に人の命を終りになんかできるのよぉ!!?」


取り乱す晶絵を納めようとしても

晶絵はどんどん離れて行って。


(この先も生きて行くからこそ

この痛みは連れて行けないんじゃないか)


思う言葉は繋げない。


「泣かないでくれ晶絵。

母さんは・・・苦しんでいたんだ・・・」


私は知っていたから。

その内にあいつも人の形を無くしてしまうのだと。


「そうよ!父さんの言う通りよ!!
母さんは苦しんだわ!!!それが何でだか解る!?


生きてたからよ!!!」


動かなくなった妻はもう苦しんではいなかった。

でも。

笑っても。思ってもくれなかった。








何がいけなかったのか

何処で間違ってしまったのか






太陽が昇る頃。



晶絵の死体を見つけた。




手に持っていたのは。


わたしの作った薬だった。





晶絵は痛みから解放されたのだ。


死体から薬は検出されなかった。

そのように作ったのだから当たり前の事だけども。



私は何の責も問われなかった。


ただ口々にお気の毒ですと言われた。








―――しかし。




何故か。






私の中で何かが潰れる音がした。










きょうも新聞には死亡記事が並んでいた。




痛痛しい殺人事件に
痛ましい不慮の事故。


世の中は絶望にあふれていた。


世の中は絶望であふれている。



あぁ世の中は絶望ばかりだな。





可哀想なのだな。





あぁ可哀想だ。







じゃあ終わらせてあげようか。



私が殺してあげようか。





―――指をねじり込む少女の瞳には光が射していた。




世の中は絶望であふれている。




世の中は絶望にあふれている?





光る瞳。


映る色彩。





あぁ





違ったな晶絵。






知らぬ間に
私の目からは涙があふれ出していて。



「泣かないでくれ・・・晶絵・・・」




―――泣いていたのは私自身だ。



絶望していたのは私自身か。



(あぁそうか。


全ての人間が悲しい訳ではないのだ。


悲しいのは






――――私だったのだ)









過ちに。







潰される音がした。
















「・・・はい。笹塚です。


・・え?弥子ちゃん?
どうしたの?」




県外の無縁仏に
おじさんは葬られたのだと言う。


「なにをわざわざこんな所まで来る必要があるのだ。」


ぶーたれるネウロはほっといて
私はお墓に手を合わせた。


備えたお花が春の風に揺れる。


「別について来なくても良いって言ったじゃん。
・・ってなにアンタ墓の上座ってんだこの罰当たりぃぃ!!」!


振り返ればいつもの非常識な光景が目に入る。


「貴様はまだ何も解っていないのか。」


シブシブ墓を降りるネウロは不満顔で私を睨んでいる。


「貴様の目は節穴だ。
その目は殆んど飾りにしかなっていない。」


「いきなり罵倒かよ。」

神聖なお墓の中で漫才をやりたくないので
私はサクサクと帰り仕度を始める。


「だが我輩には解らぬ事もあるのだ。」


「・・・・・え・・?」


「貴様のその耳は時に情報から人の心とやらに潜り込む。

それは我輩にはできん事だ。」


・・・ひょっとして・・・
私褒められてるのかな・・・?


「そろそろ自分の役割を自覚しろ。

貴様は余計なものを見る必要はないのだ。」

どこからか散って来た花びらがネウロを彩って。



「貴様は我輩を謎へと導く義務がある。


これは。罰なのだヤコ。」


その姿があんまりにもキレイで


「・・・罰・・・か・・」


その罰は
なんて美しい罰なんだろう。



そう思ったら

ネウロの言葉の意味がこう聞こえた。

『貴様の目は使えない。
だが耳は必要だ』



じゃあ私の目には

ネウロがなってくれるのかなぁ・・・。







いつの間に。

こんなにも

ネウロの事が好きになっていた。





「?何をボサッとしているのだ。

サッサと帰るぞ。
謎が待っている。」


そういってネウロが私の腕をつかんだから




私は嬉しくなって名一杯

微笑んでしまった。


「うん!」



咲いて行く花と
咲いて行く想い。




「私気付いたんだネウロ。」

「何?」

「捕われてたのは。

ネウロだけじゃなかったんだねぇ」







ずっとずっと

遠い昔から。



私はネウロのものだった。







そう。初めて出会ったあの時から。






きっと二人は



二人で一つだったのかもしれないって――

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あきゅろす。
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