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●§探偵事務所§●
鳥の刻印5

―――ばかな。





目の前の光景に知らず首を振って。

我輩は言葉なく立ち尽す。




考えた事などなかったのだ。


・・・・。



空を渡りながら

突如体に襲いかかる未知のざわめきに翻弄され
思わず墜落しそうになって。



・・気のせいだと思おうとしていた・・。



だが・・・。



魔界なら有り得ない筈の結末で

謎は霧散した―――



消えたのだ。一瞬にして。


遺影の前に倒れ伏し。

ピクリとも動かない店主の死骸によって。





こんな屈辱を我輩は知らない。


魔界では知能を持つ者がそう簡単に死ぬ事などはなかった。


あまりの事に途方に暮れて

死体が温度を失って行くのを眺めながら。


――気付けば朝を迎えていた。



軒先の止まり木の上で
何故こうなったのかを考えてみる。

考えた所で
この謎はもう戻る事などないのだが。
考えずにはいられなかった。


「ネウロ。」


朝靄の中から我輩を呼ぶ声が聞こえて。

目を上げればそこにはヤコがいた。


・・懲りん奴だ・・・。
殺されかけて尚ここを訪れるとは・・・。


想う脳にふと昨日の光景が蘇ってくる。



そう。


――そうだ。


きっかけはここにあったのだ。



ヤコは何もなかったように笑い掛けてきて。


「・・貴様だったか・・・ヤコよ・・・」


我輩の言葉には憎悪が満ちて行く。


「貴様が喰ったのか・・・我輩の謎を・・・」


首を傾げるヤコに
羽根を逆立てて怒りの意を示し、唸りを上げて威嚇して。


――我輩の手から食事を奪い。
喰らったのはコイツではなかったか・・?


「・・・ナゾを食う・・・?」

その魔抜けな顔で。


あの時

あのヤコの言葉さえなければ。
店主が死ぬ事などなかったのではないか・・?


「生ゴミだけでは飽き足らず・・・

貴様は我輩の食事まで奪うと言うのか。」

「?

ヤコはなにも取ってないよ?」


何も知らない瞳。

あぁ。全てはこの虚無に喰われたのだ。

我輩が油断したばかりに


「ネウロ。ナゾって――

「・・・知らずとも良い。」


言葉を遮り拒絶してやる。




我慢ならんぞヤコ。

我輩は我慢ならんのだ。



「貴様は今。


ここで我輩が殺してやる。」


虫風情の貴様が大それたことをしたと
せいぜい地獄で詫びるが良い。




言うが早く我輩はカギヅメを鋭い刃に変え

ヤコの急所目がけて一気に降下して。






「!!」







ふいに小娘から立ち上る僅かな気配に

我輩の全身の筋肉は瞬時に萎縮して

我輩は訳が解らぬまま広げられたヤコの腕の中へと転げ落ちてしまった。


「どーしたのネウロ!?だいじょうぶ!?」


「・・・・・・・・?」


―――大丈夫ではない。


我輩を抱える少女を見上げれば
よぎった予感は確信へと変わる。





―――ヤコからは

新たな謎の気配がしていた。






「ネウロ?どっかケガでもしてるの?」

ヤコは我輩の羽をやわやわと撫でつけてくる。


気配はまだごく薄いものではあったが


心地良い・・・

確かな謎の気配だった。

我輩の体からは憎悪が砂のように滑り落ちて消えて行く。



・・・・・・。


我輩は間違っていた。


殺しては意味がなかったのだ。



我輩の望む複雑な謎は人が産み出すもので

常に人によって作られ
人によって熟成していくものであったのだから。



育つ温床をなくしては意味がないのだ。


我輩が求めた謎は消え失せても
謎はまたどこからか湧いてくる。


この虫からも

殺され行く者達からも



・・・気付いてしまった。

我輩の中にはいつのまにか謎を失う事に

恐れにも似た執着が芽生えていた事に。


そして信じがたい事に。

それを我輩に植え付けたのは他ならぬこの虫なのだと言う事に。

このナメクジが。


・・・いや。このワラジムシが・・・。


魔人の我輩に畏れを植え付けるなどと・・・。



「ネウロ・・・?」


ヤコはただ心配そうに我輩を覗きこんで

その長い髪は我輩の羽に煩わしく絡みついてくる。


見上げればそれは太陽を受けて金糸のように煌めいて

我輩を見つめる大きな眼〈マナコ〉は
傷一つない宝玉のように輝いたから




その美しさに腹が立った。


我輩は口を開ける―――



「イビルキャンセラー。」



ジュバァァァアアッ!

魔界777ツ道具、魔界消毒液。

吐き上げるそれを雨のように我々の全身に降らせて外界から姿を隠す。

そしてオウムの羽を魔人の腕へと変えると驚愕するヤコの顔に回し込み
抱えるように捕えた。

幼女から見れば巨大ともとれるその本来の姿へと変形して

頬を捕われたまま目をみはるヤコに我輩は低い声で言葉を落とす。


「貴様は我輩から大きな物を奪ったのだ」


欲しいのはその輝く宝石か。
その美しい糸か。


「ならば貴様も我輩に対して何かを差し出すのが礼儀と言うものだろう。」


宝石はいずれ腐り落ちる。

我輩はヤコの腕と頭をわし掴みにして細い首を横に折り曲げ。

「この金色の永遠を頂こうか。」


言って鋭がる歯を見せつけてヨダレを垂らし


「―――いただきます―――」



嘴を剥くと震えるヤコ髪に
肩口から一気に喰らいついて


「――――――ッッ!!!」


そのまま力任せに引き千切った


ブヂブヂブヂブヂッッ












人通りのない朝の道を。
車だけが時折走り過ぎて行った。


店の軒先に人形のようにもたれる小さなヤコの姿は

キャンセラーの効果を失い次第に現<ウツツ>へと浮かび上がる。


「―――あぁっ!!」

店の前を通る人影がヤコの姿を捕えて

携帯電話をいじり
急ぎ通報して人を呼びに行く。

気を失ったヤコはそのまま動かない。



地面には。
金の絨毯が広がっていた。



―――金色の永遠が美しく伸びる事は

もう二度とない―――










「覚えてないのかい?」


ヤコは小さく頷く。


「何も?」


また。頷く。



病院に運ばれ、髪以外は異常が見付からなかったヤコは
警視庁で事情聴取を受けていた。

「すいません・・・。この子・・・。
事件のショックで一部だけ記憶が抜けてるみたいなんです・・・。」

言った母親に
中年の刑事は無理もありませんと呟いてヤコに向き直った。


「あのお店のおじいちゃんの事は覚えてるかな。」


ヤコと共に発見された店主の死体は
司法解剖により原因不明の自然死ではないかと判定されたが

店を調べた刑事らは床に散らばる硬貨や液体を見つけると
捜査を殺人事件へと切り替えた。

美術大学で起きた連続殺人事件の容疑者として
被疑者死亡のまま店主を書類送検したのだ。

ロビーでヤコ達を見送る中年刑事に新人と思われる若い刑事が声を掛ける。


「やっぱり美大で殺害されたのは
店の主人の娘と同じサークルにいた三人でした。

その三人が実験と称して娘、晶絵に
毒性のある絵の具を飲ませて死亡させたと言う噂が学内にはかなり広まっています。

実際晶絵の死亡は自殺と言う事で処理されていますが
特に体から毒物は検出されてなかったようですね。

・・・それと。」


新人刑事は持って来たファイルから書類の束を取り出すと。


「床に広がった液体。エステルでした。
くすみの取れた十円玉が転がってた事から
あれで美大生達のアトリエに
有毒ガスのホルムアルデヒドを生成したとみてまず間違いはないでしょう。

窓からも電流で脱着可能な
電離性接着剤の痕跡が見つかりました。

密閉された部屋で高濃度のホルムアルデヒドを吸引して
呼吸困難を起こしたための窒息死で
鑑識の方でも結果はまとまったみたいですよ。」


「そうか。」


新人刑事の言葉を
中年刑事はどこか上の空で聞きながす。


「・・・それにしても油絵が乾くまで一週間もホルムアルデヒドが発散されてるなんて俺初めて知りましたよ。

だから検証の時も引っ掛からなかったんですねぇ・・。

あの店の主人、元は化学開発系の会社にいたらしいです。

液体が有害になったり無害になったりとか俺には訳わかんねぇッスよ・・・」

ブツブツ言う新人の言葉を聞きながして
中年刑事はヤコの背中を見ていたが
やがてそれも見えなくなると
二人はロビーを後にした。

「・・・まったくあの大学は殺人やら自殺やらって物騒な話が多くて参りますね。

せっかくの青春が復讐劇に染まるなんて・・・」


そのまま二人はエレベーターに乗り込んで。

「そうだね・・・悲しい事件だよ・・・

しかし・・・残念だな。」

ポーン

エレベーターが目的地への到着を告げる。


「桂木弥子ちゃんか・・・

あんな事があっても泣かないなんて・・・。」

「可哀想でしたね。」

開く扉から進み出る新人を見送って。


「あれ?」

並んでいたはずの中年刑事の姿がそこにはない。


振り向けば。


扉は既に閉ざされて。再び下へと向かっていた。


「竹田刑事?

あれ・・?・・・どうしたんだろ・・・」





我輩はフライデーの映像を断ち切った。





―――馬鹿め・・・。


我輩が求めたのはそんな詰まらない謎ではないのだ。






目を閉じて

あたりの気配を探る。

いくつかの謎の気配。



我輩は想いをはせていた。

あの深く歪んだ謎の匂いに。





―――また探せば見つかるだろうか。





更に深遠で

更に複雑で

更に美味な究極と呼べる謎が。


この世界のどこかで。



「我輩だけで喰えれば良いが・・・。」




迷いが出るのは

あの虫のせいだ。





ならばいっそあの娘に責任を取らせるか。


「・・・ヤコ」



人が有る限りとめどなく湧いてくる
今よりももっと濃厚な謎を
次は確実に掴み取れるように。

あの虫に二度と邪魔はさせぬように
手元に置いて監視しようか。




「ヤコよ。

我輩は貴様を一生の奴隷にしてやろうか。」



我輩が魔界の謎を喰い尽す頃には

貴様の謎も食べ頃だろう。



その謎を我輩が喰らって

ついでに貴様の人生も喰らってしまってはどうか。





「これは罰なのだ。ヤコ。」










そして我輩は。





謎が植わる街を後にした。

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