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●§探偵事務所§●
鳥の刻印4
赤茶けた面が

外から射し込む陽射しを拾い
ギラリと光る。



――ヤコは輝いていた。


・・・いや。正確には
ヤコに降った物が輝いたのだが。


「???」


薄暗い店の中。
一番奥まった大きな棚の下で

ナメクジは未だ自らが起こした事態を把握できずに仰向けに寝転んだまま
ただ茫然と天井を仰いでいる。


・・・ハァ。
思わず洩れる嘆息。

我輩はその無様な醜態には構わず
止まり木から飛び降りて店の床へと降り立った。

雑多な商品の隙間を縫ってヤコの元へと足を進める。


「いたい〜・・」

ヤコはようやく苦痛にうめいて肩をすくめて

打ち付けた背中の痛みに悶えているようだ。


棚の上を探ろうとしたこのナメクジは
その棚自体に這上がろうとして当たり前の事だがバランスを崩して落下した。

その際にかけられた体重で棚は僅かに揺れ

上に積まれた荷物が一気に崩落したのは言うまでもない事だろう。

棚自体を掴めば倒れる事など
考えなくても解るはずなのだが

残念ながらこの食い意地の張った小娘の頭には
より多くの生ゴミが取り入れられるように空洞が空けられているらしい


ヤコの左側にはミルク缶程の大きさの瓶が割れて転がっていたが
破片はあまり散らなかったようで
見たところヤコに怪我らしい怪我はない。

他の落下物もやわらかくて軽いものばかりで
運が良かったと言うより他になかった。

当のヤコは目を閉じて衝撃からきた痺れを見送っている。


食えるものを探せとは言ったものの
ヤコが見付けたのは我輩がすでに認知している美大で起きた連続殺人事件の山のような新聞記事と
美大生である店主の娘の遺影。
そして汚れた白衣の3つだけであった。



――ふいに
我輩は広がる芳香に進む足を止める。


「・・・何だこの匂いは・・・。」


辺りにはつい先ほどまでは存在しなかった甘い香りが漂っていた。

貴様かと聞けばヤコは転がったままで大袈裟に首を振る。


「ちがうよぉ。

・・でもイイにおいがするねぇ・・・
バナナ・・・かな・・・?
・・・くだもの・・・みたいな・・・っっ!!」


言いかけた所でヤコは突然跳ねるように上体を起こして。

「床っ濡れてるっ
・・・つめたいっっ!!」


恐らくは傍らで割れている瓶から溢れたものであろう液体が
いつの間にかヤコと床とを大きく濡らして
辺り一面を浸蝕していた。

我輩は再び床に落ちた光る物体に目を戻すと
カギヅメの足で掴んでその両面を観察する。

円状の平べったいソレは。
いくつも散らばって眩い輝きを放っている。

特徴から察するに
原料はこの店にも置いてある「銅」と呼ばれる鉱物ではないかと思われた。

全ての物に同じ数字が刻まれている所から
これは物品の取引に使用される「硬貨」と見てまず間違いはないだろう。


「・・・これか・・・。」


思わず我輩の口からは笑いがこぼれ出す。

その輝きからは今までにない謎の気配が沸々と湧いていた。


「でかしたぞヤコ。
貴様はずっと食い意地だけの無能な害虫だと思っていたが

餓鬼にしては中々使えるしもべであったようだな。」


以前からこの店では謎の気配を感じていたものの
この雑多な商品やガラクタの山に埋もれてどれが謎に関わる一番重要なものであるかが特定出来ずにいたのだ。

退屈凌ぎの余興のつもりが
思わぬ収穫をもたらした事に我輩は
少しだけ人間自身の価値を見直し始める。


しかし我輩には一つだけ解らない事があった。

この硬貨はまだ我輩が見たことのない色をしているのだ。


・・・暫し考えて。
我輩はナメクジに聞いてみる事にした。


「ヤコ。これはなんだ?」

硬貨を踏みつけて問掛けると

「なにって・・・。十円玉だよ。
キレイでしょ。」

なんのこともなく言うヤコに
我輩は更に解せなくなる。

我輩の知る十円玉というのは
もっと黒ずんだ色をしていたように思うのだが。

しかしヤコはこれを十円玉と呼んでいる。


「・・・ヤコよ。

この硬貨の色は何かおかしくないか・・・?」

ヤコは首を傾げて目を丸め
我輩をキョトンと見つめると


「できたばっかの十円は
みんなこんな色なんだってお母さんが言ってたよ。

ヤコもおうちで集めてるんだぁ。」


そしてまた砕けた表情で笑うと
ヤコは辺りに散らばる硬貨を掻き集め始めた。
「・・・時間が経つと硬貨の色が変わるものなのか・・・。」


どうやらこの謎を喰う為には
まだ情報が必要なようだった。


「・・・あれ?」

ふと
ヤコが首を傾げる。

「・・・これって・・・」


いぶかしむ声に


――なんだ。

問おうとして我輩は翼を開き
急ぎ棚の上へと飛び移った。



「何をしてるんだい」

ヤコが呟いた瞬間。
店の扉に店主の姿を見止めたのだ。


「あ・・・っ!」


突如掛けられた声に
ヤコは店主の顔を見つめると固まってしまう。

「・・・何をしてるんだ・・?」


逆光に陰る店主の目が
見開かれているのが薄闇の中からでも解って。

我輩が棚の上で足をガツガツと鳴らすと
ヤコは肩を跳ね上げて我輩を振り向いた。

その心意を汲み取ったのか暗黙の指示に従って口を開く。


「ごめんなさい・・・
ネウロが棚の上にあがっちゃって・・・

捕まえようとしたんだけど・・なんかいっぱい落ちてきちゃって・・。」


ヤコは肩をすぼめて縮こまると
店主の顔色を上目で窺った。


「・・・鍵をかけて出た筈なんだけど・・・
・・・一体どこから入ったのかな・・・?」

店主は人形のように生気がない顔で
未だ見開いた視線をヤコから外さない。


「・・・カギ・・・
・・・あいてました・・・」


ヤコの嘘に店主は沈黙する。

そして何事かを考えると

――話題を変えた。



「・・・君がその鳥に名前をつけたのかい・・?」


いつもの空気にヤコの緊張が若干緩むのを認めると
店主はヤコの方へと近付いて行く。

「・・・えっとネウロが――・・・」



ガツガツガツッ!

馬鹿正直に真実を告げようとするヤコに
我輩が否定の意思を伝えて。


「・・・はい。・・・
そぉです・・・。」


そう言ってまたうつ向くヤコの体が
店主の影に捕われた。

再び緊張の空気が流れる。


「ごめんなさい・・」

涙目で振り仰いでくるヤコを見下ろすと
店主はチラリと床に目を投げた。


「・・・怪我はなかったかい?」

そしてそのままヤコの横を通り抜けると
店主はホウキとチリトリを持ってヤコの側に戻って来た。

屈み込んで床に散ったガラス片を掃き取って行く。


「ないです」


液体で濡れたヤコの体は
惨めに震えている。


店主はその姿を見て静かに微笑むと
ヤコの頭に手を乗せて優しく撫でてやった。


「そのままじゃ帰れないだろうから。
お風呂を貸してあげようか。

・・・一人で入ってこれるね?」


ヤコが頷くのを確認すると

「今タオルを持って来るから」

そう言って茶の間に上がって行こうとした。

その背中に。




「ヤコもピカピカの十円玉がすきなの」


ヤコが声をかける。


「だからヤコもよく
昔の十円玉にタバスコかけたりしてピカピカにしてるんだけど」


その言葉に。

我輩は目を細めた。


――ナメクジの癖に中々興味深い事を言っている。


「おじさんは何に浸けたの?」



――恐らくは。
ヤコなりに共通の話題で悪戯に対する怒りを沈めてもらおうとしたのだろうが。


・・・しかしそれは。


まったくの逆効果だったようだ―――


 ―――――――――――――――


一瞬だった。



店主が大股でヤコに舞い戻り


ヤコの顔を両手で掴みこんでメリメリと軋ませたのは。


「―――っっっッ!!」


こめかみにめり込む店主の指に
ヤコは声にならない悲鳴を上げる。







―――迷っている。




我輩の口は期待に笑った。




店主は迷っている。





殺すかではなく。






殺し方に。




ガクガクと震えるヤコの手足。

店主の顔は虚ろを張り付けている。




ああこの臭い。この臭いだ。

我輩を引き寄せた。
愚かで醜悪な謎の臭い。



―――喰いたい。

早く喰いたいと言うのに

謎を調理する道具が足りない―――




ヤコの頬を涙が伝う。

驚愕に見開かれる眼〈マナコ〉は傷を映し込んで。



落ちたのはヤコの涙ではない。





パタパタッ パタッ


とめどなく降る涙。


ヤコは目も閉じずにジッと見つめている。


自分を痛め付ける腕の主が

ボロボロと溢し続けるその涙を。



我輩は笑って傍観していた。


――店主は間も無く手を離すだろうから




ブルブルと震える店主の腕が離れるのに

そう時間はかからなかった。




ただただ立ちすくむヤコの前で。

店主の膝が折れる。




「・・・おじさん・・・?」



うなだれる店主は今にも溶けて行きそうで。




パタッパタタッ

床を打つ涙は止まらない。




「おじさ・・・

「帰りなさい。」



言葉を切って出てくる小さなうめき。


「・・・・・・」





ガツガツガツ

一向に動かないヤコに我輩が足を鳴らす。



―――帰れ。



緑の瞳で睨みつける。

「・・・・・・」


ヤコは店主に目を向けて


しばらくして漸く踵を返した。


ヤコは扉に向かう間何度何度も振り返って店主を確認していた。

そして名残惜しそうに

「また。きます。」


言って店を出ていった。









誰もいなくなった店で我輩は笑う。


クツクツクツクツクツ


もう一人の我輩も
黒い黄昏の中で笑っていた。


クツクツクツクツクツ。


ようやく

期は熟したのだ。





「さぁ行こう。料理の始まりだ。」





我輩は最後の材料を探すため
まだ明るい街へと羽根を広げた―――

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あきゅろす。
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