バニラシロップを一滴だけ
温かい幸せをひとさじの砂糖と溶かして
キーンコーンカーンコーン
憂鬱な一日の始まりだ
お決まりのように画鋲が入っている上履き
画鋲を取り出してゴミ箱に放り投げる
コン
ナイッシューぼく
教室までの廊下で何度か転んだ
ぼくは相変わらずドジばかりしてしまう
溜息
教室のドアを開けると、頭上から黒板消しが落ちてきた
…わあ
上半身真っ白
学ランをはたいて取り敢えず自分の席に着………が無かった
今日は屋上に行こうと思った
***
屋上でぼんやりと空を眺めていたら、不意に背後に気配がした
誰だろう
今はホームルームのはずだけど
「おいこらそこの一生徒」
「…なんですか零崎先生」
「ホームルームはどうした」
「さぼりですよ」
「っとわけわかんねーな、お前。さぼりが先公に見つかってんだからもーちっと慌てたりしろよ」
「先公なんて今時誰も使いませんけど」
「話を逸らすな」
「逸らしたつもりは無いんですけどね…」
「教室、入り辛いんなら一時間目からでも入れよ」
「そうします」
「応よ」
「…零崎先生は辛いことがあったらどうしますか?」
「俺だったら?んー、信頼できて格好いい刺青してる先生に話すな。なんかあったのか?」
「まさか。杞憂ですよ、零崎先生」
「ふーん、ま、なんかあったら言えよ。俺が力になってやんよ」
先生は満面の笑顔でぼくにそう言った
***
結局その日は一日中屋上でふけていた
日も暮れて、部活動に勤しんでいた生徒ももう下校したようだ
「そろそろ…かな」
重たい足を引きずりながら下駄箱へ向かう
と、急に視界が歪んだ
「……え?」
後からぐわんぐわんと頭に振動が伝わってきて、ああ殴られたのか、と冷静に考えていると、
続けてどさっと音
廊下に倒れ込んだ
受け身をとった方の右肩が痛い
続けて腹に何度も重たい先端がめり込んだ
「かっ…は」
ああもうそろそろ駄目かな
なんて考えていたら、落ちる寸前に視界の端に零崎先生が見えた気がした
そのことに安堵して、ぼくは意識を手放した
***
「…おい、大丈夫か」
「……ん?ここはどこですか」
「俺んち」
「何で……っつつ」
起き上がろうとしたら、体中に痛みが走った
「まだ寝てろ。ていうかお前さあ…今回だけじゃねえんだろ?」
「ばれちゃいましたか」
「阿呆!俺に相談しろっつっただろうが!体中痛んでるし、何で今まで痛そうな素振り見せずにいられたのかが不思議なくらいだぞ。鏡見たことあんのか」
「一気にそうまくしたてないでくださいよ」
「…心配しただろーが」
「ごめんなさい」
「俺が見つけ無かったらどうなってたんだとか、このまま目ぇ開け無かったらどうしようとか」
「ごめんなさい。…せんせ、その傷」
「大したことねえ。お前はもっと自分の心配をしろ」
「…はい」
なんだかとても気分が良い
怒られているのに不謹慎だろうか
思わず笑みがこぼれた
「…えへへ、零崎先生、ありがとう」
「…何笑ってんだよ」
「ありがとう、零崎先生」
「…ったく」
先生は、ぼくの頭を不器用にわしわしと撫でてくれた
あったかくて
大きくて
優しい
零崎先生の手のひら
温かい幸せをひとさじの砂糖と溶かして
今はまだ、この温かさを感じていたい
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