1 二年ぶりに教団に戻ってきて、ああ、あの日から変わらないな、と思った。どことなく牢獄のように感じられた教団は、若き室長が来たあの日から温かいホームとなって今も、変わらないままだ。 ジジ・ルゥジュンはそんなことを思いながら廊下を歩いていた。違う場所へ移ってしまったが黒の教団本部の雰囲気を懐かしい、と思えるようになったのが、まだ少し、不思議に思える。早くても五日はかかる仕事を言い渡された彼はそれをたったの三日で終わらせ、少しだけと誰に言うでもなく勝手に休憩をとり、ふらりと修練場へ足を運んだ。 「おー、頑張ってるじゃねぇか若者よ」 「ジジ!」 そこではエクソシストたちが組み手をしていた。振り向いたアレンの頬は赤く腫れ、他にもたくさんの傷がある。 「随分と派手にやってんだな」 「いやぁ、まぁ…」 はは、と苦笑するアレンはラビに呼ばれて行ってしまう。入れ違いに戻ってきた神田も傷だらけで、ジジはすべてを理解した。 「本当に仲良いな、お前ら」 「ふざけんな」 おそらくアレンと神田が組み手をすると、それは殴り合いになってしまうのだろう。心底嫌そうな顔をする神田を見てジジは楽しそうに笑ったが、ふいっと顔をそらされてしまう。 「テメェはこんなとこで何してんだ」 「この前はさっさと行っちまったからな。改めてお前の顔を見に来てやったんだよ」 「はっ、」 少し前に任務から帰還したばかりの神田に会ったが、アレンに蝋花からの差し入れを渡している間に行ってしまったのだ。 「元気そうで何よりだ」 そう言って組み手をしているアレンとラビを見る。少し離れたところではマリとチャオジーがしており、みんな真剣で、けれどどこか楽しそうだった。江戸や方舟での戦い、そしてすぐに本部が襲撃されてもしかしたら、と思ったがその心配は要らなかったようだ。 「本部は移っちまったがみんな変わりなくて、知らない土地や建物のはずなのに懐かしく思えるぜ」 ちょうどアレンに投げ飛ばされたラビが何か文句を言い、そんな二人のところにマリやチャオジー、リナリーたちが笑いながら集まっていた。 「変わっただろ」 そんな彼らの穏やかな雰囲気とは違う低く静かな声で神田はぼそりと呟いた。 「ぜんぶ、変わった」 変わってないのは 、 その先の言葉をジジは黙って聞いた。その時、神田の瞳に何が映っていたのか。それは分からないまま。 「…そうだな。お前の言う通り、変わってないのは真っ暗な闇だけだ」 神田は闇という表現はしていない。けれどジジにはそう聞こえた。世界の闇、人の闇、すべての闇。それらは隠されて、けれどずっと昔から今も、存在している。 「でも、その闇があるからこそ、変わったことだってたくさんあるんだぜ」 例えば、教団。今は隠された過去の過ち、それがあるからこそ今があって。そこから生まれた罪をみんな背負っているから変わってきて。 「だからその闇をお前が一人で背負う必要はねぇ、」 神田の眉がぴくん、と動く。 「過去の過ちや罪は、例えそれを知らない奴だろうが、今を生きてりゃみんなが平等に背負うもんなんだからよ」 ジジは神田の肩に手を置こうとしてやめた。振り払われるのが分かっていたから。 「くだらねぇ…」 呆れたような神田の声はジジの言ったことをまるで気にしていなかった。 「支部にとばされてボケたか」 ジジを一度も見ることなく神田は修練場の中央に向かっていく。気付けばアレンや他の人の組み手も一通り終わっていて、リナリーが神田を呼んでいた。ジジはそんなみんなを、神田の後ろ姿を優しく見つめる。 「ったく…、ガキにゃまだまだ分からねぇか」 はぁ、と溜め息が出た口は微かに笑っていた。きっと神田は分かっていない。分かっていても気付いていない。変わらないものは、闇だけではないのだ。 「まぁ、とりあえず、言っといてやるか…」 ジジは小さく、ありがとよ、と呟いた。 過去の罪。世界の未来。他にも色んなものを背負ってきて。けれどその重さに押し潰されることなく、生きていてくれて。 (お前が犠牲になることで悲しむ人がいるってことも、変わらねぇんだぞ…) だからもう、一人で闇を背負って生きなくていい。 (今を生きてるんだ。みんなで仲良く、過去の闇を、これからの闇を背負っていこうぜ、) そうすれば、また未来は変わる。 ジジはしばらくエクソシストたちを眺めていたが、ふらりと、仕事に戻っていった。 たたかうということ (今を生きるということ) To:)泣きだしたいのは君のせい |