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140文字他SS置き場
※CP表記の無い物は、ほぼ土銀か高銀

2010-04-16(金)
− 罠 − (1) ※W教師・高×銀八


 夏の深い緑が突如途切れたと思った瞬間、周りとのバランスなど完全に無視して建てられた家々が目に入ってきた。
 どんな田舎に来ようと狭い日本、何処にでも人は住んでいるものだと実感する。
 小さいながらもTVのCMでお目にかかるお仕着せの建売住宅があると思えば、隣には今にも傾いて倒れそうな古い日本家屋がある。
 そこに統一感などは微塵も無い。だが、寧ろそれが落ち着くと思えるようになったのは、あと数年で30の大台に乗ってしまう年になったせいだろう。
 些かそんな感傷に浸る中、バスは渋滞に巻き込まれることも無く軽快に走り続けありきたりの景色が窓の外を流れていく。

「あー、駄目だ」
 気持ちが悪い。
 俺は人気の無い最後尾の窓側で小さくごちて目を閉じた。
 目的地の合宿場所まであと1時間といったところか。
 人数のわりには教頭の手違いで大型バスを手配されたため揺れはそれほど酷くはない。が、二日酔いにこのバス独特の匂いはかなりキツイ。
 苦手なものリストに加えておこう、と思ったその時、
「大丈夫ですか? 坂田先生?」
 俺の左側で小さく空気が揺れ、誰かが隣に座った。
 いや、誰か≠ニいうのには語弊がある。それは―――、
 その声の持ち主は俺の良く知る人物だったからだ。

「大丈夫です」
 なワケねえだろ! 特にてめえが隣に来たなら尚更だ、バカっ。
 と、言う言葉を込み上げて来た胃液と共にぐっと飲み込む。
「そうですか? そうは見えませんが……」
 重い瞼を持ち上げ顔を側向けると、左の目を長い前髪で覆い隠し、それでも嫌味なぐらい整った顔立ちの中、冷たい隻眼がワザとらしく憂いを湛え射抜くように俺を見詰めていた。
 苦手だ。
 読めない。
 医師免許を持っていながら事故で片目の視力を失い、この春から高校で養護教諭兼校医を務める高杉晋助―――。
 二日酔いにバスの匂い。その上、何故か初めて顔を合わせた直後からことあるごとに妙に絡んでくる得体の知れないこの男。別に角を突き合わせているわけではないのだが、
 ―――苦手過ぎる。
 いくら養護教諭とはいえ野球部副顧問の俺とは違い引率は必須ではない(ちなみに顧問である日本史の服部は乗車して直ぐに痔の痛みを訴え前方の椅子を二人分占領し横になっている)。
 だがしかし、この一見人当たりの良さそうな、その実それは上辺だけなのだろうと言いたくなる白々しい男がまさかこういった合宿などの面倒臭いことに首を突っ込むとは思ってもいなかった。
 女生徒には絶大の人気を誇る。が、この何を考えているのか分からない目で見られると理由も無く腹の底から危機感が湧き上がってくる。思わず身を固くすると、
「坂田先生?」
 声を顰め高杉は俺の名を耳元で呼びながら益々と距離を詰めて来た。
 穏やかではあるがどこか空恐ろしさを覚える響きに呼気を呑む。
「本当に大丈夫です。さっきサービスエリアでいただいた酔い止めの薬を飲んだからもう俺のことは気にしないでください」
 いつの間にか互いの太股がぴったりと密着している。離せば余計何か意識しているように思われる気がして俺は権輿(けんよ)もない振りを装いそのままにしておくことにした。
「普通、バスに乗る前に飲んでくるものだと思いますがね。体調が優れないのなら尚更に」
 いたく棒読みながらも諷するような物言いが小癪に障る。
 んな気のきいたもん、俺の家にあるわきゃあねえだろう。
 口角を持ち上げて能面に似た完全に作った笑みを浮かべる男にそんな意味を込めた視線を向けた―――、ものの、
 相手は微塵も表情を変えることなく俺を見詰め続けている。
 正直、気味が悪い。
 服を透かして見られているような、そう、まるで蛇に睨まれた蛙になった気分だ。
 例えるならそれは明らかな捕食者の目。
「頬が……、赤味を増していますね坂田先生」
 低い、しかし甘い毒を孕んだ声が鼓膜を打った。瞬間、ぞくりと震えた背中に俺は眉を寄せた。
 なんだ? この感覚は……?
「そろそろ―――、」
 くつめく笑いと共に、
「効いて来ても良さそうなんだがなァ……」
 耳朶へ直接吹き込まれた囁きに突如心臓が胸を突き破りそうなほど激しく脈打った。
「……え……?」
 常から何度も耳にしたことのある―――、しかしその口調は初めて耳にするものだった。
「たか、すぎ……、先生……?」
 瞠目する俺の瞳に嘲りと狂気を滲ませた笑みが映る。


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