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日記
2020-01-28(火)
手のひら

「――――以上をもって、生徒会役員の解雇および新役員の選定が完了した事を宣言する」

 目の下に薄っすらと隈を作りながらも晴れ晴れとした表情の風紀委員長が締めくくると同時に、講堂に集まった生徒達の歓声が幾重にもこだました。
 壇上の隅で死人のように立ち竦む役員……元役員達の中でひとりだけ、目の前に立つ今回のクーデター首謀者をふてぶてしい表情で睨みつける元生徒会長。彼の前に立つのは、転校生の同室だった地味な少年と、この茶番を非常口で待機しながら眺めている風紀委員である俺の同室者―――元会長さまの実弟だ。

「………これで満足か?」
「当然の結果だろ?恨むなら俺じゃなく、転校生ひとりに振り回されたあんた等生徒会だ。あんただけはアノ性悪の尻を追いかけまわして無かったようだけど、仕事もせずに放置してたことには変わりない……いや、会長としての責務を放棄した分、あんたが一番性質が悪い」
「はっ、こんな事をしてタダで済むと思ってるのか!」
「心配すんな。今回の出来事は、親父に報告済みだ。伝言聞くか?『お前のような出来損ないは何処ぞでのたれ死のうが関知しない。学園に残るなら費用だけは振り込んでやるから、後は好きなようにしろ』だとさ。後継も俺に移った」

 解任された元生徒会役員たちは、学園を去るか最下位へのクラス落ちを選択する事になる。
 出来のいい兄に押し潰されそうだった男は今、隠しきれない愉悦に歪んだ唇を噛締めて誤魔化そうとしていた。

 馬鹿らしい。
 零れそうになった言葉を飲み込んで、視線を外す。
 興奮冷めやらぬ講堂内の生徒を外へ出すための誘導を指示するため、俺はインカムから聞こえてくる声に集中した。


 ***


 あれから、当然のように新たな生徒会長となった俺の元同室者(元会長の弟)は狭い相部屋を出ていった。どうせ今頃、あの平凡男子を部屋に連れ込んでよろしくヤッてることだろう。はいはい幸せ幸せ。

 そして俺は今、これまで使った事も無かった調理器具を駆使して作った事もなかった夕飯の用意をしていた。
 子供でも出来るカレーが完成して、見てたのかよと言いたくなるタイミングで同室者が帰宅する。

「お、カレー」
「まずは手を洗……いや、風呂入れ」
「心配すんな、全部返り血だし。今日でナンバー2をぶちのめしたから俺がGクラス支配する日も近いな」
「心配はしてないし、俺は風紀委員なんだからGクラスの内情は知りたいけど、そういう話は聞かせるな。あと風呂入れ……って何?」

 風呂に直行するはずの男の腕が、俺の腰に回された。
 鍋を覗き飲むのかと思えば、そのまま首筋に唇を寄せられる。ちゅー、と音を立てて吸われた首元から甘い熱が痺れと共に下半身を直撃しそうで、睨みつければ腹が立つほど整った美貌がドヤ顔で俺を覗き込んでいた。

「ぐっ」
「……なに」
「顔がいい」
「はははは、そりゃ良かった」

 笑顔が素敵。
 流石は解任されるまでは歴代最高と称えられていた、元生徒会長さま。
 ――――そう、実は俺は前回盛大に失墜させられていた男の恋人なのである。あのどの角度からみても茶番という、凄いイベント。

「最近やっと落ち着いてきたとはいえ、アンタ以外は全員退学してったしで新生生徒会への不満なんかがちらほら出だしてるよ」
「そりゃ引き継ぎも申し送りもゼロの状態からのスタートだろ?ど素人の集団が簡単に回せるほど安いポジションじゃねーよ」
「罪悪感とか……ある訳ねーか」
「当り前だろぉ?俺は自分からは一切動いてないんだから。選んだのはアイツ。不甲斐ない生徒会役員を強制的に降ろしたのも、目の上のたんこぶだった兄貴から全部かっ攫ったのも、な」

 生徒会長というのは、代々名のある子息しか着けない特殊なポジションだ。
 この学園の生徒会長を務めているという事は、将来選び抜かれた許嫁と家庭を持ち、決して逃げられない栄光の将来を歩くという意味を持つ。ザ、キング。傍から見れば羨ましい限りの明るい未来だ。素晴らしい。
 でも、

「――――わかってるのかな、学園で出会った恋人なんて卒業までの許されたお遊びなんだってこと」
「理解してたら就任早々部屋に連れ込んでセックス三昧なんて、馬鹿げた行為に走らないだろうな。アイツは優秀ではあるが所詮次男だった。一番大切なものは絶対に隠し通さないといけないなんて、当たり前の事さえ理解してない」

 まぁ精々、俺の代わりに孤独な世界で生きればいい。


 そう言って微笑する恋人は、最高に性質が悪そうで、俺の鼓動は高鳴りっぱなしである。
 まだ血で汚れたままのシャツを引っぱり、引き寄せる。

「………俺達の代わりに幸せで不幸になった恋人たちに感謝しながら、ふたりで生きていこうな」

「当たり前だろ?アイツは地位を、俺は愛を選んだんだから」


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