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日記
2017-10-28(土)
ちょ、待てよ! 頼むからその顔でその台詞言うのだけはやめろ

「付き合うなら女でも男でも処女以外は無理」


片思い相手のそんな本音を耳にしてしまったのは不幸な偶然だった―――そう、本当に、不幸な。

「え、委員長って処女厨でした?」
「処女厨つーか、他の男の手垢のついたヤリマンとなんで俺が付き合わなきゃなんねーんだよ」
「遊びならいいのか……」
「穴が抱いてって開いてきたら、病気さえなければ取り敢えず挿れとくのが男だろ」
「サイテ―が服着て歩いてるよ」

うるせー、と言い返す低い声を聞きながら、俺は凭れていた壁に体重をかける。
そのままズルズルとしゃがみ込みたい気持ちを制して、元来た道を引き返そうと一歩踏み出した。



今年に入って生徒会長に選任された俺は、幼い頃から重度の人間不信と人見知りを拗らせた自分で言うのもなんだが面倒臭い男だ。
気の良い他の役員達や、時々よくわからない言動もあるが適度な距離感でサポートしてくれている親衛隊達のお陰でなんとかやってこれた俺が、秘かに憧れてやまないのが、風紀委員長である御園だった。
人見知りな俺が自分から話しかける事が出来るはずもなく、まず目を合わせるのが無理。御園の側にいつもいる副委員長が高校生の癖にあごひげを生やしているので、怖くて近付くことさえ出来ない。

そして今日、
風紀委員への連絡ファイルを届けるだけのつもりが、ドアの前にいた二人の会話を聞いてしまったのだ。
『処女以外無理』
御園は処女でないと駄目な男だったのか………つまり、俺では無理なのだ。だって、俺は、処女じゃない。

付き合いたいだなんて、そんな大それた願いを抱いていた訳ではない。
それでも、御園の否定の言葉を聞いた瞬間、俺はあの男の側にいる資格が無いと宣言されたような気がしたのだ。


極度の人間不信で人見知りなのは、幼少期のトラウマの所為だった。
教育係としてやってきたショタコンの変態にレイプされたのだ。
たった一度のその行為は、俺に何年経っても消えない傷を残した。欲を含んだ瞳を思い出すから、人と目をあわせられないし、あごひげの男は今でも怖い。
そして、とっくの昔に処女じゃない。


目を合わせるのも無理、近付くのも無理、夢をみるのも無理。無理だ、無理。無理むり、むり。
「う、………ぅ、っ、う〜〜〜っっ」
渡すはずだったファイルを持ったまま、逃げ帰った生徒会室でコッソリ泣いた。
皆が帰っていて本当に良かった。こんな無様な姿、誰にも知られたくない。



もう御園に合わせる顔もない、と可能な限り接触を避ける生活が始まった。
声を聞いただけで心臓が痛くなる気さえした。
役員達も親衛隊も、俺に何かあったのだろうと知りながらもそっと協力してくれる毎日。有難いと感謝しながらも、息が苦しい。


*****

会長と風紀委員長の間に亀裂が走っている。
そう噂されるようになって数日後、俺はなぜか切羽詰まった様子の御園によって風紀室へ連れ込まれていた。
「―――どうして俺から逃げる」
「………別に深い意味は無い。風紀と生徒会は昔から対立していただろう?」
「俺が嫌いなのか」
「それはない」
「俺は好きだ」
「は?」
「俺は好きだ」
「………無理だ」
「なぜ」
ずっと片思いしていた相手に好きだと言われたのに、嬉しさよりも痛みが俺を襲った。
苦しい苦しいと暴れる胸を抑えながら、俺は小さな声で………処女じゃないからだと、告白した。

ああ、これで辛かった日々も絶望と安堵をないまぜにしてやっと終わる。
詰まりそうになる息を吐きだす為にシャツの胸元を握り締めた時、目の前の男が「あああああ!もう!!くっそ!!」と叫び出した。
御園の手が俺の両肩を掴もうとして、躊躇する。
「………触っても?」
「?構わないが」
何故か怖々と触れてくる御園に首を傾げながらも、振る相手にもこんな気遣いをするんだなと泣きたくなった。

「すきだ」
「それは………さっきも聞いたし、だから俺は、」
「俺はっ、お前が、お前ならっ、ヤリチンでもヤリマンでもセフレが山ほどいたとしても……この先俺だけにしてくれるなら……いや、俺だけにしてくれ!俺にしてくれ。付き合ってくれ。恋人にしてくれ!」
「で、でも、お前、付き合うなら処女じゃなきゃ無理だって」

―――ああ確か、遊びならこだわらないんだったな。
でもそれは………俺が苦しい。
そんな風に答えれば、御園は更に慌てた様子で身振り手振りを大きくした。御園のそんな姿を見るのは初めてで、こんな時なのに、俺は嬉しくて悲しくて、どんな顔で笑ったのか自分でもわからない。

ただ御園は、「頼む」と俺を真っ直ぐに見つめた。
「今まで、確かにそんな発言をおおっぴらにしていたが、それは単に言い寄って来る奴ら追い払う目的だっただけで………本気で惚れた相手なら、そいつの過去はどうでもいいんだ」
「お前が好きなんだ」
「これから、俺だけを見て欲しいんだ」


俺は、
俺は、小さく頷いた。



本当に、俺なんかで良いのか今でも自信が無い。
処女じゃなくなった過去の話を打ち明けた時、御園は声をあげて泣いた。
守ってやれなくてゴメンなと抱き締められて、俺の方こそ処女じゃなくてごめんなと答えたら本気で怒られた。
御園が俺に対して声を荒げたのはその時だけで……………恋人になって一カ月過ぎても、俺達はキスさえしていない。

*****

「御園、もっと仲良くなりたい」
「追々な」
「俺を好きじゃないのか?」
「愛してる」
「お前となら、痛くても我慢できる」
「………セックスは我慢してするもんじゃねーよ」

恋人になってから、日々繰り返される会話。
指先が触れるようになって、耳たぶに口づけされて、大切に抱き締められて―――愛してるって気持ちを重ねてくれる。
本当は、まだ怖くて、野良猫みたいに試しながら近付く俺の本心なんてお見通しなのだろう恋人に、今日もそっと二人の距離を窺う。

「試されてる……試されてるんだぞ俺の自制心…」とブツブツ呟きながら後頭部を髪毟る御園に寄り添いながら、こんな不安定な関係が終るのもそう遠くない気がした。




「痛くても、怖くても………お前となら幸せだと思うんだ」
「ちょ、待てよ! 頼むからその顔でその台詞言うのだけはやめろっっ」


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