小咄
2009-09-10(木)
夢(Nさんシリーズ)

夏が終わりかけ、秋が始まりかけた。
そんな、涼しいある日の事だった。
Sが家へとやってきて、笑いながら俺へと夢の話を語ったのだ。
内容は、俺が道に迷った挙句不審者に追い掛け回され携帯も繋がらず偶々Bに出会い助けてもらうというものだった。
最悪じゃねぇか、と言って笑ったのが昨日の話。
そして今日、何の目的も無く歩いていた俺は道に迷っている事に気付いた。
まさか、そんなわけがあるまい。
あくまで地元だぞ?
足早に進む俺の進行方向に人影は無く、振り返っても誰も居ないという正に迷子。
溺れたところで掴む藁すら無いとはどういう事だ。
藁が駄目なら藻でも良い、掴ませろ。
歩けど歩けど見知った道に出ず、心底困り果てた俺の耳に誰かの足音が聞こえた。
天の助けとばかりに耳を澄ませて足音が近付いてくる方向を確認するが、大体後ろだろうという程度にしかわからない。
振り返ってみるが、やはり其処に期待していた姿は無く、再び足を進めつつ足音を探る。
何処だ?
何方から来ている?
角を曲がってみても、前を見ても、振り返っても、やはり自分以外には居ない。
不意に、足音が増えた。
前か?
目を凝らしてみるが、人の姿は確認出来ない。
何故だ。
自分から迷宮の奥深くへと迷い込んで行っているような気がして、足を止めた。
疲労が蓄積された足は、熱を孕んでいるかのように痛む。
大きく息を吐いた。
…此処で俺は、漸く、遅すぎる事に、たった今、気付いたのである。

…足音が、全方向から、俺に向かって、走ってきている。

しかし相変わらず姿は無い。
鳥肌が立った。
逃げたいのに逃げる為にはどうしたらいいのかがわからない。
何方に向かえばいい?
何処へ逃げたらいい?
全ての道を塞がれているというのに。
四つの足音は確実に俺へと近付いて来ている。
そして、俺の肩に触れた。
「うわぁぁぁ!?」
思い切り払い除け、振り返る。
正体を確かめてやろうと思ったわけじゃない。
反射だ。
「何やってんの?」
幽霊の、正体見たり、枯尾花。
何と言う事だろう。
足音のひとつ、背後から近付いていたのは、俺の友人Bだったのだ。
一気に全身から力が抜けて、俺はその場に座り込んでしまった。
それくらい許して頂きたい。
俺が感じていた恐怖の度合いは、額に光る冷や汗が教えてくれるだろう。
「とりあえず、逃げよう」
「は?」
Bに手を引かれるままに立ち上がり、そのまま走り出す。
逃げようとは?
それは、何だ?
足音からか?
どれくらい走っただろう、気付かぬ内に見慣れた商店街へと戻って来ていた。
安堵の溜め息を洩らす俺に向けてか、または独り言か、Bは喧騒に掻き消されてもおかしくないような小さな声で静かに、しかしはっきりと言ったのだった。


本当、Sの夢だけは怖い。

…お前も怖いよ。
そう言うだけの力も無く、Bが何故彼処に居たのか、どうしてSの夢と似たような事が現実に起こったのか、全ての謎を一時的に無視する事に決め、俺は溜め息を吐いたのだった。
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