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長編V
2007-12-23(日)
月と太陽2






空が桔梗色に染まり始めた頃。
分けも分からぬまま綱吉は鞍馬山に連れて来られていた。大きな漆黒の翼を持つ、恭弥という天狗によって。

「…とりあえず、君小汚いから川で綺麗にしておいで。着替えは後で持って行くから」

だが綱吉は状況の変化についていけず、呆然と立ちつくしている。
恭弥は小さな溜め息を吐き、綱吉の手を引いて歩き出した。

二人が歩き始めて、すぐに川が見えた。上流なのか、随分と綺麗な水が流れている。

「僕の巣に一応風呂場はあるんだけど、薪をくべないといけないから面倒なんだよね。ああ、それと…この山には君以外の人間はいないんだけど、人に化けた妖怪はいるから気を付けてね。君は僕達にとって極上のエサだから。知性の無い雑魚妖怪は君を喰らおうとするかもしれない」

今まで恭弥にされるがままだった綱吉だが、その言葉でで漸く我に返り、同時に足を止める。

「綱吉?」
「よよよよ妖怪って…喰われるって…!!オレがエサってっ…そんなっ…冗談じゃないよこんな所!!」
「大丈夫だよ。お守りあげるから」
「お守りなんてそんなものあっても…っ」
「綱吉」

目線を会わせるように恭弥は腰を屈め、自分と綱吉の額をこつん、と合わせる。そして、綱吉の頬をそっと何かで擽った。

「黒い…羽?」
「うん。天狗の羽は強い力を宿しているんだ。特に守護天狗の羽は別格だ。だから、そこら辺の妖怪から君を守ってくれるよ」

恭弥は綱吉の手に自分の羽を握らせ、何かを呟いてから触れるだけのキスをした。

「なっ…また…!!アンタ、いい加減にっ…」
「さて。これで一先ずは、君に僕以外の誰かが触れる事はない」
「……何、したんだよ…っ」
「マーキングみたいなものだよ。君は僕の大切なエサだからね」
「っ…エサとか言うな!!オレは人間だ!!」

綱吉は恭弥を払い退け、川の中へザブサブと乱暴に入って行った。
勢いのみで入ったので、臍辺りまでつかって初めて水の冷たさに鳥肌が立つ。

「…じゃあ、着替えを用意して来るよ。直ぐに戻るから」

綱吉の頭を優しく撫でてから、恭弥は再び大きな翼を広げて飛び立った。
一人残された綱吉は、心細くなりながらも上着を脱ぎ体の汚れを清め始める。

そして直ぐに、背後から人の気配がした。素早く振り返って辺りを見るが、人の姿は見えない。

「おやおやまあまあ…これはこれは…」
「ひっ…!!」
「随分と美味しそうな人間だ」

頭上から声がして、綱吉は肩をびくつかせる。見上げた先には、木の枝に立つ男がいた。
恭弥の様に全身が黒いジャケットとレザーパンツで固めている。
宝石の様な緋と蒼の瞳が、妖艶な雰囲気をかもし出していた。
男は身軽に地に降り立ち、綱吉と距離を詰める。

「あ…あっ…」

目の前に来た男に、綱吉は後退りながら助けを求めて辺りを見回す。

「そう怖がらないで下さい」
「っ…だって、お前…妖怪だろ?人間、喰ったりするんだろ…うわっ!!」
「!?」

後退りながら、綱吉は足を滑らせ後ろへと体が傾いた。
そのまま転倒するかと思った綱吉だったが、男が伸ばした腕に支えられてそれは免れる。

「大丈夫ですか?お怪我は?」
「大丈夫、です…あ、ありがとう、ございます」
「いえ。お礼はこれで」

引き寄せられて、頬に口付けられる。
一瞬の事で、綱吉には何が起こったのか理解できなかった。

「これは……想像以上に甘いですね」

男はそんな事を言いながら、今度は綱吉の唇にキスをした。

「っ…!」

唇が離れると、男の目が妖しく弧を描いたので、綱吉は身の危険を感じて身構えた。

「はあ…実に惜しい。守護天狗が手を付けていなければ連れ帰ったのに…」
「六道骸!!」

凛と響いた声に、綱吉は知らず安堵の溜め息を吐いた。
大きな翼をバサリと羽ばたかせ、恭弥は六道骸と呼ばれた男の背後に降り立った。

「この山にいる限り、僕のモノに無断で触るな」
「おや。断りを入れれば触っても良いと?」
「馬鹿言わないでくれる。本当に…君はいつも目障りだ。煩わしい」
「僕のセリフですよ、守護天狗。君がイチイチ煩くて、我々は退屈で仕方がない」

互いに暫く睨み合うが、綱吉が再び転んだ事で二人の視線がそちらに向かった。

「綱吉…何で動いてないのに転べるの」

恭弥は直ぐに川へ入り、綱吉を助け起こした。直ぐに怪我が無いかを確認し、それが終ると再び睨み合う。

「まあ今日は退散しますか」

先に目線を外したのは六道骸の方だった。瞳を閉じて小さな嘆息する。

「今度綱吉に近付いたら…咬み殺す」
「クフフ…君に僕は倒せませんよ。では綱吉君、またいずれ」

六道骸と呼ばれた男はその言葉を最後に、霧に包まれたように姿を消した。

「…あ、あいつ…は?」
「ああ…アイツは鬼だよ。まったく…誇り高い鬼族は守護天狗の言うことを聞きやしない。それに、力もあるから厄介だ」
「え……じゃあ、お守りとか持ってても利かないんじゃないか!」

恭弥は、吠える綱吉を面白いものでも見るかの様な態度だ。それが余計に綱吉をいらつかせる。

「大丈夫。守護天狗のモノを傷付けたりはしないよ。さっきも言ったけど、鬼族は誇り高いからね。むやみに弱者に牙を剥かない。それに、アイツらにとって誰かのオサガリは屈辱だ」
「でもオレっ…アイツにキスされた!!」

綱吉は川の水を手ですくい、口付けられた頬と唇を懸命に洗っている。
恭弥は綱吉をそっと抱き寄せ、なだめるように背を撫でた。

「ごめんね…嫌な思いさせたね」

耳元で囁いて、恭弥は綱吉の唇をそっと塞いでキスをした。




ガリッ…

「っ…!?」




唇を離した恭弥は、口端を上げて不敵に笑み、綱吉は先刻と同じ様に口を洗っている。
そんな綱吉を見つめ、雲雀は口から溢れた血を拭った。

「へぇ…面白い。君がそのつもりなら、僕に
も考えがあるよ」
恭弥の鋭い目つきに、綱吉は恐怖で目に涙を浮かべている。

「僕のエサ…伴侶にならないなら、僕は君に食事も、閨も、何も与えない。身の保証だってしない。君をこの場で置き去りにする」
「…っ!!」
「さぁ……どうする?」



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