長編V
2007-12-21(金)
こんなにも側にいても遠く
……会いたい。
ふと、この手が、心が、瞳が、彼を求めた。
そして足はその姿を探して速度を上げる。雲雀は知り尽した校内を抜け、正門を出てから走り出した。
そして求めた姿を見付けたとき、沸々と苛立ちが込み上げた。
普段と何ら変わりのない姿。そして綱吉を囲む群れ。反射的に体が武器を構える。今にも踏み出そうとした瞬間、ふと綱吉が振り返り雲雀と目があった。
「あ、ヒバリさん!こんにちは。…あ、えっと、これっ別に群れてるわけじゃないですから!ただ送ってもらってるだけでっ…」
「君、それを群れてるって言うんだけど。目障りだよ」
雲雀に気付いた綱吉は慌てて謝ったが、ただダメツナぶりをアピールしてしまう結果になる。だがそんな事は雲雀には関係がなく、むしろ綱吉を囲む人間に対して言い放った。
「は、はい…すみません」
「謝ることないっスよ10代目!こんな鳥野郎に…」
「君はいつも騒がしいね。口が過ぎると早死にするよ」
「んだとテメェ!!」
互いに武器を構え始め、綱吉は慌てて獄寺を止めるため上着の裾を引いた。その行動が雲雀の機嫌を更に損ねるとも知らずにだ。
「獄寺くん、喧嘩は駄目だよ」
「10代目…しかし、あの野郎が…」
「獄寺くん!お願いだから…」
「……分かりました。10代目がそうおっしゃるなら」
そう言ってダイナマイトの火を消し、獄寺は一歩引き下がった。しかし目は雲雀を睨み続ける。
その雲雀は、獄寺の態度に安堵の溜め息を溢した綱吉に目線を合わせ、肩を震わせて逃げ腰になっている姿に心の中で溜め息を吐いた。
……あぁ…僕は、また…。
構えていたトンファーをしまい、ゆっくりと手の届く距離へと近付く。綱吉は数歩後退った。
「そんなに、怖がらないで」
雲雀は綱吉の頭に軽く手を置く。その行動に綱吉は呆気にとられて雲雀を見上げた。
「…へ?あの…」
「……明日、遅刻しないように」
そう言うと雲雀は踵を返す。
綱吉は雲雀の行動が理解できず、ただ呆然と後ろ姿を見送った。綱吉だけではなく獄寺や山本も綱吉と同じようにしている。三人はその姿が見えなくなるまで、その場で固まっていたのだった。
学校へと戻った雲雀は、応接室のソファに沈んでいた。左手の中指に填められた指輪を眺め、小さく端息する。
雲雀は、込み上げてくるこの想いをずっと持て余していた。群れるつもりはないが、彼を守りたいと思う。つい十数分前のように、理由もなく無償に会いたくもなる。この気持ちが何なのかは理解している。だが、伝える術を雲雀は知らない。
「何で僕が…」
こんな事に振り回されなきゃいけないのだろうか。今更な気はするが悪い気はしない。むしろ自分が戦いに加わったときに見せる彼の表情を見るのは気分が良い。
「………つ な、よし…」
口の中で転がすように呟き、確かめるかのように雲雀はそれを繰り返した。
それから数日後、日の沈む頃。雲雀は見回りを兼ねて町を散策していた。その日は考え事をして歩いていたこともあり、いつもの道から外れ少し遠出をしていた。ふと人気のない公園の前で足が止まる。忌まわしい気配を感じたからだ。
姿が見えないと言うことは、群れないと何も出来ないような草食動物がいるのだろう。雲雀はちょうど虫の居所が悪かったため、武器を手に公園へと入っていった。
「…だめ、ん…も、公園だってばぁ…」
「し…静かに……」
「は、ん…っ…」
どうやら不良ではなくカップルのようだ。二人なら群れではないのだろうが、何故か雲雀の苛立ちが加速する。声の聞こえた方へ足を向け、鬱蒼としげる草木を掻き分けた。
「……!」
「…おや?野暮な人ですね、君は。素通りしてくれればいいものを」
「んぁ……え!ヒバリさん!?てか、お前気付いてたのかよっ」
「だから静かに、と言ったじゃないですか……おっと」
「ひぃいい!!」
そこにいたのは、よりにもよって綱吉と骸だった。
二人の言葉は耳に入らず、雲雀は体の動くままに骸めがけてトンファーを振り下ろす。だが易々と綱吉を抱えて骸はそれをかわした。その行動に、雲雀の怒りは膨れ上がる一方である。
「なんで、君が、その子と…っ」
「分かりませんか?僕は理由もなく大嫌いなマフィアとキスなんてしません。僕と彼は…」
「うるさい!!」
雲雀は声を張り上げ、トンファーを振り回す早さを加速する。骸は、被害が及ばないように自分から綱吉を遠ざけ三又槍を取り出した。
「おやおや。自分から聞いたくせに」
「やめろ骸!喧嘩しちゃ駄目だ!!」
「しかし綱吉君、向こうはやめてくれそうにありませんよ?」
「でも守護者同士でっ…」
骸は綱吉の声に答えながら、不敵な笑みで雲雀と対峙している。だがあまりにも綱吉が必死に止めるので、骸は距離を取り雲雀の足首を蓮で捕縛した。だが雲雀にはそれもすぐに外されるだろう。骸は素早く綱吉を担ぎその場を後にした。
「まったく、僕は一発も反撃していないのに。なんで怒られなきゃいけないんですか」
雲雀を上手く撒いたあと、骸は不服そうに言った。
綱吉は「はは」と苦笑し、両方に添えられた骸の手に触れる。
「ごめん、怒ってなんかないよ。それにヒバリさんの前で群れたから…こっちが悪いし」
「違いますよ綱吉君。あの鳥、君といる僕に嫉妬したから殴りかかって来たんです」
額をコツンと合わせる骸を、綱吉は不思議そうに見上げる。骸の言葉を理解しかねるといった風だ。
「…は?」
「一人の時は絶対彼に近付かないで下さいね?彼は君が好きなようですから…」
「……はぁああ!!?そんなわけないだろ!!馬鹿も休み休み言えよっ」
綱吉にとって予想外の骸の言葉に、大声をあげて否定した。だが骸は苦笑して、話は終りとばかりに綱吉をそっと抱き締めた。
その頃雲雀は、学校に戻り応接室で一人荒れていた。
ソファーは引き裂かれ書類は空を舞っている。花瓶やテーブルは無惨な姿だ。雲雀は僅かに肩を上下させ、歯を食い縛りトンファーを握り締める。
「っ…は、つな…よし……!!」
よりによって六道骸と。何故、あの子がアイツと。
雲雀の脳内ではそんな事ばかりが反復されている。ぐるぐると答えの見えない疑問が雲雀をいらつかせた。
「どうして僕があの子の事でこんなにっ……!!」
「好きだからだろ」
「……赤ん坊」
「荒れてんな」
「…放っといてくれる」
いつの間に入ってきたのか、リボーンが足を組んで雲雀を見下ろしている。雲雀は興冷めしたのかトンファーをしまい窓枠に腰を下ろした。
「好きなんだろ。ツナが」
「……。じゃなきゃこんな事にならない」
こんな事、とは無論荒れ果てた部屋のことだ。
「ねぇ、君は何しに来たの。やっと僕と戦う気になった?」
「ツナを骸から奪え、ヒバリ」
「!」
「今の骸は使い物にならねぇ。だがお前なら学校でもどこでもツナを守れる。獄寺や山本じゃ、今一つだからな」
「へぇ…君がそう言うなら心置き無くあの子を手に入れられるよ。僕はてっきり、君も邪魔に入ると思ってたからね」
「ふん。初恋で気持ちを持て余してるよーなガキ、相手にしねーよ」
口端を上げて不敵に笑い、リボーンは用は済んだとばかりにドアへ向かう。雲雀は目線だけでその黒スーツを見送った。
「ヒバリ。男なら、言葉よりも態度で示せ」
そう言い残しリボーンは応接室を出た。
「…態度で示せ、か…」
翌日綱吉は遅刻をして、応接室に生徒手帳を取りに来ていた。昨日の事もあってかなり緊張している。本来生徒手帳を取りに来た生徒を対応するのは副委員長の仕事だ。だが今朝綱吉は雲雀に話があると言われたので、応接室のソファで体を強ばらせて座っている。
「お待たせ。君、焼き菓子好きだよね」
「え、あ、はいっ」
「食べなよ。紅茶はアイスで良いよね」
「は、はい!」
雲雀は綱吉の前にコースターとグラスを置きながら話しかける。そんな雲雀の態度に綱吉はいつもとは違う緊張を感じつつ、出されたクッキーを口に運んだ。
「どう?口に合えば良いけど」
「あ、美味い!美味しいです!」
「そう、作った甲斐があったよ」
「ぇえ!?ヒバリさんが作ったんですか?凄い…」
「気に入ってくれた?」
「はい!」
綱吉の曇りのない晴れやかな笑顔に、雲雀の顔が綻ぶ。綱吉はその表情に驚き、固まったまま雲雀を凝視する。
「そんなに見つめないでよ」
気が付けば雲雀の顔が間近にあった。綱吉は慌てて体を引き、勢い余ってソファに深々ともたれる。
そんな綱吉に覆い被さり、雲雀は鼻が触れ合うほど距離を詰めた。
「ねぇ、僕の話を聞いてくれる…?」
雲雀の吐息がかかり、綱吉は強く唇を引き結んだ。そんな綱吉の頭を優しく撫でて言葉を続ける。
「僕は…君が欲しくて欲しくて堪らないんだ…君に飢えているよ」
「ひ…ば、り…さん?」
頬を寄せられ、綱吉は雲雀を押し退けようと胸に両手を置く。だがどんなに腕を突っぱねても雲雀はびくともしない。
「あの、ヒバリさ…」
「僕は、君のためなら戦ってあげるし、君を守ってあげる。この指輪に関係なく、ね」
胸に付いている手を取り、雲雀は指を絡める様に握り合わせた。
綱吉は今の状況についていけずに固まっている。
「僕、は…ずっと、君の側にいたい。君の、笑顔を…見て、いたい…」
段々歯切れが悪くなっている。上手く伝える術を知らない雲雀は、馴れない言葉を、しかし本当の気持ちを懸命に言葉に乗せていた。
密着しているから、雲雀の鼓動が早くなっているのが伝わってくる。綱吉はようやく口を開いた。
「ヒバリさん…あの、それって…」
「…綱吉」
耳に心地良い声で名前を呼ばれ、顔を上げた雲雀を見上げれば、優しく唇を奪われた。
「っ…止めてください!!」
「……」
力一杯押し退けると、雲雀は簡単に退いた。
「あ…ごめんなさい…」
「何で謝るの?君は悪くない」
「ごめんなさい…でも、あの、俺には、もう…」
「それでも僕は、諦めない。僕は僕なりに、君を守るよ」
そう言いながら雲雀は綱吉を起こし、一度抱き締めてからドアへ導いた。
「さ、もう下校時間だ。門にアイツが来てるよ」
「え、あ、ヒバリさん…」
「困ったことがあればいつでもおいで。ここでは僕が一番君を守れる」
「…でも」
「安心しなよ。もう噛みついたりしない」
「ヒバリさん…」
「明日こそ遅刻しないように」
「…はい!」
正門へ向かって走る綱吉を見つめながら、雲雀は口端を上げて笑んだ。
これから毎日、少しずつ時間をかけて、自分のものにしてみせる。
「お前に綱吉はもったいない。からず僕が奪ってみせる」
こちらを睨み上げた六道骸を見下ろしながら、雲雀はそう呟いたのだった。
end
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