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月色の眼、二月の雨と猫。



 霧の守護者の片割れが、黒猫に会わせて欲しいと言うので、オレが飼ってる訳じゃねーから好きにしろ、と答えた。
 しかし、そこから一番近かったクロームの休暇の日と、山本が少し遠出する任務が重なっており、その日スクアーロは偶然オフだったのだ。そんなこんなで、本来山本の家であるアパートに、クロームがスクアーロを訪ねて来るという、少々不自然な状況になった。


 約束の時間通りにやって来た彼女が仔猫に贈り物として持って来たのは、ウィンターブルーの色をした革の首輪とネズミの形をした玩具。
 首輪に鈴では無く雫形をした淡いブルーの石が着いているのは、音が鳴る物だと、只でさえ気配に敏感な自分が苛々するんじゃないかと思い気を使ったらしい。
「これね、シベリア産のアクアマリンなんですって。色がね、すごく雨の人みたいだなって思って…」
 猫は、少女が持って来た首輪を巻かれても、されるがまま、少女の手に頭を擦り付けて甘えている。此処へ来てから数週間経つが、元々あまり気性は激しくない様だ。腹が減った時だけは執拗に攻撃を仕掛けて来るが、基本的には大人しい。
「…シベリアだァ?今じゃ殆ど市場に出回らねぇ代物だろーが」
「骸さまが探してくれたの」
 サラリとそう言ってクロームはふわりと笑う。
「…相変わらず過保護だなァ」
 それに、能天気だ。つい二週間ほど前まで、ヴァリアーとボンゴレは一触即発の雰囲気だったと言うのに。
 霧の片割れである彼女が来た時くらいにしか淹れられる事の無い紅茶を久々に引っ張り出し、リクエストに応えて出した砂糖入りのラムミルクティーは相変わらずクロームのお気に入りらしい。元はと言えば、十年以上昔にベルフェゴールにせがまれて淹れ方を覚えた物だ。ガキと女は甘いモン好きだなぁと、少し懐かしく思う。それにしても。
「こんな淡い色してんのかァ?オメーのオレ達のイメージはよぉ」
 猫の首元で揺れる石は"アクアマリン"という名前通りの海の色ではなく、どちらかと言えば温度の低い朝方の蒼い世界に降る冷たい雨の様な色彩を放っている。
 スクアーロがそのアクアマリンを右手の指先で軽く弾くと、大人しく気持ち良さそうに撫でられていた黒い仔猫が抗議する様ににゃあ、と鳴いた。


「ええ。綺麗で優しくて冷たい色。ピッタリだと思うの」
 そんな訳が無い。自分にしろ、山本にしろ、こんなに繊細な色をしている筈が無い。けれど、少女はそう断言する。
「…ハァ」
 さいですか、と反論するのも大人げない気がして適当に流した。黒い猫は、目を瞑って霧の守護者に大人しく頭を撫でられている。本当に満更でもないらしい。
「名前、まだ無いの?」
 『そんなに気に入ったならお前が飼うか?』と口から出掛った瞬間、クロームにそう尋ねられた。
「あーそういや無ェなァ。オマエが付けるかぁ?」
「…ううん。二人で付けてあげて。その方がこの子も喜ぶよ」
 誰がどんな名前を付けようが一緒だと思いながら、紅茶と共に出したクッキーを一つ口に運ぶ。すると大人しく撫でられていた猫が不意にスクアーロの方へ向き直り、テーブルの上を歩いて寄って来た。此れを寄越せ、という事か。スクアーロがナッツもチョコレートも入っていないただのバタークッキーを選んで小さく割り、近くに置いてやれば、少し用心する素振りを見せつつも欠片をぺろりと平らげた。
 雨の中、屋根の上から救ってやった命の恩人は自分の筈なのだが、黒猫は少しだけスクアーロを警戒している。特に、左手が生身で無い事が解るのか、スクアーロが左手で何かをしてやろうとすると身構える。動物の勘というのは侮れない。
「私ね、猫、好きなの」
 そんな猫とスクアーロの様子を見守っていたクロームが、ぽつりと独り言の様に呟いたので、何気なく少女を見遣ると、霧の片割れはスクアーロに向かって柔らかく微笑んだ。
「身体の中身を失くした時も…車の、事故だったんだけど…猫が轢かれそうになって…それで」
 少女には臓器の一部が無い。それを六道骸が幻術で補填している。その事情は知って居たが、それに至る詳しい経緯を聴いたのは初めてだ。
「…トラウマとかにならねーかァ?普通」
 その猫を助けようとして生死の境を彷徨ったのなら。深く考えずに言った言葉だったが、すぐに言葉を返される。
「それを言うなら、貴方だって、匣の子は鮫じゃない」
「いや、オレと一緒にすんな」
 あれ位の事で、自分にトラウマとして残る訳が無い。大体、雨戦の時のアレはご丁寧に運び込まれた生物だったが、アーロは兵器であって生き物では無いのだ。
「一緒よ。罪は無いもの」
 その、凛とした揺るぎ無い声の中に、強さを視た。
 小さくて細くて頼りなげに見えるが、山本と一つしか年は変わらない筈だ。いつまで経っても十代の少女と見紛うばかりの外見だが、もう二十歳を超えている。十年も六道骸に付き従い、霧の守護者として仕事をし、マーモンに幻術の教えを請う為にヴァリアーを訪ねて来た事もあった。
「罪、か」
 確かに、打算的な思考で動く事の多い人間とは違い、彼女に助けられた猫にも、己を喰らおうとした鮫にも罪は無い。自身の方がよっぽど罪と言う名の返り血を浴び続けて赤黒く汚れている。
「私も……多分、雨の人も、ちゃんと解ってて手を延ばしたのよ」
 其れを見透かす様にクロームは言った。彼女は六道骸に、山本武はスクアーロに。同じ色の炎を宿す手を求め、一度入れば抜け出す事は不可能な深みへと、身を投じてまで。
 それは、友人の為、命の恩人の為、そして何より、大切にしたいと望んだ人間の為。
「……理由は?」
「好きになったから、じゃ駄目なのかしら」


 あまりに呆気なくそう断言するものだから、スクアーロは言い返す事はせず、テーブルの上で尻尾を遊ばせる猫の背中を右手でそっと撫でた。
 お茶を飲んだ後、スクアーロがダイニングで簡単な書類を整理している間、霧の片割れは夕方近くまで飽きずに猫と戯れ、「名前、決まったら教えてね」と言って帰っていた。
 猫は散々構われて満足したのか、陽の当たるソファの上で眠っている。キャットフードの買い置きは大量にある割に食料が乏しかったので、スクアーロは一度買い物に出た。適当に食べる物と酒を買い込み、その後日付が変わる頃に帰って来た山本を、何か作ってやるから風呂入って来いとバスルームへ追いやって、軽い食事の用意を始める。


 十五分程でバスルームから出た山本が、部屋着に着替えて髪を乾かしながらリビングへと戻って来て、おもむろに両手で猫を抱き上げると今朝までは無かった首輪に気付いたのか、しげしげと眺めながら言った。
「お、良いの貰ったんだなー」
「…シベリア産のアクアマリンらしいぜェ。本物なら、手っ取り早く金が要る時は、売り払えば良い値段になる筈だ」
「…駆け落ちする時とか?」
「阿呆かぁ!」
 思わずそう言ってしまってから、その駆け落ちの相手が自分であると無意識に仮定していた事に内心で狼狽えた。もし本当にそんな事になった時、山本が望む相手は自分で間違いないのだろうけれど。
「……まだ名前は無いのか、だとよ」
 誤摩化す様に言えば、山本はソファに寝転がった体制で猫を胸の上に置いて頭を撫で、思い出した、という様に疑問を返して来た。
「あーそう言えば付けてなかったな……なんか、ある?」
「どうでも良い。好きにしろォ」
 生き物を飼う、とか、名前を付けて可愛がる、という事に己は向いていない。スクアーロの適当な返答に、案を出してくれる気は無いと悟ったのか、山本は少し考えてから口を開いた。
「じゃあ……ユイ、とか」
「唯?」
 最初に漢字が思い浮かんだので日本語で発音すると、それは違うと否定される。
「じゃなくて、中国語で」
 中国語でユイ、意味は雨だ。
「二文字で呼びやすいし、雨の日に拾って来たんだし。な、ユイ」
 そう言って山本が呼びかければ、解っているのかいないのか黒い猫はにゃあと小さく鳴いた。


 確かに好きにしろとは言ったけれど。
 雨、か。


 雨の炎を持ち、雨のリングを掛けて戦い、そう言えば山本が初めて人を殺した日も雨であったし、確か初めて山本とキスをしたのも、セックスをしたのも雨の日だった、気がする。果たして偶然か必然か。
 しかしよくよく考えてみれば、雨の日はいつもより少しだけ山本が近くなる気がするのは確かだ。それは単純に物理的な距離という意味ではなく、もう少し精神的な意味で。
 だから、初めて山本に抱かれた日が雨だったのは、ごく自然な事だったのかもしれない。
 そこまで考えてスクアーロは我に返った。山本と自分の間を繋ぐ要因の様な、原因の様な、そのものの名前を付けられる猫が哀れだろうと思ったからだ。けれどもまぁ、「猫」なのに「鮫」などという名前を付けられるよりマシかと思い直す。『今、何かあったら俺、あいつにスクアーロって名前付けちまいそうだからさ』厳戒態勢の本部の廊下でそう言われたのはついこの間の事だ。
 こうして山本が本部の外へ持つこの部屋で、何気ない日常の一日を一緒に過ごせる事は、決して簡単では無いのだったと胸に刻む。此れは、いつ終わるともしれない、いつ壊れるともしれない、ごく普通の日常。
「……じゃあそれで決まりだ。オラ、さっさとメシ食え。冷めちまう」
「お、サンキュ!……また後で遊んでやるからな」
 意味など通じないだろうに、ユイと名付けられた猫に向かって告げ、山本はリビングのソファを立って、カウンター越しに置かれたテーブルへと着いた。
 レトルトのクリームソースを使っただけのパスタと、適当に切ったトマトとモッツァレラのカプレーゼ、それによく冷えたペローニをグラスに注ぎ、トレイに乗せテーブルの上へ置いた瞬間、横から手が伸びて来たと思ったら腰に回り、山本の膝の上へと少々強引に座らせられる格好になる。
「う゛ぉい!何だァ!」
「…あいつに、"スクアーロ"って名前付けなくて済んで良かったなーって」


 其処で。ああ、同じ事を思っていたのか。なんて。
「………」
 膝の上に座った状態では、普段とは違い、少し上から山本の顔を見下ろす事になる。
「…スクアーロ」
 黙り込んだ自分に、少しだけ苦笑する様な、痛みを我慢する様な表情で名前を囁かる。山本の片手が髪を梳き、そのまま軽く引っ張られて唇を奪われた。




 本当に、自分と同じ名前を付けられる事がなくて良かったと思う。
 心臓を丸ごと鷲掴みにされるような、低く掠れた声で、他の何かを呼んで欲しくは無いから。





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猫の名前も決まったので取り敢えず一段落。








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