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(シンジャ)


この国では、禁酒、禁欲ですよ。
天使の笑みを浮かべるジャーファルにそう言われてかれこれ10日…あれ、20日だったっけ?
まぁ、とにかく…うん。
王様、限界です。

「遠征、ごくろうさまでした」
「王よ、おかえりなさいませ」
「王よ」
「王よ」

どれぐらい限界か具体的に述べるとすれば、
出迎えてくれる皆の顔が酒樽に見えるくらいだ。
遠征先の国は国の宗教的な問題として酒を飲まない国だった。飲んで人が変わったりすることをたいそう嫌う国で、まぁ記憶が無くなるのが通常運転の俺にとって反論の余地はない状態だったわけだけども。
遠征に向かう船の中で何度帰りたくなったことか…
その国は聞けば酒以外にも道楽の一切を禁止しているらしく(最初は冗談かと思った)女性も一人を生涯で愛しぬくこと、水タバコも禁止、お触り禁止、祭事にいたっても大盛り上がり禁止という何を楽しみにして生きていくのか俺にとっては摩訶不思議な場所らしい。
つらつらと平気な顔でそれを言ってのけるジャーファルをお供に連れて来たのは本当に失敗だったと思う。
ちなみに男同士は死罪らしい。

国事としては滞りなく、王様としては適度な威厳と親しみやすさを込めて接し、夜になれば質素ながらにもてなしの心を感じる食事を食べ、そして寝る。文字通り布団に入り、寝る。そして日の出と共に起きて、神に祈る。
修行僧のような規則正しすぎる生活をしばらく続けて、そうしてようやく話もまとまりが付いて帰る頃、ジャーファルに言われた言葉は

「あんた、老けたな」

…うん。
大広間を歩く両脇で「威厳がおありになる」「また一層表情も逞しい」などと声が聞こえるけれども、王様の頭の中にはお酒とその他もろもろのシンドリアの楽しい懐かしい思い出で一杯です。
ジャーファルの事なんか考えすぎて、走馬灯のように一瞬で出会った頃から今までを思い出せるようになってしまった。
「ちょっと、ちゃんとしてくださいよ」
もちろんどんなに思い出そうとも、隣で注意するジャーファルに遠征中は一切触れられなかったわけで、
「はははははは」
早くこの細い腰を抱きたくて仕方がないのだ。
「あー…」
たまらず腰に手を伸ばそうとすれば、それをいち早く察知して軽く叩かれた。
「シン、しゃんとなさい」
母のような口ぶりに思わず苦笑するけれど俺の心はいたって普通に傷つき、もう少しで泣きそうだ。
皆が酒樽に見えるという話はもちろん冗談。
無事に戻ってこられて、みんなの顔を見て安心したからこそ思える事だってある。
悔しいけれど、禁酒よりも、女性と遊ぶことよりも、遠征中にふと寂しくなってどうしようもなく抑えきれなくなっていた理由は一つだけだ。
ジャーファルに触れたい。
お酒なんて二の次だ。

隣を歩くジャーファルの澄ました表情一つで欲情し始める自分も大概だと思う。
自分だけがジャーファルをすごくすごく好きなような気がするが、それで落ち込むほど女々しくはない。
逆にこんなに愛してて何が悪い!と開き直ってしまうくらいだ。
でも…こんなに頑張ったんだから少しぐらいジャーファルから何かしらあってもいいんじゃないかって思ってしまったり。
やっぱり考え方が女々しいな。

一人で葛藤していると、いつの間にか大広間を抜けていた。
目の前には数人の兵と、隣には相変らず澄ましているジャーファルだけ。
ジャーファルは可愛いなぁ。
そう思っていたら、小さく裾を引かれた。

「シン、よく頑張りましたね」
その言葉が一体どこに掛かるのか、そんな小さなことなんてどうでも良い。俺はジャーファルに飛びついた。
「ジャーファルっ!!」
「調子のんな!」

何事かと振り返った兵が苦笑しながら見ているのも気にならない。


こうして俺はようやくジャーファルの頬にキスをすることが出来たのである。





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