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「う゛ー…」


自分の唸り声で目が覚めた。
重い目蓋を持ちあげれば、すでに日は昇りきっているようで。カーテンの隙間から覗く光が目に染みる。


「目が覚めたかね」


その光を遮るように頭上に影がおちて、眩しさに再び閉じかけた目をあげれば。新緑の色をした瞳が気遣わしげにニールを映していた。

昨夜ニールと同じ…いや、恐らくそれ以上の酒量を摂取したとは思えないほど明瞭な声。すっきりとした表情に、釈然としないものを抱きつつも、差し出された冷や水をありがたく受け取る。


「起きれるかね?」
「ああ…わりぃ…」


自分でも驚くほど掠れた声で答え。気だるさが残る身体を無理やり起こす。
その拍子に腰が鈍い痛みを訴え。またどこかで打ちつけでもしたのだろうか、と。不甲斐なさに歯噛みした。

すっかり慣れたとはいえ、二日酔いの辛さは変わらない。
それでもついつい飲みすぎてしまうのは、目の前のこの男…グラハムが相手だからだ。

ニールは酒は強い方で、他の人の前で酔っぱらうことはまずない。
ある一定の量を超せば記憶をなくすようだが、他の人の方がニールより弱いので、その一定を超えるほど飲む前に相手が潰れるのだ。
集団で飲んでいる時も、仲間がハメ外しすぎないよう気を遣ったり、潰れた仲間を介抱したりする役回りになるので、ニール自身がハメを外して飲みすぎるということもない。

記憶をなくすなどの失態を犯したのは、酒に飲みなれていなかった最初の頃の数回ほどだ。
だったのだが、グラハムはニール以上に酒に強く。そのペースにあわせて飲んでいると、ついついその一定の量を超えてしまう。
グラハムとは意外にも気があい、会話も楽しいということもあるのだが。グラハム自身がしっかりしていることもあって、ニールが気を遣わずに飲める希少な人間であるからだ。

しかも、ニールの困った酒癖に理解があるのも、気を許してしまう要因だった。

記憶はないので実感はないのだが、どうやらニールは一定の量を超えると迫り癖がでてしまうらしいのだ。
相手が女だろうと男だろうと関係なく。目の前の相手に迫ってしまうらしい。
重ねて記憶がないので、どんな風に迫っているのかニール自身にも判らないのだが、最初の頃に一緒に飲んでいた仲間たちに「お前はもう酒は飲むな!」と心底心配されたのを思い浮かべるに、結構性質が悪いのかもしれない。

そういう酒癖があるという自覚もあって、余所ではそうとう気を遣って飲んでいたのだが、グラハムのベビーフェイスに騙されてうっかり飲み過ごしてしまったのが始まりだった。

初めの日。記憶を飛ばして目が覚めたニールは、表面上は何でもない風を装っていたが、そうとう焦っていた。
グラハムにはニールの酒癖について何も知らせてはいなかったのだ。
いきなり男に迫られて、かなり困らせてしまったに違いない。
気持ち悪がられて嫌悪されるのではないか、と。
できれば醜態の全てをグラハムの記憶からも抹消して欲しかった。

しかし、最初は戸惑っていたグラハムだったが、ニールが心配するような嫌悪はみられなかった。
何度もくどいほど「本当に記憶がないのか?」と訊かれた以外は、特にニールを責めることもなく。それどころかまた一緒に飲もうと誘ってくれさえした。

最初は社交辞令だろうと思っていたのだが、次の週末に「珍しい酒が手に入ったから」とグラハムの方から誘ってきて。それ以来ほとんどの週末をグラハムの家で朝を迎えるようになってしまった。
迷惑だろうと思うのだが、グラハムに家族はなく。一人で過ごすのも味気ないから、などと言われると断るのも躊躇われ。何よりニール自身も楽しいこともあって、ついつい甘えてしまっている。
二日酔いに身体はきついが、グラハムと飲んだ後は、何故か心は満たされるのだ。

ニールも家族を事故で失っており、唯一残された家族である双子の弟は、ニールを避けている。
性分ゆえに甘えるのが上手くないニールは、自覚はないが寂しいのかもしれない。

そんなニールにとって、酒癖を迷惑がらず、ありのままのニールを受け入れてくれるグラハムは貴重で。今では一番気を許せる相手となっていた。


「あー…いつもありがとうな、グラハム」


酔いつぶれた後に運んでくれたのだろう。
占領していたグラハムのベッドから起き上がり。ニールはすっかりお決まりになったセリフを今日も呟く。

今では脱ぎ癖までついてしまったのか、上は肌蹴かけたシャツと下はパンツしか履いていない己の格好に、頭痛がひどくなりそうだった。
素肌にはあちこちに打ち身のような痣はあるし、腰が重だるい。
酔って暴れてでもいるんじゃないか、と少々不安になってくる。


「いつも言っているだろう。気にすることはない。それより顔を洗ってきたまえ」


グラハムもいつものように爽やかな笑みで答え、ニールが飲み干したグラスをさりげなく奪う。
甲斐甲斐しく世話を焼かれることに慣れていないニールは、グラハムの気遣いに面映くなり、逃げるように洗面所へと向かった。

途中で通るキッチンから、ニールのために淹れられたであろう、ミルクと紅茶の香りを嗅ぎ取って頬を緩ませた。







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