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子デンオ:一種類のみ



『ストロベリーシンドローム』

唐突だけど。
俺はオーバとイチゴはとてもよく似ていると思う。
まず、色。
アイツのド派手な髪の色もそうだが、あいつ自身のイメージカラーもイチゴと同じで燃えるように鮮やかで艶やかな赤だ。
それにアイツは体温が高いのか、ほっぺたもいつもほんのりと上気している。
次に、形。
オーバは髪型もだけれど、全体的に丸っこい。
別に太っているというわけじゃなくて、年齢的な問題から丸みを帯びた体つきをしているというだけの話だ。
無論、俺の方もまだ大人に比べれば丸っこいが、それでもオーバの方が全体的に丸々としてぷくぷくしてて肉も柔らかい。
前述のようにオーバは色もイチゴと同じもんだから余計に似て見えるのだ。
赤くて、丸っこくて、それで――

「どうした、デンジ?お前、ケーキ嫌いだったか?」

ショートケーキの上に鎮座する真っ赤に熟れたイチゴをしげしてと見ていた俺に、マスターが声を掛けた。
その問いかけに俺はハッと我に返り、顔を上げてマスターへと目を向ける。
室内だというのに決して外す事のないマスターのサングラスに、口を半開きにして驚いた表情をした自分が映っていた。

「え、あ、べ、別にそんな事無いぜ。ちょっとぼうっとしててさ」

慌てて繕いながらフォークを手に取り、イチゴのショートケーキに視線を落とす。
マスターの方は俺が何を考えていたかなど知る由もないので、俺の表情の理由が分からず、疑問符を浮かべながらも、短く「そうか」と答えるだけで深くは突っ込まなかった。
現在時刻午後三時。
オーバとマスターの喫茶店で待ち合わせてから遊びに行こうという事になっていたのだが、肝心のオーバの方がまだ来ていなかった。
別段、待ち合わせ時間をきっちり決めていた訳じゃないし、多少前後するのは常だから、俺の方が早く喫茶店に着いた事に関して文句を言うつもりは無い。
問題は寧ろ、オーバがいないのにアイツに似ているモノを見つけてはアイツの事を考えているという事実だ。
マスターが待ってる間に食えと出してくれたおやつのショートケーキに乗っていたイチゴを見てオーバの事を思い出すなんて、重症だとしか言いようが無い。
しかも一度意識しだしたら、イチゴがどんどんオーバに見えてきて何だか食べづらくなってしまった。
イチゴは一番最後にしよう。
俺は一旦イチゴをケーキの脇に避け、白い生クリームとふかふかのスポンジにフォークを突き刺した。

「デンジ。オレはちょっとバックの方に行くから、客が来たら呼んでくれ」
「んー、分かった」

マスターの店は基本的にいつも閑古鳥が鳴いている。
今だって店内にいるのは客ですらない俺一人だ。
開店してまだそんなに経ってないから、あまり周囲に知られてないのが原因らしい。
マスターは機械いじりが上手いんだし、いっそ店の外装をイルミネーションで飾って目立つようにすれば良いのに。
そうしたら三百六十五日クリスマスみたいで、イベント好きで派手好きなオーバは喜ぶだろう。
俺としてもマスターと機械いじりをするのは好きなので、マスターがそうするというなら手伝う気はあるのだが、マスター曰く「質素なのが良い」らしく、今日も喫茶店内はがらんとしてる。
マスターが裏に引っ込むと、必然的に会話する相手もいなくなり、俺はケーキに再度意識を向けた。
子供向けに砂糖をただ放り込んだだけのような味を想像したのだけれど、クリームは甘さが控えめでイチゴの酸味が程よく味を引き立てている。
甘い物が少し苦手な俺としてはとても美味いと感じるが、オーバはどうだろうか。
マスターの事だから俺の分だけ用意してるなんて事はないだろうし、かといって俺とオーバと態々別々のモノを買ってきているとも思えない。
オーバは俺と違ってお子様だからな。
コーヒーは牛乳と砂糖をたっぷり入れなきゃ飲めないし、未だにビッグマックも食べれないような奴だ。
まだまだ子供なオーバには少し物足りない味かもしれない。
そう、オーバはまだお子様なのだ。
頭の中にある事といったらポケモンの事や自転車の事とかばっかりで、能天気な作りをしてるオーバにはきっと俺の心の中なんて分かるまい。
まるで白い生クリームの上に載ったイチゴみたいに、アイツの存在が俺の心の中で激しく自己主張しているなんてこと、アイツは知る由も無い。

「マスター!遊び来たぜー!」

それを証明するかのように、オーバはアホ面とヒコザルを引っ提げてやって来た。
マスターの店は木製なのだからヒコザルはボールの中に入れとけって何度言えば分かるのだろうか、コイツは。

「オーバ、ヒコザルはボールに入れとけよ」
「あ、わりぃわりぃ」

まるで悪びれてないような笑みを浮かべ、オーバは慌ててポケットからボールを取り出した。
ヒコザルをボールに入れたオーバは、大方マスターを探しているのだろう、きょろきょろと店内を見渡しながらカウンター席に座ってる俺の隣に腰を下ろす。

「マスターは裏の方にいるぜ」
「そっか。あ、ケーキだ!」

色気より食い気とはこの事だろうか。
オーバを前に、僅かとはいえドキドキしてる俺とは対照的に、アイツは目敏く俺が食っているケーキを見つけて自分の分はあるのかと聞いてくる。

「マスターに聞いて来いよ、お前のもあると思うぜ」
「分かった、聞いてくる」
「おう」

マスターに会いに行くために尻を浮かしかけたオーバの視線が、俺の皿に注がれている。
何だ、と俺が問うよりも早く、オーバの深爪気味の指がにゅっと伸びてきた。

「お前イチゴ嫌いなんだな。オレが代わりに食ってやるよ!」
「あ……!」

そういう訳じゃないと、止める暇も無かった。
オーバの短い指が俺の赤いイチゴを掴み、そのでかい口の中に放り込んでしまった。
その、まるで初めから自分のものだったかのような食いっぷりの豪快さに見とれて、言葉を失ってしまう。
もぐもぐとオーバの穏やかな曲線を描く頬が咀嚼にあわせて動くのをしばらく呆然とした心持で見つめてから、俺はやっと口を開いた。

「おまっ……!勝手に食うなよ!最後に取っといたんだよ!」

ショートケーキの、よりによってイチゴを取るだなんて、何を考えてるんだ、コイツは。
イチゴの無いショートケーキなんて、サングラスを掛けてないマスターみたいなもんだ。
平々凡々に考えてケーキのイチゴを食べない奴なんていない、少なくとも俺は知らない。

「え!?わ、悪い……オレ、てっきりお前イチゴ嫌いなのかと……」

だが、俺の予想とは裏腹に、オーバは本気で俺がイチゴを嫌いで残していると思っていたらしい。
眉間をきゅっと寄せて、困惑した表情を浮かべるオーバ。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思っていなかった。
少し考えれば分かりそうなものなのに。
まぁ、でもオーバだし。
アフロをあけたら中から空っぽのモンスターボールが出てきそうな奴だし、仕方無い事なのかもしれない。
オーバのバツの悪い顔を見ていたら、段々と腹の虫も静まってきて、怒りの矛先を収めかけた時、俺ははたととある事実に気がついた。
コイツは馬鹿だ、アホだ、可愛く言ってアンポンタンだ。
という事は、だ。
オーバは俺の気持ちに気付かない可能性が高いのではないだろうか。
イチゴを残していた理由も察せられないほど抜けてるオーバの事だ、気付かない可能性は十分ある。
そんなのはあんまりだ。
いつもファストフードの店の前を通る度にオーバを思い出してる俺の立場は一体どうなる。
俺ばっかりオーバの事を考えていて、オーバの方はそんな事を露も知らないなんて。
そう考えると、胸の奥がジリジリと焦がれた。
嫌だ、俺ばっかりオーバの事を考えているなんて。
オーバにだってもっと俺の事を意識させたいし、してほしい。
だったら、行動あるのみだ。
欲しいモノは手を伸ばさないと掴めない。

「オーバ」

「だって、お前、甘いの嫌いって言ってたし」とごにょごにょと歯切れ悪く言い訳を続けているオーバの襟首を、俺は鷲掴みにした。

「で、デンジ、悪かったよ、俺の分やるか……」
「イチゴ、返せよ」
「え?」

やっぱり、オーバとイチゴは似ていると思う。
赤くて、丸くて、それで――

「んっ……」

甘酸っぱい味がする。




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