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僕には昔の記憶がある。
100年の刻を経て甦った僕の前に現れたのは、ひとりの小さな女の子だった。


「千鶴」


昔も今も変わらずに、僕の傍に。










かつて鬼と呼ばれていた一族の血は、現代にも脈々と受け継がれている。
その中でも特に強い力を持った女はやはり貴重とされ、一族の中でひっそり護られるように隔離され幽閉されていた。
そしてそれが『彼女』だった。

生まれたばかりの無垢な赤子は、父親の腕も母親の声も知らないまま僕の前へやってきた。
泣きもしないで、大きな瞳を僕に向ける。
ただいとおしかった。
逢いたかった。
残酷なまでに、彼女という幸せを僕は知った。

その日から、僕は千鶴と供にいる。



++++++++++



私立小学校に通う千鶴のお迎えが僕の午後の仕事だった。
黒塗りの高級車をきちんと点検して、傷も汚れもなく鈍く輝くのを確認して余裕を持って邸を出る。
レンガ作りの学校と呼ぶには少し物々しい建物の目の前に車を横付けすると僕は運転席を降りた。
間もなく終業のチャイム。


「そうじさん!」
「おかえり、千鶴」


僕の腰にも満たない小さな体で大きな指定カバンを背負った千鶴が一番に校門を飛び出してくる。
そのまま足に抱きついてくる千鶴を抱き上げた。
制服と揃いの紺のベレー帽が地面に落ちるのを片手で阻止して千鶴の頭に乗せる。


「ただいま」
「楽しかった?ちゃんとみんなと仲良くできた?」
「はい!ちゃんと仲良くできました」
「そう、偉かったね。じゃあ帰ろうか」
「はい」


にっこり笑う千鶴の頬についた砂埃を指で拭うと後部座席に座らせる。
シートベルトを締めて扉を閉じようとすると

「そうじさん」

千鶴が僕を呼んだ。
身を屈めて中を覗き込む。
「ん?」
「…あの、えと……」

口籠もる千鶴に僕はああ、となんとなくその理由を察して口元を緩めた。
額にかかる艶やかな前髪をかきわけるとその白く丸い額に唇を当てる。
千鶴のただでさえ赤い頬にさらに朱が走った。

「外でお帰りのキスは恥ずかしいって千鶴が言ったから、しなかったのに」
「ち、ちがっ、そ、それが言いたかったんじゃないのにっ」
「あれ、違うの?僕はてっきり」


羞恥心を覚えはじめた千鶴をからかうのが最近の僕の楽しみになっていた。
幼い千鶴にはここまでが限度だけれど。


「い…いつも迎えに来てくれて、ありがとうって言おうとおもったの!」


ああ、可愛い。
もうどうしよう。


「……どういたしまして」

小さい頭を何度か撫でると、千鶴は満足そうに笑った。
早く大人になればいいといつも思うけど、このまま成長しなくてもいいんじゃないかとたまに思う。
要は、どんな千鶴でも僕は愛さずにいられないってこと。


「じゃあ、帰ろうね」
「はい」












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