きよむねと元就公のお話




右を見れば我が物顔で座布団で丸くなっていた三毛猫が一匹、にゃあと腑抜けた声を上げながら欠伸をしていた。左を見れば縁側では柔らかな陽光を浴びて眠る黒猫が一匹。庭へと目を向ければまだ小さな白い子猫が蝶を追いかけ跳ね回っている。

元就公のお屋敷にはどういう訳か猫が数匹住み着いているらしい。
視線を巡らせれば積み上った書物の上でも茶色の虎猫が眠っているのを見つけ、俺は苦笑した。数えたらきっときりの無い程ここには猫が住み着いているのかもしれない。


「まるで猫屋敷ですね」


猫達が屋敷内で好き勝手していてもお構い無し、今も膝の上に灰色の猫を乗せたまま茶を啜っている家主へと俺は率直な感想を告げた。


「そうだねぇ…。最初は追い払ったりもしていたけど…どうやらこの子達は相当ここがお気に入りらしくてね。いつの間にかこの有様だよ。まあ、私は隠居の寂しい身空だし、なんだかんだでこの子達は可愛いし…最近ではこういうのも悪くないかな、なんて思っているよ」


膝の上に大人しく座る猫の頭を撫でながら、もう片方の手では自分の頬を掻いて。全然困った、という様子を見せず(というか実際困ってなんかいないんだろう)元就公は笑うのだ。


「寂しい身空、って言う割には元就公の所には人が集まってるじゃないですか。息子さんやお孫さんとか、うちの軍師どもとか、それに…」


ちらり、と視線を遣った先。調度元就公のすぐ傍でごろりと横になっている人間がいた。勝手知ったる他人の家とはまさにこの事だろう。完全に我が家の様に寛いだそいつ。


「そこで呑気に寝てやがる宗茂は、相当入り浸ってるみたいですしね」


すぅすぅと健やかな寝息なんかたてやがって。数匹の猫に囲まれて眠っているその姿はなんだかでかい猫のように見えた。
元就公のお屋敷にちょくちょく訪ねてはこうやって勝手気ままに過ごしているのだと聞いた時には眩暈がしたものだ。元就公は全然気にしないよ、と笑って言って下さるからいいものを、とその背中を軽く睨んだ。


「宗茂が来るのは遠方から息子や孫が来るような気持ちになるから、私としては嬉しいんだよ。だから君もそんなに怖い顔しない」

「…元就公は本当に宗茂に甘いですね」


思わず溜息をついてしまう程に、元就公の言葉は大らかだ。悪い言葉で言ってしまえば完全に親馬鹿、祖父馬鹿である。きっとこの大らかさが屋敷に寄り付く猫が増え続ける理由なんだろうな、と妙に納得してしまった。


「だって宗茂は可愛いからね」


そう朗らかに言いながら、傍に寝転ぶ宗茂の髪を撫でて元就公は笑う。自らを撫でる手を奪われた事が不満だったのか元就公の膝の上に居た猫がにゃあ、と鳴いた。
元就にかかれば膝の上に乗せた猫も、傍で寝転がる大男も同等の生き物なのかもしれない。
撫でる手に気付いたのか、宗茂が小さく呻いた。起きたのかと思ったが、むにゃむにゃと何かを呟くばかりで、まだ宗茂は夢の中なのだと解る。その時、元就公が何かに気付いたような顔をして


「清正、ちょっとおいで。良いものが見れるよ」


と手招きをされたから、足音を忍ばせて元就公の傍へと行く。そうして促されるままに宗茂の寝顔を覗き込んで驚いた。
一緒に寝た事は数えきれない程にあるから宗茂の寝顔なんて別段珍しいものではない。だが、今の宗茂の寝顔には柔らかな笑みが浮かんでいたのだ。大口開けて寝てる姿や、酷い時には涎を垂らしながら寝てる姿は良く見るがこんな顔は今までに見た事が無い。


「うちの息子や孫達もこうやって眠っている時に頭を撫でてあげるとこういう表情をしてたから、なんだか懐かしくなってしまうね」


今じゃ息子も孫も大きくなってしまってこんな事させてくれないからなあ、とぼやく元就公の台詞にいや、こいつもそういう意味では年齢的にも肉体的にも充分過ぎる位に大きいです、と心の中で突っ込みをいれて。だが視線だけは宗茂の寝顔に釘付けだった。
安心しきって眠っているのか、ふわりとした柔らかな表情。きっと元就公の傍で眠っている時にのみしか見れないであろうそれをしっかりと脳裏に焼き付けておく。悲しい話だが、俺の力ではこんなに可愛い宗茂は見れないから元就公様々だ。

それにしても、本当に黙っていれば宗茂の顔立ちは綺麗なものだと改めて関心していると宗茂の口元がまたもごもごと動きはじめる。また何か寝言でも言うのか、と注視している先、先程よりも見惚れるような笑顔が浮かんだ。


「……ちちうえ」


そして甘えるような声で呟いた言葉。その響きには何時もの小憎たらしさは微塵もなく、ただただ純粋な幼子のようで。



「元就公…これ、なんかもう俺の知らない生き物です…」



驚愕、だった。俺の頭は最高潮に混乱し、何時もの宗茂と今目の前にいる生き物が同じものなのだと認識するのを脳が拒んでいた。しかし目の前の生き物は恐ろしい程に可愛い笑顔を浮かべていて、矛盾しているがどうだ、俺の恋人は可愛いだろうと盗んだ軍馬で走り出しながら叫びたい気にもなる。今なら空も飛べる気がした。いや、飛べる訳も無いが、気分と思考回路は遥か上空を既に飛んでいる。
いよいよ頭の中は混沌状態になり、気付けば俺は…宗茂の傍に座り、食い入るようにその寝顔を見つめていた。



「知らない生き物って…そんなに宗茂は君の前では可愛くないのかい?」

「…稀に、本当にごく稀に可愛い事はありますけど…これとは違う系統の可愛いさしか感じた事はないですよ」

「そうなのか…うーん、私は宗茂のこういう可愛さばかり見ている気がするけど…」

「…………羨ましいです、元就公」



心底本当に羨ましい。いつもこれだけ可愛いければもしも城が欲しいな、と言われればほいほい1つや2つ位建ててやるのに。はあ、と項垂れて溜息ついたところでまた宗茂が唸って、今度こそ伏せられていた瞳が開いた。


「…ん…?おはよう清正…何で項垂れているんだ?…あ、おはようございます元就公」


宗茂の頭を撫でていた元就公の手はいつの間にか引っ込められていて、(後から元就公から聞いた話だが、宗茂は元就公に息子のように扱われるのは喜ぶが、子供扱いをすると拗ねるから腕を引っ込めたらしい)宗茂は欠伸をして、軽く伸びをすると俺達が何をしていたのか解らずに首を傾げている。
そしてその周りでは寛いでいた猫達も居心地が悪くなったのか起き上がり伸びをしたり欠伸をしたりしていた。

猫と宗茂の仕草があまりにも似通っていて、俺と元就公は顔を見合わせると吹き出す。

状況が理解出来ない宗茂はいよいよ気分を害したらしい。


「俺が寝てる間、何があったんだ?」


と傍に居た猫の頭を撫でながら問い掛けている。そして撫でられた猫は問いには当然ながら答えずにゃあ、と鳴いて頭を宗茂の手に擦り付けるだけで。

その一連の動作に俺達はまた笑って、宗茂は面白くなさそうに猫を撫でるのだった。






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