ふとした瞬間に、とん、と触れる腕の感触。
それはいつも己の右側にあって、それを煩わしいと思わないのは右隣に居るのがお前だからだ。


「あぁ、悪い」


ぶっきらぼうとしか思えない謝罪。
その横顔はいつも通り気難しげで、顰めた面は世の中に何の楽しみもなさそうな強面だった。
いや、と一つ答えて、前を向き直す。
夕焼けに染まった路地の先を見ると、家路につくのだろう、子供達がきゃあきゃあと声をあげて楽しそうに駆けてきた。


「しょーこーのおにーさんさよーならーっ!」

「あぁ、さようなら」


満面の笑みを浮かべ、駆けてきた少女が声をあげる。
手を挙げてそれに応えれば、夕焼けに赤らんだ頬が少しその濃度を増した気がした。


「モクモクのおじちゃんもばいばいっ!」

「っ……んん」


共に連れ立っていた少年の喚声に、つい吹き出してしまいそうになってどうにか堪える。
咳払いに紛れた笑みは、けれども隣の男には完全に察されているのだろう。
気難しかった顔が益々酷くなり、夕焼けに相俟って恐ろしい事になっている。
いやでもモクモクと呼ばれているとか、自分よりも年下なのにおじちゃんだとか、反則だろうそれは。
言い訳がましい事を考えながらも口にしないのは、まだ隣の男がこみ上げた笑みを咎めていないからだ。
咎められる前から言い訳だなんて自白に近しい行為はしたくない。
そんな下手を打つとも思っていないのか、けれどわざわざ咎めるのも面倒だったのか、とん、と不服を唱えるように腕がまたぶつけられた。
その感触が、どうにもこそばゆく、そしてその意図する所を自分は知っている。


「スモーカー」


口にした呼びかけは、間違いようもなく男の耳に届いたらしい。
無言で寄越された視線が先を促して、いよいよ抑えきれない笑みが唇を彩るのが解った。


「ん」

「……あぁ?」

「だから、手」


差し出した手のひらを胡乱げに見下ろしてくる男に、端的な言葉を返す。
するとそれきり黙り込んだ男が、口に銜えた葉巻を一度指に挟み、わざとらしく煙を吐き出してみせた。
その横顔はいつも通り気難しげで、顰めた面は世の中に何の楽しみもなさそうな強面。
けれど自分には、それが照れ隠しだと解っていた。


「見た限り、人は居なさそうだぞ?」

「……男二人揃って手なんぞ繋げるか」

「良いじゃないか、恋人なんだから」


ほら、と。
尚も手を差し出す。というよりは、突きつける、というべきか。
夕焼けに染まる島の道は、賑やかな子供達が居なくなっただけで静けさばかりが取り残される。
他に人影はなく、また振り返ってみてもとうに子供達は居なくなっていた。
あとは自分達の家に帰るだけ、とはいえ男の家は自分の家とはほぼ真逆に位置しているのだが。


「…馬鹿言ってんじゃねぇよ」

「あ、スモーカー」


振り切るようにして歩き出した男の後を追いかける。
恥ずかしいなら恥ずかしいと、素直にそう言えばいいのに。
訴えるように何度も腕を当ててきたのは、お前が先だろうに。
思いながらも、それを口にすれば収拾がつかなくなると解っていたから、言いはしないまま後を追って隣に追いつく。
大体、護衛も兼ねた送迎であるというのに対象を置いていくとはどういう事だ。
けれどそんな、変な所が堅物で、意固地で、素直じゃない男が、表現としては不適切かもしれないが可愛くて仕方ない。


「……おい」

「ん」

「……何でもねぇ」


とん、と。
また腕がぶつかったかと思ったら。

今度は手のひらごと浚われて。


気難しい横顔が、夕焼け以外の何かに染まるのが見えた。


















上官部下で年上年下設定が最近ドツボ過ぎる
お次は番長!






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