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『衣手』(シンキラ?)
By 柳
2008-01-22 15:34:01
 その日は真達の家に泊まった。

 翌日,すっかり具合がよくなったらしい麗にほっとする。まだ油断は出来ないから寝ているように言ったが,こんなじめじめした所でじっとしているのはむしろ体に悪いと告げられ,苦笑する。確かに,此処まで回復した後は日に当たって殺菌消毒した方がよさそうだ。

「そうだ,丁度いいから綺羅も行かない?」

 意気揚々と腕に絡み付く真を好きなようにさせたまま,首を傾げる。すると真は,知らないの?と身を乗り出してきた。
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2009-09-09 18:46:23
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2009-09-09 18:47:30
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2009-09-09 18:47:58









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By 柳
2009-09-09 18:52:08
何だか先が見えないね。
ねぇ,昔話をしようか?
今に繋がる昔のお話。
別に聞かなくてもいいんだよ。別に,何も変わらないんだから……。







『ムカシバナシ』



















……俺がどうにかなるとでも思うのか?お前が?

ソレは何よりの冒涜。
最も信頼を置くべき相手だから,そのお前が俺を信じられないのかと,瞳には剣呑。

――この世の誰もが彼を必要としなくても,自分だけは信じて,そして…。

おい,妹も追え。

そう言って指図する長らしい男は次の瞬間には崩れていた。

お前達,この俺を前にして他の人間を捕まえる算段とは随分余裕じゃないか?それならこのゴミも捨てておいてくれ。

たった今崩れ落ちた男を,その手で斬り捨てた男を,“モノ”のように片手で引き掴み,無造作に投げ付けた。

――そう,“モノ”だ。命がなくなった時点でソレは,生き物ではない。唯の“モノ”だ。

投げ付けた……ように見えた。正確には,持ち上げ,手を離し,再び崩れかける死体を蹴り飛ばした。
死者に対する敬意等微塵も感じられない。唯投げ付けたよりも,尚更。そもそも彼が成したことだから,何ら不思議はないのだが。

死体は――“モノ”は,嘗ての仲間の足元へと無様に滑り,伏した。袈裟懸けの背からは血が流れ続けている。擦れた躯(カラダ)に添って深紅が擦れている。
描かれた不揃いな線は吐き気がするくらい綺麗で,蒸せ返るような,血のニオイ。

――キモチワルイ……。

気持ち悪い。気持ち悪い。

彼が流した血じゃなくてよかった。そう,心の底から安堵する。

そう思わなくては,耐えられない。
そしてまた,本心だった。

深紅の傍らに立つ彼。
――嗚呼,やはり綺麗だ……。
彼が流させたと思えば,この色も,ニオイも,愛しく思える。

彼自身のニオイではないけれど。
――彼が血を流す?耐えられない。
きっとうっとりするくらい甘いニオイがするだろう。けれど,彼が動かない,命のない唯の“モノ”になってしまうのは,耐えられない恐怖だ。

――嫌。

我知らず足を踏み出した綺羅は,然し彼の視線に射抜かれ,立ち竦む。

青年と少年の狭間,まだ年若い彼は,その年に似合わぬ冷めた瞳で,綺羅を……そして男達を見ていた。









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By 柳
2009-09-09 18:54:04

















う…うわぁあ!!

男達は恐怖する。たった1人の,唯の子どもである筈の彼に恐怖する。

感情のない瞳。
……それは無理のないことだ。彼はその時,綺羅のことだけを考えていた。その瞳の色に,綺羅は察することはあっても男達が気付ける筈もない。
綺羅を想い,綺羅の浅はかな行動を咎め,その手を取る前にすることがある。視界に入る邪魔なモノを排除しなくては,と。
他者に対する興味は,ない。生きていようと,なかろうと,彼にとっては“モノ”に等しい。己と,血を分けた存在である,妹以外は。

男達の認識する子どもという存在が,する筈のない表情に,恐怖する。
相手はたった1人の子どもだ。それと,何の力もない小娘。なのに,何故こんなにも恐ろしい?

その鬱陶しく血と死のニオイが籠る部屋を,支配するのは恐怖。
各々に怯えていた。その中でぽっかりと,違う空気を孕むのは,血の滴る刀を無言で握り直す,黒髪の,彼。
1人,確信していた。
こんな雑魚に,負けはしない。
唯,妹が気掛かりなだけだ。
足手まといだと思ったことはない。アイツが何をするか,どう思っているかなんて,いつだって手に取るように分かる。全ては己の腕の中。けれど,今は。怯えて瞳を震わせて,正常な思考や行動は取れないだろうと,安易に予測がつく。
仕方がない。

ぐいっ。

近寄り,手を引き,抱き締めた。利き腕とは反対の手で,後頭部を撫でる。……背に回した手は刀を持ったままで若干煩わしかったが,今此処で武器を手放す程,呑気ではない。
腕の中で,細く名を呼ぶのが聞こえた。

もう1度言う。逃げろ。いいな?

耳許で低く囁くように告げると,綺羅は胸に押し付けていた顔を上げ,必死な瞳を向けた。

……。

視線が絡まる。
見詰める,同じ色の瞳。
お互いの姿を目に焼けつけるかのように,短いけれど,熱い。
綺羅は,唇を噛むと,無言で頷く。
緩めた腕から綺羅は抜け出し,一瞬の躊躇いを残して,走り去った。

我にかえり追い縋ろうとした男を,難なく斬り捨てる。本当に手応えのない。
こんな輩でも,追い詰められて,あんな状態の妹を庇っていては,多勢に無勢,相手にするのは流石に難しかっただろう。
これでいい。
深く,溜め息を吐いた。

アイツに触れていいのは兄である俺だけだ…。

なのに,どうしてくれる?
怯えていた。慰めてやらないと。めそめそ泣き出して,面倒なことになる。
本当は手を放したくなかった。けれど,今放さなければ,永遠の別離を突き付けられただろう,不本意にも,こんな雑魚供のせいで。
幼くて,愚かな妹。俺を信じろと,言っているし,理解している筈だ。何を不安がる必要がある?この俺を,馬鹿にしているのか?見くびるなよ……俗物にどうにかされるような,安っぽい魂を,信念を,持った覚えはない。……躾直す必要がありそうだな。
さあ,どうしてくれる?
どう償ってくれる?
簡単だ。答えは,1つだな……?
場違いな程に麗しく,紛れもない狂々しさを滲ませて,静かに,微笑んだ。





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By 柳
2009-09-09 18:54:58


















必死で逃げた綺羅は,家に帰っていいか迷った。

彼は負けない。彼は強い。彼が,自分以外の人間にどうにかされる等あり得ない。
邪魔モノがなければ……。
――兄ならきっと自分を追って来てくれる……。

負ける筈ない。

……まだ,来ない?

引き返そうかと思った。だが,絶対に駄目だ。絶望にも恐怖にも似た感覚で,身体は動かない。引き返しては駄目。
彼は強い。だから,私の背を押した。なのに引き返したりしたら。

彼を,否定したことになる。

彼の力を,言葉を,信頼を,絆を裏切る。

駄目,絶対に駄目。
彼は裏切りを絶対に許さない。
彼は何も信じていない。己自身と,絶対的関係にある私以外。絶対……その言葉の揺らぎは,全ての揺らぎに通じる。その先には何がある?何もない。無,だ。

綺羅は手を握り締めた。何もない,空気の手応えが,虚しい。彼の手を握れば,安心出来るのに。

もう1度だけ,振り返る。
追う者がないのを確かめると,のろのろと,次第に早く,走り出した。

大丈夫。彼は絶対に死なない。私が約束を守る限り,彼もそう,返してくれる。約束には約束を。信頼には信頼を。そう,今は,逃げる。

……!!

噎せ返るような甘やかなニオイが,鼻をつく。

びくんと身体を震えさせたが,立ち止まらない。不安がそうさせた。確信がそうさせた。ぽたぽたと,音がしそうなくらいに瞳は潤み,涙が零れる。

身体にまとわりつく,怖くてたまらない,けれど安心するニオイに似た,けれど絶対的に違うニオイに目眩がした。
不安からくるものか,愛しさからくるものか,分からない。恐らくは,両方。

彼の,彼自身の血が体外に流れ,外気に触れたニオイがした。

嘘!!

嫌!!嫌!!

彼が血を流した?
傷を受けた?
そんな……。

先程見た,彼によっていとも簡単に動かない“モノ”と成された,男の姿が過った(よぎった)。

死は,紛れもない恐怖。

あの血は彼が流させた,彼が生きている証の。
だから安心した。怖くてたまらないけれど,安心した。

この血は?
彼が……斬られた……?
そんな筈ない。そんな筈は……。
ガチガチと歯が噛み合わない。凍えるような身体は,けれど足を止めることなく走り続ける。

怖い。

戻りたい。

怖い。

駄目,戻っては駄目。

走り続ける先に何があるかは分からない。

けれど,引き換えそうものなら,結果は分かり切っている。

拒絶。

彼を信じなかった私を,絶対に許しはしないだろう。
それが何よりも怖かった。
違う。そんなことじゃない。
何で私は怖がっているの?

何で彼が信じられないの?今迄は盲目的に信じていられたのに……!!
どうして?どうして怖いの?何を怖がる必要があるの?彼が私の全てなのに……!

会いたい。会いたいよ。側に居て,抱き締めて。頭を撫でて。

思えば,“恐怖”らしい“恐怖”というものを体感したのは,これが初めてだったのではないだろうか。
今迄は,どんなに怖くても,彼が側に居てくれた。だから安心出来た。……今は?
初めて知る“恐怖”という感覚に,恐怖する。



……動かなくなった両親。
動いていた者が,動かなくなる恐怖。
暖かかった者が,冷たくなっていく恐怖。
動かなくなって,戻らない。冷たくなって,戻らない。2度と,戻らない。
訳が分からなかった。今迄,死と言うものを間近に意識したコトはなかった。
食卓に上がった魚が,既に死んでいるコトは知っている。叩き潰した蚊が,死んでしまうのは知っている。けれどソレ等の死が,自分に襲いかかる可能性というものは,何故か頭にちらとも過らないでいた。……無意識に秤にかけていたのだろうか。魚や,虫のちっぽけな体をちっぽけな魂と軽んじていたのだろうか。……幼い頭では,初めて身近な人が死に,初めて死を身近に感じるコトしか出来なかった。

後ずさると,ぴしゃんと音がして赤黒い血が跳ねた。生温く素足にまとわりつく。
……キモチワルイ。
今迄両親の身体の中にあったものだ。両親の一部だ。なのに,今は気持ち悪くて仕方ない。蒼白に立ち竦む綺羅の手を,兄の手が取った。躊躇わず,走る。妹の手を引き,力強く,けれど優しく導く。綺羅は,夢中ですがり付いた。
……!!
私には,彼が居る。彼が,側に居てくれる。
綺羅は,必死に手を握り返した。暖かい。生を,実感した。瞬間,両親の姿が幻影としてちらつく。
……!!



……嫌……!!



ああ,そうか。

彼が死ぬコト,彼と共に居られないコトが,怖いのだ。

産まれた時から,傍に居た。
離れたコトは,1度もない。そう,1度だって……。
今でさえこんなに,震えが止まらない。ましてや,この先――彼と居ない私なんて,想像も出来ない。
他の何からも,恐怖からも守ってくれる兄が居ない。だからこの恐怖に,果てはない。

……!!

戻りたい。戻りたくない。
会いたい。会ってはいけない。

真逆(まぎゃく)の言葉が渦巻いて,頭が割れそうに痛い。

頭の中が,目の前が,真っ紅に染まる。

――……っ!

何かにぶつかった。
視界は未だ血の色に染まり,視認出来ない。
暖かい料理と,お茶と,安価な化粧のニオイ。

――女の……人……?

あれあれ。どうしたんだい。そんなに慌て……。

聞こえてきたのは,やはり女性の声だった。母くらいの齢と思われる,躊躇いがちの,優しい声。

……あんた!!怪我してるのかい!?

続いて焦る声が聞こえる。怪我?怪我なんてしていない。兄が,私を守ってくれたのだから。
目の前の女性がしゃがみこんだのは,気配で分かった。
草履履きの足に触れている。
それも,どこかぼんやりと壁の向こうのコトのように現実味はない。視界は未だに一面の紅だから。
あの時ちゃんと草履も履いた。裸足で駆けそうだったけれど,目先の手間を惜しんでいたら,後々困ると咄嗟に思い直し,身に付けたのだ。だから地面で擦れたりもしていない。傷を負い失速するというコトもなかった。

ああ,血が……!

血?それは私の血じゃない。
両親の……。
血……。

――!!

倒れた両親と,兄の幻影が,血色の視界にくっきり描かれた。

――あぁあ……ああッ!!

お嬢ちゃん!?

声を上げて泣いた。
血の……血のニオイがする……。

――違う!兄は死んでいない!

私を逃がしてくれた。再び会う為に。だからまた一緒に居られる。私が此処で,生きているのがその証拠。

――死んでいない!

安心させて!他の男の血のニオイなんて嫌!私に染み付いた貴方のニオイが消えてしまう!
貴方のニオイが欲しい!

風で仄かに運ばれた彼の血のニオイを,刷り込むように身体を掻いた。
“アレ”のニオイも染み付いてしまう。嫌で嫌で気持ち悪くて仕方なかったけれど,手を止めるコトが出来ない。象徴的な死のニオイでも,紛れもない彼が生きていた証でもあるのだから。
頭の中で何度も名を呼んだ。声を上げて泣いた。
女性が何かを必死な様子で言いながら綺羅の手を取る。何で止めるの。邪魔をしないで。私から奪わないで!
触れた女性と自分の手に,ぬるりとした感触があった。これは何だろう。一瞬の疑問を置いて,女性の手を振り払うと無我夢中で両手を動かした。

ガリッ。

ポタ。

ズルッ。

ポタ,ポタ。

音が聞こえる。けれどやはり壁の向こうのコトのようで,構わずもがいた。

ふつりと,視界の紅が途切れた。けれどやはり,何も見えない。一面眩しいくらいの白で,覆われていった。

もう1度名を呼んだ。
もしかしたら,声に出していたかもしれない。
重く,重く何かがのし掛かってきて……。

意識は,途切れた。
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