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シモン・マクシミリオン【彼が勇者になった理由 壱】
By 西瓜
頬を撫でる風が心地良い。
耳奥へと緩やかに届く、葉が揺れる音や鳥のさえずりもまた心を落ち着かせるものだ。
太い幹に背を預けその根元に腰を下ろした姿勢でぼんやりと木漏れ日を眺める。
平和な日常の風景を前にゆっくりと息を吐き出し、目蓋を落とそうとした瞬間。
びゅん、と何かが顔の横すれすれを通り白い物体が幹に刺さった。
風を切るのを肌で感じながらギギ、と固まった動きで首を横に向ける。
白くて立派な太さと長さを兼ね備えた物体の頭には、青々とした葉っぱが伸びている。
間違いなくこれは大根だ。どう見ても大根だ。
いやしかし問題はそこではない。どうして大根が飛んできたのか、というか大根が木に刺さることなんてあり得るのか。普通大根が折れるとか、跳ね返って落ちるのではないか。
しっかりと先端が幹に食い込んだ大根を怪訝そうな顔で眺めながら暫しそんな思考を巡らす。
だがそんな疑問も次の声を聞いてしまえば些細な事だった。
「シモン、こんな所にいたのね。おばさんがシモンが来ない、って怒ってたわよ」
「…アイナ」
編み込んだ金髪を揺らし、腰に手を当てながら幼馴染の女性ーーアイナが近づいてくる。
彼女が大根を投げつけた犯人で間違いないだろう。
「これから行くところだったんだよ」
「嘘、サボるつもりだったでしょう。私が来る前に寝る態勢だったじゃない」
「うっ…いつから見てたんだよ」
ばつが悪そうに顔を逸らす。この幼馴染に嘘をつき通せたことなどないのだが、それでも懲りずに繰り返してしまう。
刺さった大根を折らずに引き抜くアイナを見て俺は眉を顰めた。
「だからって何も大根を投げなくたっていいだろ。当たったら怪我するところだったし、食べ物を粗末にするなって君もいつも言ってたじゃないか」
「私が狙いを外すわけないじゃない。それに大根はどこも傷んでないわ」
自慢げに大根の傷ひとつない様子を目の前に掲げて見せてくる。
何故だ。あれだけ木に刺さっておきながら何故無傷なんだ。代わりに木には無残な穴が開いてしまったが。
考えたら負けだと思い、俺は仕方なしに腰を上げる。
「そういえば…」
先を歩こうとしていたアイナが此方を振り返る。
「レートンさんがシモンのこと探してたわ」
「レートンさんが?」
レートンさんというのは手紙配達をしている人だ。住まいは王都らしいが、この村にもよく配達でやって来るのですっかり顔なじみである。
俺に用があるということは、俺宛てに手紙でも来たのだろうか。だがそれなら家のポストに入れておけばいい話だ。
首を捻りつつもそのうち会うだろうと軽く考えて俺とアイナは畑作業へと向かった。
* *
母親にこってり絞られた後、休みなく種蒔きをようやく半分終えた時だった。
「おおーい!シモンくーん!やっと見つけたよ」
青い制服をきっちり着こなした男性ーー若くも見えるが実際は年齢不詳のレートンさんが息を弾ませながら走ってきた。
そういえばアイナが探していると言っていた事をすっかり忘れていた。
屈んだ腰を伸ばし畑から出てレートンさんの元へと歩いて行く。
「俺に配達ですか?」
「そうだよ、これは直接手渡してくれって言われててね」
そう言ってレートンさんが差し出したのは深緑色の封筒だった。
誰からだろうと受け取りひっくり返してみると、其処には王家の紋章入りのサインが記されている。
「へ!?」
思わず間抜けな声が出てしまう。このサインが記されているということは、つまり国王からの手紙であるという証だ。
でも何故、一国の王から一農民に過ぎない俺に手紙が来るのか全く分からない。
「あ、あのレートンさん…これ、何かの間違いじゃ…?」
動揺した声と困惑した表情でレートンさんを見るが、レートンさんは曖昧に笑いながらも首を横に振った。
「確かに君宛てだよ。理由は僕にも分からないけどね。まあ、頑張って!」
無責任な笑顔でグッと親指を立てると、レートンさんは次の仕事があると行ってしまった。
俺はただ呆然としたように封筒を眺める。
中を開けて確認すれば解決するかもしれないが、開けるのが怖くもある。
もしこの中に書かれているのが俺にとって良くない事だったら、例えば今の平穏な生活が一変するような事が起きてしまうのだとしたら。
そう思うと中々封を切る指に力が入らない。
そんな事をしていると、封筒が不意に俺の手の中から消失した。驚いて顔を上げると、アイナが焦ったそうな顔つきで立っていた。その手には深緑色の封筒。
「もういつになったら開けるの!ここで夜を明かすつもり?」
「なっ、見てたのか?」
そう口にしたが、考えて見ればアイナは隣の畑で作業をしていたのだ。レートンさんが来た時点で一部始終を目撃していて当然だろう。
「王様がなんの用事か知らないけど、気になるなら開けて確認すればいいじゃない。開ける勇気がないなら私が確認するわ」
「わ、分かったって。開けるよ、ちゃんと自分で」
半ば自棄になりアイナから封筒を取り返すと、俺は勢い良く封を開けた。
そこには一枚の紙が入っている。アイナも気になるようで横から覗いてくるが、俺はその短い一文に更に眉を寄せる結果となった。
『シモン・マクシミリオン殿
明日、トワール城へ登城されたし。』
この文の意味する所は何なのか、この時の俺には知る由もなかった。
ただ、確かに俺の運命の歯車が廻り始めた音を聴いた気がした。
ー続ー
皆様のSS過去話に興味津々!と触発されまして、シモンが勇者になるまでの物語をちまちまと気が向いた時に書いて行きます。
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