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僕のアリス
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空耳(山獄)
By おきみ


俺は後悔していた。それは蒸し暑い夏の昼下がり、学校のグラウンドの、ひときわ大きな木が作り出した日陰で。俺は一世一代の失敗を犯していた。みんみんみんみんみん、と五月蝿い蝉は、俺の放った言葉だけは掻き消してくれなかったのだ。いやその前に、俺のくちびるが、俺の喉からせり上がってきた言葉を押し留めてくれなかったことが一番の失敗だ。(いや。)(こいつがここへ来たのが一番の失敗だろう。)こいつが打った野球のボールが俺の足元へ転がってきて、こいつが駆けてきて、いつもの調子でわりーわりーと俺に謝って屈んだときの、額から流れた汗とか、大きくてごつごつした手とか、汚れたユニフォームとか、光をにぶく反射して眩しい黒髪とか、それらに見惚れて、俺は言ってはいけないことを言ってしまったのだ。でもこうなってしまった今、責任転嫁をしている暇なんてない。どうすれば。俺の目の前で、ボールを拾おうと屈んだ状態できょとんと俺を見上げているこの男に、どうやって弁解をしようか考えなければ。
そうやって突っ立ったまま呆然としている俺を余所に、こいつはまた、罪を重ねた。

「うん。俺もお前のことすきだよ。」

そういって更に思考停止した俺を放ってそいつはボールを拾うと、日向のほうへと駆けていってしまう。数秒して意識を取り戻した俺は、みるみるうちに体が熱くなっていくのを自覚していた。それが無性に腹立たしくて、眩しい背中に、馬鹿野郎っ! と絶叫した。

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