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振れない手を
By 足羽
2010-04-18 20:27:26
ただ一つを除いてすべてを消し去ることを望んだ

「おいで、カナリア」

自身の名前も例外ではない

「カナリア?」

唯一僕が知っている言葉

「君の名前だよ。きれいな声だから」

あなただと教えてくれた名前

「あなた…だれ」

忘れたくないもの

「そうだね、まだ言ってなかった。私は」

それが

「アーシェ」




見たことのない部屋を出て、目の前に広がる風景を

初めてとは感じなかった
この感覚が初めてのものではないのだ

世界に色が射す

僕はただ走り出す

僕が知っているこの道を。


「ハッ……ハッ…」

黒い暗幕が迎える僕の家

あの人の家から走り出して
思いもしなかった、こんなにも近くにあったなんて

細った身体で全力で走ったから、心臓が破裂しそうなくらいに動いてる

心も、身体も、焼き切れそうなほどにたかぶっている


驚き
安堵
衝撃
悲しみ
嬉しさ
孤独
不安

なにもかも、綯い混ぜになってどれが一番なんかなんて分からない

一番って、何のうちの一番なんだ

この推し計れない心情の成分はなんだろう

「は、ぁ……」

この痩せ細った身体すら支えきれず、膝を折れば地面についた両手が目に入る

枯れ木みたいで、真っ白で筋が浮き出てる



思い出してきた

12軒の間

その中にあなたの住む家はあった

そう、知らずに僕はいつもその前を通っていた

一瞬、視界が明滅した
時間は少ない

「アーシェ……」

知ってはいた
見てはいた

ボサボサの髪
ずれた眼鏡
いつも同じ、水のペットボトル
部屋の主は少し、だるそうで……


「カナリア!」

私はそんな、つもりじゃなかった

ごめんなさい

そんな顔なんて、させたくはなかったのに

「アー…シェ……なんで、分か…ったの……」

「泣き声がね、したから」

「なに……言ってるの? 泣いてな…んか」

事実、泣いてはいない

本当に泣いたとして、それを離れたアーシェが感じ取れるはずが

「うそ…だ」

「まぁいいよ。さ、帰ろう?」
アーシェが手を伸べる
カナリアは口を開きかけた
が、何も言わず立つと歩きだす
アーシェの手を取らずして



二人が歩きだしてしばらくしたころだった

「カナリア」

返事はない

「泣いているね」

前を、影を背負うカナリアを見すえたまま立ち止まったアーシェが言い放つ

カナリアも足を止めた

「アー…シェ……」



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By 足羽
2010-04-19 23:21:40



「うん」


か細く、震える声が紡ぐ。

「わからない……止まらないんだ……。泣くのも、止められないのもどうしてなのか……わからない」

「なにか、思い出した?」

カナリアは頷く

「そうか」

アーシェは返す

「思い出さないほうが…よかった……かもしれない…」




END

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