↓続き
By 管理人:すーこ
ここ数年、元就のいた漁村では漁の不作が続いている。
漁村は取れた魚や海の幸を外の街へ売り、それを村の収益としている。そのため、魚が取れないということは村全体が貧しくなることに直結する。
自分たちの取り分すら減らして何とか切り売りするものの、以前の半分以下に減った収穫では貧困は増していく一方。獲れた魚達も質が悪く、街で売れても値段は低い。村はどんどん貧しくなり、村から逃げ出す者たちまで出てきたという。
そこで、村人達は相談し合った結果、海神様に人身御供を捧げることでこの不作から救ってもらおうと考えた。しかし、解決策が決まったはいいが、肝心の人身御供を誰にするかが決まらない。
当然ながら名乗り出る者もいるはずもないので、平等に白羽の矢を打つことで生贄を決めることにした。村の一番高い木に上った男が、そこから天めがけて矢を放ち、矢が刺さった家の若い人間が捧げられることとなった。
そして、刺さったのは村一番の豪商の家だった。その家の旦那は、村の収穫を街へ卸す仕事を賄っていたため、この不作続きに最もしわ寄せを受けた人物の一人だった。そして、人身御供に強く賛成したのも、また彼だったのだ。
村人たちは喜んだ。この家の若い者と言えば、村一番の美人と言われた旦那の一人娘。彼女なら人身御供として何ら不足がない、これなら海神様も怒りを鎮めてくださるだろう、と賑わった。
当然、豪商の一家は蒼褪めた。村人一人が生贄になることで不作が収まるなら安いもの、と考えていただけに、まさか自身の身内に白羽の矢が立つとは思わなかったのだ。旦那は慌て、奥方は憤慨し、娘は泣いて引きこもった。
しかし、湧き立つ村人達にやり直しを求めることもできず、また自身が一番賛成していたことなだけに、取りやめるわけにもいかない。悩み続けた旦那は、ある家に逃げ込んだ。それが、毛利家である。
毛利家は豪商の補佐役として、同じく街へ魚を卸す仕事を手伝っていた。不作ゆえの貧困に喘いでいたのは、毛利家も同じだった。
そして、旦那は山ほどの金を差し出して懇願した。どうか娘の代りに、人身御供になってほしいと。
毛利家の若い人間は、興元と元就の兄弟のみ。男であろうと構わない、こちらでばれないようにする、と豪商の旦那は食い下がった。
兄の興元は病弱で、仕事も殆ど出来ずにいつも部屋で寝ていた。弟の元就は、兄の代りにと必死に働いていた。それを知っていた旦那は、おそらくこちらを差し出すであろうと予想していた。
しかし、旦那が言うより先に両親は弟の元就を差し出した。兄は驚いて父に縋ったが、両親は聞こうとしない。旦那は笑みを浮かべて礼を言い、準備をすると言って帰っていった。彼にとっては、身代わりとなってくれるのであればどちらでもよかったのだった。
元就は静かに全てを受け入れた。どんなに手がかかっても、病気で働けぬ身であっても、興元は毛利家の長男であり、それだけで両親の宝だった。だからこそ、元就を差し出すことに両親は何のためらいもなかった。
日々の食糧にすら苦しむ毛利家にとって、家族が一人減るということは決して悲しいことではなかったのだ。
それを全て察していた元就は、言われるがまま人身御供の箱に入った。蓋を締めるその直前まで、兄は元就の手を握って泣いていた。興元は両親に何度も、元就の代りに自分を生贄に、と懇願したが、それは聞き入れられることはなかった。


「……なんで、何も言わなかったんだ」
元就の話を聞いていた元親は、顔を歪めて呟いた。まるで彼自身が不愉快なことを受けたような表情である。
「何も言うことなどなかった。……以前から、我は両親に疎まれていることを感じ取っていた。嫌だと言ったところで聞き入れられるはずもないだろうし、そもそも嫌ではなかったのだ」
「人身御供に選ばれて、嬉しかったのか」
そう問えば、そうではないが、と控えめな声が帰ってきた。
「嫌ではなかったが、嬉しかったわけでもない。……何も思わなかった、ああそうなのか、という程度にしか」
元就の答えを聞いて、元親は口を歪めた。彼をここまで連れてきた周囲の人間にも憤るが、それに何も抵抗しなかったという元就自身にも腹が立つ。しかし、元親はそれを溜息として吐き出し、何とか発散させた。
「……まあいい。何であれ、俺は別に人身御供なんざいらねぇよ。海が荒れてるのだって、不作が続いてるのだって、俺にはどうしてやりようもねぇな」
吐き捨てるように元親が言うと、元就は静かに俯き、そうか、と呟いただけだった。
「……悲しくねぇのか」
「なぜ」
「お前の犠牲は、何の意味も無かったんだぞ」
村人達から、両親から見捨てられ、元就は最早死んだも同然である。だというのに、現実は何一つとして変わらないのだ。
「俺は鬼神とか言われてるけど、実際のところ神様でも何でもねぇ。神通力なんざ持ってねぇし、金銀財宝を出してやることもできねぇな。あんたが人身御供として死んだところで、村は別に救われるわけじゃねえんだ」
「分かっている」
元就は頷き、箸を置いた。彼の椀は殆ど飯が減っておらず、周辺の料理にも全く手がつけられていない。
「……我は、昔から神も仏も信じてなどおらなんだ。幼いころから祠に参拝していたが、ここにあるのはただの石像だと一笑に付してすらいた。神がいれば、兄上が病気になることも、両親があのように変わってしまうこともないはずであろう……」
呟く元就の顔を、元親は隻眼でじっと見遣った。取り乱しもせず、嘆くこともしない目の前の人間は、まるで人形のようだと思った。言われるがままに動き、自身の意志など何処にもない。
「飯、食わねえのか」
今までの話題を斬り捨て、元親は顎で示して問うた。それに顔を上げた元就は、僅かにすまなそうに目を伏せた。
「もう、充分だ。馳走になった」
「ほとんど食ってねえじゃねえか。不作だったってんなら、碌に飯食えてなかったんだろ」
元親がそう言うと、元就は視線を上げ、僅かに目元を緩めた。それはあまりに些細な変化で、元親は見間違えたのかと思った程に一瞬のことだった。
「鬼のくせに、我を気遣ってくれるのか。太らせて食べる気であるか」
「人間はもう食ってねぇよ。他にも美味いもんはたくさんあるしな。それに、鬼だからって全員がひでぇ奴ってわけじゃねえんだぜ」
そう言うと、元親は椀を置いて箸を載せた。料理の殆どは、元親が食べ尽くしてしまっていた。
「……それで、お前はどうするんだ。村に戻るなら、船で送ってやろうか」
元親はそう提案してみた。彼が入った箱を持ち帰ったのは自分なので、ならば送り返してやる責任があるだろう、と考えたのだ。
しかし、元就は首を横に振った。
「我は捧げられた身ぞ、何も変わらぬ状況で我だけが戻ったとして、両親も村人達も受け入れてくれるとは思えぬ」
「……そうだな。受け入れるどころか、下手すりゃ袋叩きにされることだって考えられる」
海神の正体を知らず、事の顛末も知りえることのない村人達からすれば、生贄が戻ってきては何の意味もなく、それどころか役目も果たさずに逃げてきたのだと激怒することは想像に難くない。
いや、そもそも元就は身代わりの生贄なのだ。村人達は今も豪商の娘が捧げられた、と思っているのだろう。
元就のことを案じている者、生贄として捧げられたことに嘆く者、彼のお陰で村が救われたと感謝する者など、誰もいないのだ。そう思うと、元親は急に元就が憐れに思えた。
「行く当てはあるのか?親族がいるとか……行きたいところがあるなら、」
「残念ながら、どこにも無い。我はもはや死んだ身ぞ。そなたが好きにすればいい」
元就はそう答えた。彼の答えの虚ろさに、元親は困惑した。好きにしろと言われても、何をすればいいのか。
「……邪魔であるなら、海に投げ捨てればよかろう」
元親の沈黙を察して、元就はそんなことを言った。元親はその言葉にむっとする。
「そういうこと言うな。俺はそこまで外道じゃねえよ……お前の両親と違ってな」
苛つきながらそう返すと、無表情だった元就の顔がはっきりと歪んだ。
「……両親を、父と母を愚弄することは許さぬ」
「お前を捨てた人間だぞ。おっかねぇなあ人間ってのは。血の繋がった子供ですら捨てっちまうんだからよ」
元就の怒りを煽るように、元親は呆れたように呟いてみせる。何故こんなことをしているのか、自分でもよく分からない。
「我は、捨てられたのではない。自ら納得した上で、生贄として……」
元就はどこか必死に両親を庇っている。その姿が何故か無性に腹立だしく、元親は思わず怒鳴った。
「両親は兄貴を選んだんだろ。お前はいなくなってもいいって思ったから、生贄にお前を選んだんだろ」
それを聞き、元就は愕然としたように動きを止めた。虚ろに開かれた目を見て、元親はようやく自身の失言に気付いた。
「……すまねぇ、言い過ぎた」
それだけ言って詫びると、元就は再び俯いてしまった。涙こそ出ていないが、少しだけ見える表情は暗い。
「あー……じゃあ、暫くここにいるか?」
気まずさに頭をかきながら、元親はそう提案してみた。それを聞いた元就が顔を上げる。
「部屋はたくさんあるし、別に一人増えたところで何にもねえしよ。家を空けるときに留守番でもしてくれれば助かるし」
どうだい、と伺えば、元就は困ったような目をしていた。頷くに頷けない、という様子である。
「特に文句がねえなら、それで決まりだ。部屋は、さっきの部屋を使えばいい。必要なもんがあるなら、言ってくれれば調達してやる」
そう言うと、元親は食べ終えた皿を重ねて片付けを始めた。それを見た元就は、慌てて手を出そうとする。
「……居させてもらえるのは、ありがたい。だが、我を置いたところでそなたに得は……」
「損得じゃねえよ。ま、言ってしまえば俺もお前の処遇に困ってるから、とりあえずここにおいとくってだけだ」
優しさからくるものではない、と元親は言うが、それは元就に対する気遣いからくる言葉だとは元就自身も気付いた。すまない、と頭を下げると、軽く笑う声が頭上から聞こえた。
「お前は、まずその飯を全部食え。家のこと手伝ってもらうにしたって、そんなに痩せてちゃ何もさせられねぇよ。しっかり体力つけてもらわなきゃな」
元親はそう言って、元就の食事を残して皿を片づけ、廊下の奥にある台所へと向かった。残された元就は、ぽかんとしたまま目の前の食事を見下ろす。
既に冷めつつある白米、具だくさんの汁、そして様々な副菜。こんなにたくさんの食事をしたのは、果たしていつ以来だろうか。
「……兄上に、差し上げられたらいいのだが」
呟いて、元就はゆっくりと椀を手に取った。









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以前記録で呟いてた鬼神×人身御供ネタ。
コピー本にするにはボリュームありすぎだったので、こっちで書くことにしました。
しかし、いざこっちで書いたら、ボリュームが更に膨らんでこのありさまです。
ここから少しずつ仲良くなっていくんだよ〜!なんですが、ここだけだと誰得ですね…


とりあえず最後まで書きたい。続きます。



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