こぎつねこんこん・あめ
By 管理人:すーこ
梅雨入りしたらしい俺の町は、一週間ほど雨が降り続いていた。
これじゃあ洗濯物が乾きゃしない。空気もじとじとして鬱陶しいし、早く夏が来ないものか。
そうは言ってもこればかりは努力でどうにかなるものではないので、ひたすら雨雲が通り過ぎるのを祈るしかない。
元就は雨をどうやって凌いでいるんだろう。基本的に天気が悪い日は来ないんだが、そのせいでここしばらくあいつの姿を見ていない。
まぁあいつは一応神様なんだし、雨なんて屁でもないのかも。小さいながらも立派な社があるわけだし、どうにかしてるのかもな。


今日も雨。大学から帰ってくると、ズボンの裾が濡れて色が変わっていた。ところどころ泥が跳ねている。これだから田舎は……
洗濯ものが増えるのは辛いが、これも辛抱するしかない。今日は少し肌寒くて、早めに風呂に入ろうと浴槽に湯を張る準備をした。
料理の途中で風呂の湯がたまったので、蓋をしておいた。飯を先に食ってのんびり湯に浸かろう。最近気圧のせいか体もだるさが残るし、のんびりあったまればすっきりするに違いない。
そう思って飯を済ませ、片付けようとしていると。
「……?」
何だか物音が聞こえたような。何って言えない、聞き間違いかもしれないレベルの音。
「気のせいかな」
雨の水音が響いているから、それの音だろう。そう思っていると、不意にとんとんと何かを叩く音が聞こえた。聞き間違いじゃなかったらしい。
音のした方向を探ってきょろきょろしていると、再度音が。今度はちゃんと分かった。窓の外だ。
顔を向けると、窓に小さな影が映っている。手に持っていた皿をいったん置いて慌てて窓を開けてやると、ずぶぬれ状態の元就が突っ立っていた。
「あけるのがおそい!ずいぶんぬれてしまったぞ!」
いつものように怒り出した元就に謝るより早く、俺はそいつを抱えて部屋に連れ込んだ。
「つーか何でそんなにびしょぬれなんだよ!!風邪引くだろうが!」
「しかたあるまい、あめのなかをあるいてきたのだ」
元就はしれっと答えた。何を堂々と、と思ったけど、そんなことに構っている場合じゃない。
「ちょっと待ってろ、タオル貸してやる。あと服脱げ、そんなのずっと着てたら風邪引くフラグ立ちまくりだろ」
ばたばた慌ただしく動いて、俺は洗面台の傍の棚からバスタオルを抜きだした。戻ってみると、元就は濡れた上着を脱ごうと四苦八苦しているようだった。
「ぬれてうまくぬげぬ。はりついて…」
「それどういう構造してんだよ。ちょっと貸せ」
小さな手がもそもそ動いているのが見ていてまどろっこしくて、手助けのつもりで指を伸ばした。小さな留め具を外して上着をはだけさせて、きしきしと嫌な音を立てる袖を引き抜いてやる。
「あーあーびっしょびしょ。絞った方がましだな……下のも脱いだら、こっちに持ってこい」
俺は元就の小さな上着を持って台所のシンクに立ち、渾身の力で上着を絞った。ぼだぼだ、とうるさい音を立てて水が溢れていく。何度か繰り返して広げると、服の色は少し薄まったようだった。
「もとちか、ん」
声がして振り向くと、元就が脱いだらしい自分の袴を持ってきていた。おう、と受け取りさりげなく確認すると、元就は褌をつけているようだった。
「まぁ、小さいもんだし少し干してりゃ乾くだろ。いざとなればドライヤー当てればいいし」
俺が元就の服をハンガーにかけてやっている間、元就は俺が出したご飯の残りを必死にかき込んでいた。どうやらお腹が空いていたらしい。
「今日に限って、何でまた来る気になったんだ?別に晴れてからでもいいじゃねえか」
そのせいでこんなに濡れてよ。そう言うと、元就は頬ばったご飯をもぐもぐと咀嚼して嚥下した後、
「はらがへってな」
と答えた。…そうですか…
元就が飯を食い終えたので、改めて皿を片づけた。元就はバスタオルで髪の毛や尻尾をごしごしと吹いている。
「そのままだとまじで風邪引くな。よし、風呂入るか」
提案すると、元就はきょとんとした顔をこちらに向けてきた。
「お前、風呂知ってるか?」
「ば、ばかにするでないわ!しっておるにきまっておろう!!」
てっきり風呂を知らないのかと思ってそう言ったら、顔を真っ赤にして怒りだしてしまった。
「何だ、それならいいんだけど。もう湯は溜まってるから、一緒に入るか」
来い来い、と手招きすると、元就はバスタオルを体に巻きつけて素直についてきた。
「バスタオルはもう使えないなこれ。ほら先入ってろ」
水を吸って重たくなったバスタオルは洗濯機に放り込んで、元就を促すように背中を押した。
元就は慌てて小さな褌を脱ぎ、言われた通り風呂場に入った。何だか気になったけど、そんなものをじろじろ見るものでもないと思ってあえて無視した。
俺も服を脱いで、元就のいる風呂場に入った。お互い男同士、別に隠さなくたって恥ずかしくなんかない。そうは言ってもやっぱり気になって、俺は無意識に元就の裸を観察した。
「……なんだ?」
気付いた元就が訝しげに見上げてくる。何でもない、と誤魔化して元就をイスに座らせた。
尻尾と狐耳以外は、普通の人間と何ら変わらないようだった。
「熱すぎないか?」
湯を洗面器で掬ってみせると、元就は恐る恐る指を湯に触れさせた。どうやら大丈夫だったようだ。
一人暮らしの風呂なんで、元就が小さいからと言ってもやっぱり狭い。元就には先に湯船に入ってもらって、俺が先に体や頭を洗うことにした。
「ふうー…」
元就は湯につかると、気持ち良さそうに息を吐いた。見ると目も細くなって、狐耳もぺったり寝てる。分かりやすい反応だな。
そういうのを見てると、俺も早く湯船に浸かりたくなる。さっさと髪と体を洗って、髪の雫を適当に絞った。
「はい交替、体洗え」
そう言うと、元就はしぶしぶながらも湯船から出てきた。尻尾が水を吸って萎んでしまって、まるで別の何かのようだった。
入れ替わりで俺が湯船に浸かる。元就の気持ちも分かる、これは気持ちがいい。
「あー極楽ー。あ、頭洗うのはそっちな、そっちは体洗うやつ」
元就が椅子に座ってじーっとボトルを見ているので、指をさして教えてやった。元就は小さな手にちょろっとシャンプーを出して、もしゃもしゃと泡を立てて髪を洗った。
「おお、くりーむがたくさんでてくる」
「クリームじゃねえよ、洗剤の泡だ」
以前食わせたケーキから、元就は白いふわふわするものは生クリームというものだと学習した。それと間違えて泡を舐めるんじゃないかと思って、俺は急いで訂正しておいた。
「これは、どうしたらいいのだ」
小さな頭に白い泡を乗せた元就がこちらを向いた。器用にも狐耳の毛皮もちゃんと洗って、耳の穴には水が入らないように少し寝かせてある。
「じゃあちょっと下向け、泡流してやる」
俺は湯船から少し身を乗り出してシャワーを手に取った。元就が頭を差し出してきたので、そこに水温を確認したシャワーの湯を静かに掛けてやる。
小さな面積だから、泡はあっという間に流れていった。はい終わり、と言うと元就は顔を上げて頭をぶんぶん振って水分を飛ばした。
「わっばか、そんな乾かし方があるか!」
飛沫が飛んできて慌ててそれを掌でガードしつつ、元就の頭に片手を伸ばして回転を止める。
「だがこのままではさきほどのじょうきょうとかわらぬ」
「後でちゃんと乾かしてやる、今は少し水気切るくらいでいいんだよ」
そう教えると、元就はぼさぼさになった髪を掌でぺそぺそと押さえて整えた。
体も洗え、と言うと、また小さな手にボディーソープを出した。先に尻尾を洗うつもりなのか、少し体をひねって尻尾に泡を塗りたくっていた。どうやら髪の毛と尻尾は別モノという感覚らしかった。
尻尾はみるみる泡だってふわふわの泡まみれになった。そのまま体も洗っちまえ、と言えば、元就は素直に体にも泡を塗っていた。体を洗う用のタオルを渡すと、元就には少し大きかったようで持ちにくそうに足を洗っている。
「背中はやってやるよ」
そう言って手を出すと、元就は偉そうに「ちからをいれすぎるでないぞ」と言ってタオルを渡してきた。はいはい、と返事をして、向けられた小さな背中をごしごし擦ってやった。言われた通り、力を入れすぎないように、それでもある程度の力は入れて。
全身泡まみれになった元就は重たそうに洗面器を傾けて泡を流した。二人とも洗うことは終わったのだが、お互いにまだ湯船に浸かっていたいと思っていた。湯船は狭いので、俺が入っているだけでもうほとんど隙間はない。
なので、俺の組んだ脚の上に乗せることで妥協した。向かい合うように湯に入った元就は、体格差のせいで水面が肩より上に来ている。口元まで湯につかり、耳を寝かせて気持ち良さそうにしていた。
俺は流石にそこまで湯に浸かれない。いいなぁ、と思いながら、何となしに手を遊ばせていた。子供のときからやってる水鉄砲でびゅっと湯を飛ばすと、元就は驚いたのかびくっと耳を立たせて反応した。
「なんだいまのは」
「知らねぇ?ほれこういうの」
もう一回、元就に見せるようにして掌を合わせて、ぎゅっと握るようにして湯を押し出す。親指と人差し指の間から湯が飛び出し、風呂場の壁に当たった。
「……」
元就は興味深々で俺の手をじっと見ている。こうやってな、と再度ゆっくり教えてやると、元就も真似して掌を重ね合わせた。
「で、お互いの手を握るようにしてやると、ほらできた」
握りを軽くして、さっきよりは弱い水鉄砲をやってみせた。元就は何度か試行錯誤していたようだが、握っても握っても小さな手からはだらだらと湯が流れていくだけだった。
「うー……」
不満げに元就が唸っている。見た目はお子様でも、これでも立派な山の神様。本来の姿はとっても神々しいんだとか。
でも、今俺の目の前で唸ってる彼は、どう見てもお子様だった。
「掌の中で空間作るってイメージしてみ。そこに湯をためて、押し出すんだよ」
何度だって教えてやるさ。アドバイスしてやると、ようやく出来たようで小さな手のひらの隙間から湯がびゅっと飛び出した。
でも目測を一切考えていなかったみたいで、飛びだした湯は必死に掌を睨んでいた元就の顔にヒットした。
「わっ!!」
驚いた元就は慌ててのけ反り、そこが不安定な俺の脚の上だったこともあってぐらりと体が傾く。そのまま行けば湯に落ちてしまうとあわあわ手でもがいているのを、俺が済んでのところで受け止めてやった。
「ま、そうそう最初っから上手くはいかねぇさ」
そう言って、俺はもう一度水鉄砲で湯を飛ばす。軽くやってのける俺を、元就は悔しそうに睨んでいた。
こちとら十数年のキャリアがあるんだ、そう簡単に追い越されてたまるかってんだ。行儀が悪いと親にも姉にも叱られて止めなかった手癖は、そう簡単に消えるもんじゃねえな。


暫く風呂で遊んでいた俺達は、のぼせる寸前でようやく風呂から出た。
元就の服は当然ながら未だ乾いてないので、代わりに俺のTシャツを貸してやった。元就は小さくて俺はでかい。一枚貸してやるだけで、元就には十分だった。
「風呂上りっつったらこれだな」
冷蔵庫から牛乳を出して、そのまま口をつけそうになった。すると元就が「われも!!」と言ってきた。
「あ?お前も飲む?」
「うむ、ふろはのどがかわくものぞ」
そう言って真っ赤な顔の元就は手を出してきたので。コップに牛乳を注いでやって手渡してやる。俺も見習ってちゃんとコップに注いで、二人で豪快に喉を鳴らして飲み干した。
「っぷはー!!」
ほとんど同時に二人で息を吐く。火照った体に、きんきんに冷えた牛乳がしみていく感覚が気持ちいい。風呂上りはやっぱこれだぜ。
「ふふん、ふろとはなかなかいいものだな」
満足げに呟く元就に、そうだろ、と相槌を打とうとして見下ろすと、顔を見た俺は思わず吹き出してしまった。
「おま、口のまわり真っ白……っ!!」
俺が言ったことで気付いたようで、元就は慌てて口元を拭っていた。
「し、しかたなかろう!そういうのみものぞ!!」
「俺ならねーし。それなるのはお子様の印って言うなぁ」
ぐれつな!!とプンスカ怒る元就に、俺はまた笑った。


降り続く雨に悩まされた陰鬱な気分も、元就といるといつの間にか吹っ飛んでいくから不思議だった。





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梅雨入りしたので、それっぽい話を。
水鉄砲は私も風呂場で練習したんだ…やり方はいろいろあるみたいですが、私は上記のとおりです。

最近エロばっかり書いてるから、それじゃないほのぼのしたものを…と思ったら結局ショタだよ!!ごらんの有様だよ!!



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