ときどきはダテサナ書きたい(夫婦設定注意)
By 管理人:すーこ
奥州筆頭、独眼竜、そんな呼ばれ方をしている伊達政宗という男が、実は料理が上手いということを知る者はあまり多くはない。
彼は手先が器用で、何かにつけ自ら給仕場に立つことがよくある。いつもは刀を持つ手に包丁を持ち、戦場の荒々しい太刀筋が嘘のような見事な手さばきにて材料を切り刻んでいく姿は、給仕場で働く下女達ですら見とれる程に見事なものなのだとか。
勿論味付けも申し分なく、時々部下達に振舞ってやっては絶賛されている。残った煮物を取り合って連中が大喧嘩をしたこともあり、その時は小十郎が喧嘩をしていた双方に頭突きをかましてその場を収めていた。

対する甲斐の若虎、日の本一の兵と称えられる真田幸村は、女子でありながらあまり料理は得意ではなかった。
彼女は幼い頃から武術を始め、ただひたすら強くなって戦場に立つことだけを考えて修行に打ち込んできた。そのおかげで並ぶ者無き武者となれたのだが、反対に料理を始め裁縫などの女の仕事は全く身についていなかった。
そんな正反対の二人がいざ夫婦となったとき、幸村は自ら料理をすることを決意した。
今までは料理などできなくとも良かったかもしれないが、これからはそうは行かない。己は嫁となった身、夫に料理を作れずして使命を全うできるはずがない、と彼女は夫にそう言った。
言われた側である政宗は、少し呆れた顔をしながらも、作ること自体には頷いてくれた。
「けがしないようにな、無理はするなよ」
彼女の不器用ぶりは勿論知っている。何度か手料理を口にしたことがあったが、見た目はそれはもう酷いものだったのだ。思わず顔が引き攣って言葉を失ってしまったときのことは、今でも鮮明に思い出せる。
しかし、味はさほど悪くないのが不思議なところだった。食い意地も人一倍強い彼女の舌は確かなもののようで、目をつぶって食べれば味はかなりのものだった。ただ、見た目で損をしているだけで。
なので作ってくれることは問題ない。せめていつも槍を振り回す要領で包丁を振り回したりしなければそれでいい。あと熱した鍋を素手で触ろうとしたりなども気をつけてくれればいい。
そんな感じで注意してくる政宗に、幸村は頼もしい笑みを向けてきた。
「ご心配めされるな!この幸村、政宗殿の嫁として相応しくなるための努力を惜しむ気はございませぬ!」
そう言われて、政宗は「そうか、楽しみにしてるぞ」と少し嬉しそうに言った。何やかんや言いつつも、結局は彼女の料理を食べられることが嬉しいのだった。

その次の日から、幸村は修行の時間を料理の勉強の時間に宛てた。とにかく見た目を考えて、材料を綺麗に切ったり、やたらと火を強めたりしないようにを気を遣うことから始めた。
とても簡単なことなのだが、これが彼女にはとても難しいらしい。人参一本を切るだけでも指を切り、牛蒡を細切りにしようとして危うく爪をそぎ落としそうになった。
「若い女子が、傷などつけるものではありませんよ」
見かねた小十郎が傷に布を巻いてやり、包丁の持ち方や動かし方を教えてやることになった。幸村は礼を言って熱心に説明を聞いていたが、いざ自分がやるとなるとどうも上手くいかない。
「刃物に対する恐怖心が薄いせいかもしれませんね」
小十郎に指摘され、幸村は不思議そうに包丁を見た。
「確かに、某は刃を見慣れておりますゆえ……」
「だからこそ、刃物を出来るだけ指に近づけないように、という感覚が鈍っているのかもしれませんな。それは熱い鍋に手を出そうとすることも、同じかもしれません」
それを聞いて幸村は唇を引き結び、両の拳を目の前でぎゅっと握りしめた。
「そうか、某は慢心していたのだな……!初心を思い出し、より一層修行に励むとしよう!!」
気合い十分な声を張り上げ、幸村は再び材料切りから始めた。
「……その気合いが手元を狂わせているのでは…?」
炎すら見えてきそうな背中を見守りつつ、小十郎は溜息をついていた。


政宗は目の前の膳を見下ろした。そこに並ぶ米や煮物や吸物は、すぐ傍にいる嫁が作ったもの。
米はところどころ黒い部分があり、煮物は形も崩れおかしな色をしている。吸物は小さな赤い何かが浮かんでいるのだが、それが何なのか見ただけでは全く分からない。
こんな料理が、もう数日間続いている。いただきます、と一言おいて、政宗は煮物に手を出した。変色して元が何の素材であったのか分からない物体を箸でつまみ、ひょいと口に放り込む。咀嚼して、それが筍であったことを味で認識した。もはや触感すら違っていた。
「あの、いかがでしょう。今日は筍が届けられたので、それを使ってみたのですが……」
おずおずと幸村が尋ねてくる。政宗は嚥下して、うまいよ、と答えた。そして、その答えにほっとしている彼女に更に言葉を繋いだ。
「でも、もう料理はしなくていい」
幸村は笑みを消し、呆然と政宗を見た。彼はどこか不機嫌そうに眼を伏せて、もそもそと料理を食べている。
「で、でも、某は……」
「いいから、分ったか」
食い下がろうとする彼女に、政宗は低く言いつけた。その言葉に幸村は何も言えなくなり、俯いてはい、と返事をした。
彼がこんなにも強い口調で命令してくることなんて滅多にない。よほど腹を立てているのだ、と幸村は思った。いくら努力をしたからと言って、努力で不味い料理が美味くなるわけではない。日々不味いものを食べさせられて、とうとう嫌気が差してしまったのだろう。
「料理は他の連中がやってくれるだろ、無理にお前がすることもない。お前だって、時間潰してまで料理するより修業してたりする方がいいだろ?」
政宗は少しだけ口調を緩めて付け足しのように言った。幸村は頷くだけで精いっぱいで、顔を上げられなかった。

部屋に戻ってから、もう限界だと涙が零れた。
なんて情けないのだ、と挫ける気持ちに喝を入れようとするが、震える唇は噛み締めていなければ嗚咽が零れてしまう。雫となった涙が膝の上で握りしめた手の上にぽつぽつと落ち、幸村はぎゅうと目を閉じた。
出来ないなりに必死に頑張ったのだが、それでも彼に認めてもらうには足りなかった。彼は優しいから、はっきりと不味いとは言えなかったに違いない。そんな優しさに甘えてずっと不味い料理を出し続けていた己も、腹立だしくて情けなくてたまらなかった。
幼い頃、槍ばかり振り回していた己に、母や侍女達はこぞって料理や裁縫の手伝いをさせようとしていた。出来ないと、夫となる方に呆れられてしまいますよ、と冗談めかして言われていたのだった。
そんな言葉に、幸村は耳を貸そうともしなかった。夫などいらない、某は武士になりたいのだ、嫁になどならない。そう言って、ひたすら武器だけを扱ってきた。
今になって、なんて馬鹿なことをしたのだろうと思う。母達の言うとおり、夫に呆れられてしまったのだ。自業自得としか言いようがない。
「……某は、政宗殿の嫁になる資格など無かったのだ…」
ぽつりと呟けば、ぎゅうと胸が痛んでまた涙が零れそうになる。思わず袖で拭おうとした、その直後。
「……幸村、ちょっといいか」
背後の襖から政宗の声がした。思わず飛び上がりそうになるほど驚いた幸村だったが、今の己の状態を見られては拙いと静止の声を出そうとした。しかし、言うより早く、襖は開かれてしまった。
「ちょっと、さっきのことで……って、おい!」
返事も聞かずに襖を開けた政宗は、目の前でぼろぼろと泣いている幸村を見てひっくり返った声を上げた。
「な、何泣いて……!あ、いや、さっきのことだよな…えーと、違うんだ、俺が言いたかったのは……!」
駆け寄ってすぐ傍にしゃがみ込み、政宗はわたわたと説明をしようとする。しかし焦っているがゆえか、上手く言葉が繋がらないようだった。
「……政宗殿、申し訳、ありませぬ…っ、某、己のことしか考えておらず……」
ぐずぐずと鼻を啜りながら幸村はそんなことを言い出した。政宗は動きを止めて、不思議そうに隻眼を向ける。
「何で謝るんだよ」
「ま、政宗殿が、迷惑していることにも気付かず、独り善がりの料理を作って……」
ぼそぼそと呟く彼女の言葉を遮るように、政宗が大きなため息を吐いた。気弱になっている幸村は、それだけでびくりと肩を震わせる。
「そうじゃねえって。…いや、俺が悪いんだな。ちゃんと言えばよかったんだ」
政宗はそう言って、徐に自身の袖で幸村の顔をぐしぐしと拭った。
「俺が料理しなくていいって言ったのは、お前の手を見たからだよ」
「…て?」
不思議そうに聞き返した彼女に頷き、政宗は彼女の両手を掬い上げるように持ち上げた。
女性にしてはやや大きいその手には、いくつもの布が巻かれ、傷の多さを物語っていた。ひっくり返して掌を見せれば、傷のほかに火傷の跡も複数見られる。
「料理作ってくれるのは嬉しいよ。それは本当だ。でもな、お前がこうして傷だらけになってるのが辛かったんだ」
言って、彼は両手で幸村の手を包み込む。大きな手が優しく撫でさすってきて、幸村は何も言えずに政宗を見返すしかなかった。
「お前は頑張りすぎるところがあるから、簡単に言うくらいじゃ止めないだろうと思って、あんな風に言ったんだ。でも、遠回しに言ってもお前を傷つけるだけだったな。ごめんな、幸村」
「い、いえ…!政宗殿は、何も…」
彼の詫びを受けて、彼女も慌てて首を振った。政宗は小さく笑い、彼女の手を引き寄せて唇を寄せた。そうしただけで、幸村は面白い程に顔を赤くした。
「まずはこの傷を治してくれ。そうしたら、次は俺が料理教えてやるよ」
「ま、まことですか!」
政宗の言葉に幸村は驚き、彼は本当だと頷いた。
「時間あるときになっちまうから、待たせるかもしれねぇけど……手ぇ切らないくらいにはなってもらわねぇと、危なっかしくて目が離せねぇや」
それでもいいか、と政宗はこちらを覗き込んで問うてきた。断る理由などあるはずもなく、幸村は嬉しそうに頷いた。


そして彼女の指が元通り綺麗になった頃、政宗は暇な時間を作って幸村と給仕場に立った。
「まずはいつもどおりに料理作るか。見せてくれるか」
政宗は傍観の立場を取った。幸村は頷き、緊張気味ながらもいつものように材料を切るべく包丁を持った。
少し材料を切ったところで、政宗が動いた。
「そんな持ち方してたら切りにくいだろ。こう、ここ持ってな……」
説明しながら幸村の背後に回り、後ろから手を回すように彼女の手に己のそれを重ねて、持ち方を直接教えだした。
幸村は突然の展開に慌てていたが、政宗は平然と説明を続ける。料理を教えることに夢中になって、今自分が何をしているのか理解していないようだった。
「ほら、こっちもしっかり持ってろよ。いいか……」
幼子に教える母のような口調で言い、政宗は彼女の手を操って材料を綺麗に切っていく。
幸村はと言えば、震えそうになる手を必死にこらえ、目の前の獲物に集中しろ、と心の内でひたすら唱えていた。


そんな微笑ましい光景を、侍女や家臣連中が物陰からこっそり見守っていることも、二人は気づいていなかった。






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ときどきは書きたいわけです。だから書いたんです。
唐突に夫婦とか、どうなの…でもこのネタは夫婦でないと書けなかったんだ…しょうがないね。

筆頭が料理できるってすごい萌えませんか。萌えませんか。(大事なことなので二回言いました)



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