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はにゃーん的独用小説板
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イレギュラー・バランサー
By tカラ
2010-05-18 21:53:48
世界は、変わってしまった。

魔物と呼ばれる、悪魔の様な存在が全ての世の中を徘徊し、人間が世界を征服していた時代が間もなく終わろうとしていた。
そう、それは人類の黄昏とも、日の沈む時だとも言えるだろうか。

それらはすべて、多かれ少なかれ、人間に似た形を取っていた。
だからだろう。人間の処置・対応は遅れ、人類は今や、魔物に食いつくされようとしている。
人間は、今までと同じ生活を維持しながらも、魔物を退治するバランサーと呼ばれる人々を育成し、魔物に対抗していた。

この物語は、そんな現代のようで破滅の空間へとあなたを誘う、ちょっとした物語である。

開くかどうかは……あなた次第だ。

pc
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By 第5話-1
2010-07-08 22:30:31
「何だ?……庭に魔物?」
その昼、管理室で電話番をしていたのは無限であった。
電話を取ると、受話器の向こう側からは金切り声が聞こえる。だが、無限は焦りはしない。
むしろ、こういう事態になるほどに冷静であることは重要となるからだ。長年の経験で彼はそれを知っていた。
「まあ落ち着いてくれ、奥さん。……そう、そうだ。それで、魔物の姿と特徴は?」
無限は受話器を頭と腕で挟みながらメモ帳を取ったが、ペンを取ろうとしたところで動きを止めた。
「青くて……ヒゲが生えてて……はぁ、なるほど、お隣の家の人だった」
受話器から響く謝罪の声に耳を傾けず、彼は乱暴に電話を切った。こういう電話は日常茶飯事である。
ウイルスなどが流行してすぐに動揺し、騒ぎ出す人々に対し、彼はうんざりしていたのだ。
敏感な方が危険に勘づける分、デマも多い。そんなことになると、始末をつけるのは大抵自分たちという現状に、まったくもってうんざりしていた。
そんなことをぼんやりと考えながらカップ焼きそばをすすり始めると、また電話がけたたましく鳴り響いた。
「……ったく、メシの時間くらい静かにしろよ」
電話に向かって呟くが、電話はおかまいなしだ。まあ食事をしていると分かっていたところで、かける側はやめたりしないだろう。
命の危険があるときにかける電話回線に対して気遣う人がいたら、それは異常なこと間違いない。
「あーはいバランサー第八育成所」
無機質的に一気に言いきり、彼は焼きそばをズズズっとすすった。
しかしながら、また主婦のボヤ騒ぎか何かと踏んでいた彼の耳に入ってきたのは、落ち着いた声が告げる別件のニュースであった。
「………え?都警察のゼラ署?」
無限の箸が落ちたが、それを彼は落ち着いて拾い上げ、メモ帳とペンを取った。今度こそ本物らしい。
「……ガリズ協会の事務所?……また、難儀だな」
分かってる、1時間でそちらに向かうから、と無限は告げて、電話を切った。
焼きそばを放置することには少し名残惜しさがあったものの、今度こその命の危険に彼は急いでコートを着て、招集ベルを鳴らした。


「ガリズ協会のゼラ事務所が襲われたとの情報があった」
全員がそろって無限が放った言葉に、ざわめきが起きる。
ガリズ協会は、貧しい人達を救う募金を集める、慈善団体の協会だ。
しかしながらそれは建前で、本当は「かよわい人を救う」ことを名目に魔物狩りを私的に行う、ヤクザの集団だというのが公然の事実であった。
こういった集団が現代は多く存在することが問題となっていたが、肝心の住民が魔物狩りに好意的な姿勢を見せているので、取り締まれないのが現状である。
スポーツ感覚で弱い魔物を集団で襲っては必要以上かつ残酷に殺すので、バランサーの中では魔物以上に嫌われている集団だが、その集団が魔物に襲われ危険だという。
「そんなのほっときゃいいのに……」
新入りのκが呟くが、無限は苦々しげにそれを否定した。
「方針上、やむをえまい。……救いようのないヤツもいるだろうが」
魔物に襲われているが生存していた場合、人々を必ず救出せよ。
―バランサーの政府方針である。怪我していた場合は、魔物からの影響を見るために強制隔離の上、軟禁となるが。
「怪我してれば楽なんだけどね」
ひゃわがボソリと呟いた。先述のことを踏まえてのことだろう。
「とにかく、行くぞ。魔物の群れらしいから、お前らも気合入れとけ」
無限の一声が解散の合図となり、全員部屋に戻っていった。無限はため息をつく。
「お隣のオヤジの次は、ヤクザに狼かよ……ったく」


ゼラ地区には大きな湖であるゼラ湖と、その中に点々と存在する小島があり、工業地区ながらも観光名所となって人々を呼んでいる。
また、湖のほとりには食用植物が生えており、美味しいのでゼラと言う名前で売られ、人気が高く有名だ。
が、夜になると魔物が出ることでも有名であった。
その湖の中の小島の1つをガリズ協会が買い取り、支部として根城に使っていたのもこれまた巷では有名な話であった。
「くそっ、霧が深くて見えやせん」
ダスキンが唸ったとおり、この日のゼラ湖は霧が非常に深く、一寸先が霧というほどに真っ白で、なかなか先を見通すことができそうになかった。
霧が深いと人間には不利な状況でも、目と勘のいい魔物には大したことではない。雲行き怪しい、といった感じだ。
「にゃーう、こりゃさっぱり見えないね」
整備してもらった大鎌、"魔王"を背負い、ルクスが遠くを見ながら呟く。刃渡り1m以上はあるかというような、大鎌だ。
その横では、ひゃわと楓も同じように遠くを見ようとしていたが、やはり見えないようであった。
「ふむ………」
そんな中、TAMIだけはじっと一点を見つめている。無限が声をかけた。
「左目なら何か見えるか?」
「……事務所の周りを、アクアウルフが囲んでいますね。数は6匹で、今は組員の死体らしきものを皆で食べています」
アクアウルフは、集団で狩りをして生活する狼型の水の魔物だ。魔物らしからぬ、白っぽい毛並みは美しく、毛皮が売られることもある。
しかしながら、その内部はやはり魔物と言うべきか、人間を中心に狩りを行い、急所を食い破って食べてしまう荒々しい習性を持っているのだ。その上、足が発達していてスピードは速く、おまけに水中を泳げるのが最大の特徴であった。
彼らにとっては、この湖は住処であり、なわばりでもあった。
煌夜が呟く。
「ガリズ協会とアクアウルフねぇ。どっちもヤクザみたいなものじゃないか」
「ヤクザの抗争かな」
ふかふかがそれを返してニヤリとしたが、無限はおかまいなしに全員に指示を出す。
たちまちのうちに、全員の手には1本ずつの、青いビンが手渡された。中に何かの薬品が入っている。
「署からは水中用の魔法薬をもらってきた。泳げる、泳げないに限らず、皆用心してこれを飲むんだ」
そう言って無限はビンのふたを開け、中身を一気に飲み干す。皆も飲んでみたが……。
「あれ?意外と美味しいなぁ、これ」
「うぇー!?何このすっごく苦いの……」
見てみると、美味しいと評する者と、苦いと評するものの2タイプに分類された。
煌夜は渋いと評したが、ふかふかは「苦いことこの上ない」と騒ぎ出し、楓とひゃわは口直しの水を飲む有様である。
さらにTAMIが味がまったくしないと発言したことで、論議が始まりそうだったのだが。
「お前らいい加減にしろ!さっさと行かねえと連中が死ぬぞ!」
と無限が怒鳴り、水の中に勢いよく飛びこんだのを見て、皆は口を閉じて水の中へと飛び込んだ。
若手が全員飛び込んだのを見送ると、残ったのはふかふか、煌夜、そしてTAMIとなった。
「じゃあ僕は水中を泳いでいくねー」
「とりあえず流水は避けたいとこだし、霧にまぎれて行くとするかな」
「俺は一応のことを考えてと、サビを回避するために、ここに残ります」
準備体操をするふかふか、空中にスっと浮かぶ煌夜、そしてスパナをかまえてくるくると回すTAMI。
ふかふかは水しぶきをあげて勢いよく湖へと飛び込んだ。続いて煌夜が霧と同じように白い煙になって溶けてしまい、残されたのはサイボーグの彼だけとなった。
「………ふむ」
TAMIは左目を凝らして、向こうの島の方角を見た。誰かが水から頭を出しているのが見えたようである。

pc
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By 第5話-2
2010-07-08 22:31:07

「にゃう、見えた!」
「ルクス!声が大きいぞ」
湖面に浮かぶ無限が口をふさぎ、ルクスがすみませんと呟くと、当りは再び静かとなった。
小島をうろつきながら事務所のヤクザの肉を狙うアクアウルフ達は、まだ島に残っていた。事務所のドアをバリバリと引っかいたり、タックルしてみたりするが、うまくいっていないらしい。
匂いを湖水で消しているため、こちらが接近しているのは幸いまだ気づいていないようだ。ルクスの声も勿論、聞こえていないらしい。
『やっほー、来たよー』
「ぎゃ!?ササ、サメ!?むぐっ!?」
突然足元にサメが来た上に喋ったことで驚いたルクスが叫ぶが、今度はダスキンとκの2人がかりで口を塞がれた。
「静かにしろ!これはふかふかだ、変身してるんだよ!……ッチ」
サメが無限の言葉に頷いたが、無限は島の方向を見て舌うちした。
「気づかれたらしいぞ」
「う……ご、ごめんなさい」
「始末書だ。無事帰ったら、だがな」
ルクスがうなだれるが、無限は厳しい顔で剣を抜き、一言告げた。ルクスの顔が青くなるが、泳いで接近しつつある狼の吠えた声を聞いて、更に顔を青ざめさせた。
「κ、ダスキン、ルクス。お前らは俺と一緒にここで連中の相手をする。その間に楓とひゃわは、ふかちゃんの背に乗り、こっそり小島に上陸しろ」
皆がうなずく間もなく、楓とひゃわが悲鳴を上げた。ふかふかが背中に2人を乗せて、猛スピードで泳ぎだしたのだ。
それぞれが獲物を取り出すうちに、アクアウルフはどんどん近付いてくる。どうやら、3対3の2方向で、左右からの挟み撃ちで来るようだ。
アクアウルフが湖面を突き破り、牙をむいて無限へと飛びかかった。同時に、無限がアクアウルフの鼻めがけ、剣を振り下ろした。


「……うわ、これはひどい」
湖の湖面から顔を突き出し、静かに小島へと上陸したところだった。
小さなシャレた小屋の周りには、組員の死体が2人分あったが、どちらも無残に食い荒らされており、身体の半分以上が欠けていた。アクアウルフも飢えていたということだろうか。
ふかふかがそう判断した時、小屋の中から突然絶叫が湧きあがった。
「ん?」
「……今の……悲鳴?」
チラリと小屋を見ると、小さな窓には赤い液体がべったりとついていた。それどころか、見ている間に赤い液体がどんどん窓についていくではないか。
今の今までついていなかったその紅色に、ひゃわと楓が思わず身震いする。ふかふかは刀をスラリと抜き、小屋へと近づいた。
「2人とも、見張りをしてるように」
指令者がそう言った瞬間、ドアをバタンとあけると、中は血の匂いで溢れていた。鼻をさすような鉄の匂いに思わず、彼女は顔をしかめる。
中にあったのは血だまりと、その血を流した組員の死体が5つだけだ。しかし、死体の傷を見て、ふかふかが首をかしげる。
「あれ?……切り傷だ」
噛み傷なら分かる。アクアウルフは牙を使って相手を食いちぎるのだ、それで殺されたならば、肉を食い破られたに決まっている。
事実、今まで狼が占拠していたこの湖近辺なら、小屋の床を突き破ってでも彼らを食おうとしただろう。
しかし、これは違う。アクアウルフには切り傷を作ることはできない。そのような力はない。
「まさか……別の魔物が?」
そう考えたものの、答えはYesともNoともつきかねない。
ドアは開きっぱなしだが、破られてはいなかった。床も天井も、侵入された痕跡はなさそうである。
上級の利口な魔物でなければ、ドアは開けられないはずだ。意外かもしれないが、魔物はドアを開けられない。ただ、突き破ることで通過するしかないのだ。
彼女は指折り指折り、選択肢を数えてみた。
「考えられるのは……1、気がおかしくなったか、何らかの理由で自害。2、まだこの小屋の中に犯人が潜んでいる。3、ドアを開けられる魔物が一瞬で殺した……」
どれも考えにくかった。
恐慌状態の彼らとて、拳銃は持っているだろうから、防衛できうる限りは自害の理由はない。死体の2人は刀を持っているが、抜いてみたところ、血による刃の曇りはない。
2番目も怪しいところだ。もう視界に見えるのは、洗面所やレスト、そしてクローゼットだけ。
3つ目。なおさら怪しい。アクアウルフのような、どちらかといえば利口でしつこい魔物が徘徊する中で、わざわざ上級の魔物が手を出しに来るだろうか?
「……とりあえず見てみよう」
血だまりの中を歩きながら、彼女はまず洗面所の扉を開けた。洗面所の鏡に血が飛び散り、シンクの中に頭を突っ込んで組員が死んでいた。
奥の風呂場でも、浴槽の中に沈む組員を発見した。
ますます、彼女には真相が分からないものとなった。あの一瞬でこの場の全員を殺すなど、ただの魔物ではない。人間の殺し屋でさえ、そう簡単にできるものではない。
「僕でも無理だろうなー……」
トイレの中は幸いにも無傷のままだったが、芳香剤がむなしく香りを放っていた。これだけ血塗られた小屋を良い香りで埋め尽くすなど、この芳香剤には所詮無理に違いあるまい。
そう思うと、彼女は若干のむなしさを感じた。そのまま、クローゼットの方を開けると。
「あれ」
鉄でできたオリが1つ、クローゼットの中にあった。
そしてその中には、"水色の毛でおおわれた小犬のような生き物"が入ったままこちらをじっと見つめていた。周りには、明らかにアクアウルフのものとみられる毛皮が、何十枚と連なってかけられていた。
オリの前に落ちていた紙切れを彼女は拾い、見る。読むと、それは毛皮の密売誓約書だった。
「……なるほど」
ふかふかは悟った。おそらく、ガリズ協会のこの組員たちは、アクアウルフを遊びで狩って毛皮をはぎ、売っていたに違いない。
そして、この子犬はアクアウルフの幼体で、成長させて毛皮にするために捕獲していたのだろう。それを、アクアウルフは取り戻そうとしていたのか。
遊戯と実益を掛け合わせた、彼らの正体と、魔物の誤解。ふかふかは思わず、紙を細かくちぎって、ばらまいた。そして呟く。
「……くだらない」
オリの中でじっとしている、アクアウルフの幼体と眼があった。幼い狼だが、眼はしっかりとふかふかの目を見据えている。値踏みしているのか、軽蔑しているのか、助けを求めているのか。
だが、この小さな水色の体からもプライドを感じ取ることはできた。少なくとも、彼女には。
ふかふかは無言でオリへと刀を振るった。オリは真っ二つに砕けてしまったが、逃げられる状態なのにアクアウルフはまったく動こうとしない。相変わらず、ふかふかを見つめたままだ。
「……僕はキミに手出ししないけど」
刀を鞘におさめ、ふかふかがしゃがんで声をかける。アクアウルフは『わう』と一声鳴いたが、やはり微動だにしなかった。
困った顔をしながら、彼女はアクアウルフの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を閉じ、なすがままに撫でられるアクアウルフを見て、ふかふかは色々と考えていた。
「この子、どうすればいいのかな。いっそ連れて帰って……」
比較的動物に近い魔物を飼育し、慣れさせた例は少なからず存在する。いつのまにやら、彼女はこの魔獣に、少々の愛着と尊敬を抱いていた。
やはり、連れて帰ろうか。彼女がそう思い、抱き上げると。

「!!」

突然、クローゼット、もとい彼女の真後ろの位置に何かがドスっと落下してきた。それも、天井を突き破っての落下であった。
その上、それは人の形をしていて、顔を見ると、顔なじみにもほどがある人物。
「こうたん!?」
煌夜は傷だらけで、青い毛で包まれた顔や体、服は血まみれだった。
再生力や耐久力のある吸血鬼の彼がここまでやられたとなっては、ただごとではない。何かとんでもないことが起きたに違いない。
急いで近寄りしゃがみこむと、彼はうめきながら目を開けて、彼女の腕をつかんだ。
「しっかりしてこうたん!」
「……ふかか……カハッ、やられた、早く……外へ」
「やられた?誰に?外……そうだ、早く助けか治療を、アクアウルフも早く止めないと」
自分でも混乱していたが、落ち着くように強く言い聞かせて立ち上がった途端、また天井を突き破って何か、いや、誰かが落ちてきた。楓だ。
帽子は切り裂かれて耳の部分が片方なくなっている。傷だらけ、血だらけだが、煌夜ほどではない。
「かえぽん!?」
「………ぁぅ…」
しかし、彼女もまた、床の上でぐったりとして動かなかった。どうやら、2人ともこっぴどくやられたようである。
アクアウルフの幼体は、外に向かって唸り声を上げた。ドアの外に敵がいるらしく、ドアの方向から眼を放さない。
「……悪いけど、ちょっと後ろ見張ってて、ブレイズ」
ふかふかは煌夜と楓を2人一気にかつぎ、ブレイズと名付けたアクアウルフに声をかけた。ブレイズは『わう』と再び鳴き、ふかふかの背後を睨みつけて不動の体勢を取った。
そして、彼女が勢いよくドアを蹴り破ると、ドアの向こうにいたのは。

「これはこれはお久しぶりですね」
「何をしやがった、貴様」

ひゃわを抱きかかえて微笑むシルクハットの魔物、tカラギコ。
その殺人鬼に燃え盛る大剣を向けて眼をぎらつかせる男、無限とその仲間。
そして、切り刻まれて水の上に浮かぶアクアウルフの姿。

彼女は思わず、かついでいた2人を取り落とした。


―続く。
pc
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By 第6話-1
2010-07-08 22:32:34
ひゃわを抱きかかえたまま、タキシードの奇術師はヒラリと小屋の屋根の上に飛び上がった。
「ひゃわさんを抱えてるのに、あんなに身軽に!?」
ルクスが鎌を持ちながら驚愕して呟いた。となりのダスキンは睨みつけているものの、その脅威は伝え聞いていたのであろう。汗が彼の顔を伝う。
「おやおや、私も見くびられたものだ。こう見えても魔物なのをお忘れなく」
tカラはそう言うなり、屋根の上でクククと笑いだした。お腹を押さえているのが、彼らの怒りを一層煽る。
「貴様、何をやりやがった。答えろ」
底冷えのするような声で無限が告げたが、意に介さないようにtカラはステッキをくるくる回すままだ。
負傷して動けない煌夜と楓を壁にもたれさせ、ふかふかが刀を抜いてじっと見つめる。
「いえいえ、同じ魔物のよしみと言いましょうか。少々味の良い肉と、さらわれた子どもの在り処を教えたまでで」
「……まさか、こいつが仕組んだんか、今回の件は」
思わず絶句したダスキンが眼を見開いた。高笑いしながらもバランスを崩さず、奇術師は途切れ途切れに説明をする。
「ハハハハ、いや、ハハハ、申し訳ない、ハッハハハ……いやいやもう傑作でしたよ!毛皮を売りさばき儲けを為す汚れた人間、プライドに凝り固まって怒りに我を忘れた魔物、そして」
私の掌で踊らされていた貴方達の三角関係は。彼がそう述べる間、誰も身動き1つしなかった。
ブレイズが勢いよく小屋の外へ飛び出てきたが、ふかふかでさえそれに気付くことはない。
「いやはや、ハハ、もうお見事といいますか、私のシナリオどおりでした。その子狗(ドッグ)を小屋の中に置き、人間は喜び、汚らしい白い魔獣は我が子をさらわれ、命と毛皮と誇りを取られたと怒り狂う」
tカラは肩をすくめ、微笑んだ。
「彼らは思うように争い、血みどろで憎しみを彩り、散って行った。いや、貴方達の演出にも感謝しなければなりませんね」
「てめえ」
無限の言葉に、tカラは首をかしげた。彼からは怒りのオーラしか感じられない。
「同種の命さえもてあそぶのか」
「同種?笑わせないでくださいよ……プククッ」
奇術師はよじれ、笑いながらブレイズを指差す。人間のような笑い方だが、中身は狂っているとしか思えないものだった。
「こんな、こんな下等なものが?……よしてください。私はやりたいことをやって、皆が争うのを楽しみにしているだけのしがない者ですよ」
「……こ……の!!」
顔を真っ赤にしたふかふかが懐に手を入れ、出した瞬間、張り詰めた音とともにtカラのシルクハットが吹っ飛んだ。
その手に握られているのは拳銃。怒りが頂点に達した彼女は、攻撃を止めろと言われてもやめるつもりはない。
こいつを、殺す。それだけを、彼女は考えていた。
「おやおや、そんなものを持っていては物騒ですね」
「「黙れ」」
無限とふかふかの声が同時に響くが、彼は肩をすくめて言葉を紡ぎ続ける。パチンと鳴らした指からシルクハットを取り出し被る。
「楽しみというと語弊がありますね。私には"死"が美しいのです。散る桜、溶ける雪、沈む夕日、消えゆく命。儚きその存在が奏でる最後の唄が、私を酔わせます。いいものですよ、死は」
「自分が死んでみればいいだろう」
κも拳銃を取り出した。全員が武器を構え、いつでもtカラに飛びかかろうと構えていた。
「はぁ、仕方ない。それだけ私を殺したいならば、私も御相手せねばなりませんかね」
彼はそう言ってため息をつき、ゴソゴソとシルクハットの中をまさぐった。そして出てきたのは。
「これ、何か、分かります?」
「!……ブラデ……ニウム!」
tカラの指先につままれていたのは、その彼が抱きかかえるひゃわのブラデニウム石。
色は普段の水色ではなく、琥珀色をしている。危険を知らせる時、その石が琥珀になることを、ひゃわはいつもメンバーに語っていた。
さすがの事態に、全員の顔が青ざめた。最悪、ブラデニウムを奪われた上に殺されかねない。
「そうです。私は琥珀色が力を特に得られる石であることを知っていますのでね。もう4年も前からこの石を狙っていましたよ。150個目の記念すべき食事として、ね」
そう言いながら、tカラは歯に石を挟んだ。ひゃわは相変わらず身動き1つしない。
最高の笑顔と、生きていない目をした彼に向って、無限が思わず叫んだ。汗が噴き出す。
「待て、やめろ!」
「御気になさらず」

tカラの口から、バリっと音がした途端、強烈な白い閃光が周囲全てを包み込んだ。


pc
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By 第6話-2
2010-07-08 22:33:22
「…………ほう、これはこれは」
tカラの黒く焦げた口元には、爆発して同じく黒く焦げた筒と、それを貫き通す1本の矢が刺さってた。
いや、口元どころか、矢は彼の口を貫き通し、後頭部まで突き抜けている。彼の顔は驚き一色に染まっていた。
「ジャリジャリして気持ち悪いものを」
「……ちょっとしたお返しだよ」
彼の目線の先には、弓をかまえる格好で壁にもたれかかっていた楓がいた。
服の一部が破れたりしているところは変わらないが、傷は完全に消え去っていた。そして、その傷を治したのは、彼女の胸元にかかるペンダントの。
「ほうほう……石、の通常能力を引き出したのですか?」
「石の能力で傷を修復して、石を閃光弾のついた矢で弾き飛ばす。このくらいは……」
バっと立ち上がり、楓は弓を再びかまえてtカラギコを睨みつけて叫んだ。
「ひゃわちゃんを守るためなら!」
「……鬱陶しいことで」
tカラがチラリと下を見ると、ブレイズがひゃわの石を咥えたまま唸っていた。どうやら瞬時に判断し、キャッチしたらしい。
つくづく憎々しい。これにはさすがに奇術師もいら立ちを隠せなさそうだった。
「邪魔をしないでもらえますかね」
パチリと指が鳴り、ステッキを斧に変える奇術師。そのままひゃわを投げ捨てると、彼はブレイズに飛びかかった。
「石を渡しなさい!」
tカラは斧を振り上げ、ブレイズへと襲いかかる。その後ろで落ちてきたひゃわをダスキンがよろめきながらも受け止め、ルクスとκがじりじりと詰め寄っていた。
楓が矢を放つが、奇術師は首をヒョイと動かしただけで矢は後ろへとすり抜けていく。もうダメかと楓は目を閉じたが、彼女の耳に響いたのはガキンという、鋼同士のかち合う音と。
「てめえら、下がってろ。コイツは俺とふかちゃんの2人だけでケリつける」
斧を片手に持った大剣で防ぎ、tカラを鋭く睨みつけて放つ無限の声だった。
「そうだね。この醜い悪癖野郎が」
「……醜い……フ、そこまで言うならご容赦いたしませんが、ね!」
ブレイズから石を受け取り懐にしまったふかふかのセリフに、tカラの顔から微笑みが消えた。
返答と共に斧を勢いよく投げつけたが、ふかふかは抜刀した刀を一閃し、斧はスッパリと切れてガラリと地面に落ちる。
「うらあ!」
斧を投げた隙に無限が大剣に炎を集め、背後からtカラの背中を切りつけるが、間一髪で振り向いた奇術師は大剣を左手だけでガシっと受け止めた。
服や手袋がメラメラと燃えていくが、彼は気にする様子もない。ニッコリ微笑みながら力で大剣を押し戻そうとするが、無限の力も同程度で、燃える剣はそのまま行ったり来たりを繰り返す。
チャンスと見たふかふかはその背中を同じように横なぎで切ろうとしたが。
「おやおや、背後を狙うなんて正当なものではありませんね」
右手に再び握られたステッキで、ふかふかの刀を押しとどめるtカラ。刃はステッキでガキリと止まり、進行を許そうとしない。
「ステッキ……ちょ、こ、ざ、い、な!」
「もっと楽しませてくださいよ」
そこから刀を振り上げ、降り下げ、横へ薙ぐのラッシュがふかふかの手で続くが、tカラは前を向いて無限の大剣を押しとどめたまま、片手ににぎられたステッキだけで刀をさばいていく。
突如、無限が一気に力を腕に入れた。大剣が滑ってtカラの顔の目の前に切っ先が向き、奇術師はよろける。
途端に、業火が大剣から直線状に放たれた。tカラの頭を炎が飲み込み、腕の力が弱まり、ステッキも動きを止める。
「!!」
燃えた頭に気を回している間に、ふかふかからズバリとステッキごと足を切り裂かれ、tカラはバランスを失い地面に伏した。
が、次の瞬間には彼の体の下に扉ができ、バカンと開かれた扉の中にtカラは落ちていった。後を追おうと無限とふかふかが扉に駆け寄るが、扉は閉じ、地面にしみこむ水のように消えていく。
「逃げたか?」
無限がそう言って辺りを見回すと、小屋がいきなり轟音を浴びて爆砕した。
ふかふかの「皆、伏せて!」という言葉で皆は伏せたので、粉砕した木屑や石などがぶつかることはなく、怪我をすることもなかったが、爆発のショックで皆固まっている。
煙がもうもうと立ち込める中、小屋の残骸を押しのけてtカラの影がぼんやりと立ち上がった。
「……随分やってくれるじゃないですか。久々に、骨のある方々と戦えて光栄ですよ」
「今までそんな弱い奴としか戦ってこなかったの?卑怯だね」
顔は黒こげで、シルクハットやスーツは無残にも焼かれて吹き飛んでいた。が、またもパチンと指を鳴らして服などを一気に新調したtカラは再び自分のペースに持ち込もうと言葉をかける。
が、ふかふかの挑発で再び眉をひそめた。続く無限の言葉で、その顔を彼はさらにしかめることとなる。
「……貴様も若いな。この程度で内が出るんじゃ、甘い」
「冗談が過ぎますね。どの口ですか」
ステッキが突然ヤリに姿を変え、二股の先端が2人の口元へと突き刺さろうと襲いかかる。
無限は大剣でヤリの軌道をズラしたが、ふかふかは一歩だけ遅く動き始めた。結果、ヤリの先端が目の前まで飛んできている。
ふかふかは刀を下から突き上げた。いや、それでも駄目だ。

間に合わない―。
pc
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By 第6話-3
2010-07-08 22:34:05
「わう!」
腹部にかなりの衝撃を感じた時には、彼女の身体は先ほどの奇術師同様、地面に倒れていた。
目に見えるのは、青空とそれを突っ切るヤリの部分。そして、お腹の上から感じる吐息。
「ブレイズ……ありがとうね!」
「わう!」
ぶつかってまで、ブレイズはふかふかを押し倒してヤリから避けさせた。ヤリではなく、ふかふかそのものを軌道からなくしてヤリを避けさせたのだ。
さすがアクアウルフの血というべきか、状況判断は非常に鋭い。
「子犬とおしゃべりしてる余裕はあるのですか?」
再び斧を振り上げてtカラが襲いかかろうとダッシュしていたが、無限の大剣がそれを再び防ぐ。
「させるかよ。お前は俺と遊んでやがれ」
「相手になりますか?」
激しいラッシュとともに火花が散るが、両者ともに斬撃を防ぎながら攻撃しあっていた。
ふかふかも立ち上がり援護に向かおうとするが、それをとどめたのは。
「あだっ!?」
左手の指に勢いよく、それも加減なしに噛みついたブレイズの牙。グググと噛みついたまま、ブレイズは離れようとしない。
ふかふかも離そうとするが、てこでも動かなそうだった。しかし、狼は突然牙を離し、指にぽっかり開いて血の流れだしたのをなめ始めた。
「え……ちょっとブレイズ、何を……?」
ブレイズを驚いた目で見つめるが、彼女には目もくれず、ブレイズは血をなめとっていた。別に痛くて血が出ているだけだ。
……いや、それだけではない。何か、刀を持つ右手の方が少し熱くなっていた。
「……あつつ」
「! こうたん!」
瓦礫の中からガラガラと音を立てて、吸血鬼が現れる。爆発に巻き込まれたが、どうやら無事だったようだ。
傷も少し治っている。やはり、吸血鬼の血は回復力や生命力さえも強くしてしまうらしい。ふかふかに近づきながら、彼は語りかける。
「……アクアウルフ?」
「うん、ちょっと成り行きで保護してて」
無限とtカラのラッシュは、だんだん無限のペースになっていくところだった。紙一重で斧を避けながら、大剣を叩きこむ。少しずつtカラの身体には傷が増えていく。
が、逆にその傷を気にせずtカラもまた、斬撃を繰り出していた。だが、戦いなれている無限の方が斬撃のスピードは速いらしい。顔が笑っていないのがその証拠だ。
「……指を噛んでるのは……きっとこの子なりの秘策だ」
「秘策?」
煌夜はうなずき、アクアウルフを見つめながら喋った。
「魔物に襲われ、傷を受けると人間なら何かと影響は出る。おそらくふかの身体に違和感がある場所がどこかにあるはずだ。そこにきっと……」
「……噛まれたことで、未知の力を得たってこと?」
「わふっ」
ブレイズが吠えた。すでに血は止まっているが、右手の感覚はやはり消えない。
これが力だったとしたら、何か起きるかもしれない。ふかふかの直感が物語っている。
「はあっ!」
ふかふかが刀を振り上げ、無限と切りつけ合いながら夢中になっているtカラの背後へと駆け寄った。
気付いていないその背中に、力を込めた右手で刀を握り締めながら、彼女は斬撃をまともに浴びせ―。
「!?うあ!?……あ、うぐ……う」
斬撃を浴びせた瞬間だった。tカラの表情が突然、苦悶の表情へと激変した。笑みはどこにも残っていない。
背中の傷から、黒い汁のような血が吹き出て、無限やふかふかの足元にまで飛び散った。苦しそうにうめき、震え、彼は突っ伏す。
無限がそれを狙って頭に大剣を突き刺したが、なんの変化もない。ふかふかも刀でもう一度切りつけたが、やはり同じだった。
「ふかちゃん。……何を?」
無限が足元で呻きながら苦しむtカラを見て、ふかふかに聞くが、彼女は首を振って何も言わない。
あの斬撃でダメージを与えたはずなのだが、2度ダメージを与えることはできていない。どういうことかさっぱりだ。
「……ぐ…はぁ……はぁ……よく…も……」
tカラはぞっとするような声で何かを呟きながらよろりと立ち上がった。そして指をパチリと鳴らし、背後に真っ黒なドアを取り出す。
「……まさか…空間を通しての斬撃……リンク……次は必ずや……死の目を」
「逃がすな!」
ハッとした無限の一声で、それまで待機していた全員がtカラに飛びかかったが、彼の動きの方が一足早かった。
開いたドアにするりと身体を滑り込ませ、バタンと閉めた。そのままドアは消えてしまう。
「チッ、取り逃がした……か」

無限の言葉が、辺りの静寂を呼ぶ。どっちつかずのまま、戦いはまたも幕を閉じた。

―続く
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