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LOGICAL×BURST
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クロポンの研究室 九階
By クロポン補佐官
2019-10-01 05:00:01
創作科学者・クロポニエルのレポート09

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By クロポン補佐官
2024-03-03 22:30:02
チェリーブロッサムの夢 第四話
 


     4.


 時幻党(じげんとう)の、とある一室───。

「わあ。この部屋、中庭の木がよく見える──!」
 部屋に着くなり優人は本たちを抱えたまま、真っ直ぐに窓辺へと駆けた。イノセントはというと……心配していた通り、場所を変えた事によりムードも何もかもがぶち壊れた事にげんなりとしていた。後ろ手に一応、部屋の鍵は掛けるが。…果たして、ここから空気を持ち直す事はできるのか──…。
(……。やっぱ、“虚像の間”にでも連れ込むべきだったか………)
互いの部屋では時間帯的にも高確率で何かしら、誰かしらの邪魔が入るだろう。“何処か日当たりがよくて暖かい場所”というリクエストにここの空き部屋を選んだが、事を成すには些(いささ)か不向きな場所のようにも思えた。
「はぁぁ〜……」
 焦らされ、焦らされての後(のち)の「待った」の果てのこれである。
(…こっちは、ずっと我慢してやってるっつーのに───、)
優人から半分奪った本の山を、腹立たしさからテーブルの上へと半ば投げ出すようにイノセントは置いた。
「いつまでそんな枯れ木なんか見てんだ」
「あ。すみません、つい」
イライラを隠し切れずに歩み寄って来たイノセントの気配を察して、優人が振り向く。
「…きっと、春には桜が───」
 綺麗なんだろうな、そう零(こぼ)して。本たちを抱えテーブルへ下ろしに行った優人に、イノセントは肩に触れ掛けた手を止め、無言でその手を下ろした。





──ドサッ、トサトサ………
 ソファーへと掛け、ローテーブルの上の本の山をチェックする優人の様子に。イノセントはすっかり落胆しつつも、優人の隣へと腰掛け、無言のまま相手を見遣った。──所詮(しょせん)。こいつと自分とでは、相手に対する“ソレ”の度合いが掛け離れているのだろう。
(こっちは、夢にまで見てんのによ───)
無意識に伸びた手が優人の髪へと触れ、その横顔を覗うのに邪魔な髪をそっと耳へと掛けた。
「………………」
「…あの、」
物思いに耽(ふけ)りつつあった所を相手の声にて我に返り、手を止めた。
「ん、悪い…」
「いえ」
紫を帯びた瑠璃色の大きな瞳が、真っ直ぐにイノセントへと向く。
(相変わらず、無駄にデケー目ぇしてんな………)
「…嫌だったか?」
「──全く、」
 即座に断言して、こちらへ微笑む。細められた目許に安堵して、引っ込め掛けた手にて少し迷ってから相手の頭をそっと優しく撫でた。よく見慣れた、黒くて艶(つや)のある割には柔らかく癖のある髪質。…纏(まと)めるのに苦労してると言っていたから、最初は嫌がるかとも思っていたが。予想に反し、特にそんな素振りも優人は見せなかった。
「ガキ扱いすんなとか、言わねぇーの?」
「気分…、かな? ──今は。ちょっと甘やかされたい気分なのかも……」
手を滑らせて頬へと触れると、向こうも自身の両手をイノセントの右手へと添えて静かに目を閉じる。
「…俺、イノセさんに触れて貰えるの好きですよ? …だから。もっといっぱい、触って欲しい───」
「…………っ、」
──ムラッ、……

 収まり掛けていた情慾が再び、疼(うず)き出す──…。








((あー。顔……))
((…はい?))
((──悪くねぇーな………))

──スリッ…


 ……雄(おす)とも雌(めす)ともハッキリしない、中性的なこいつの顔が好きだった。
 初めて会った頃は、もっとガキ臭さが残っていて。俺に対して恐怖心を滲ませながらも、ガキ特有の好奇心からか、祟場(たたりば)達の目を盗んでは俺の周りをよくウロチョロしてやがった。

((イノセさんっ!))

 …何で、選(よ)りにも選って俺だったのか。俺の方も、何でこいつに興味を持っちまったのか………。





「…………………、」
 髪も背も。伸びた事により少しだけ、あの頃より大人びて。自分の日頃からの諸々の行いのせいもあってか。大人になるに連れ、本来なら色濃くなるべき筈の雄らしさを、こいつは何処かに置いてきてしまったようにも思う。

「イノセさん…?」

 ゆっくりと手を離し相手の腕を引いた。ぐっと近付いた距離に顔を覗き込めば、こちらを真っ直ぐ見上げる双眸(そうぼう)が自分の姿をそこへと映す。腕を離した右手にて再び触れると、こちらの意を察して無言のその視線は伏せられる。僅かに俯き加減となった優人の顔をそっと上向かせると、微かに熱を帯び始めていた優人の視線と静かに目が合って。無意識にイノセントは口許を弛(ゆる)ませた──。
(俺がこの手で、こいつをこうした───…)
優越感、支配欲、独占欲…。貪欲な渇望(かつぼう)した心がこの上なく満たされる感覚。魔物という生来(せいらい)からのどうしようもなく強いその欲望を、こいつの存在がそれらを余すことなく埋めてくれる。恋とか愛とかキレイな皮を被った、ドス黒い執着心だこれは──。

(…俺のもとに堕ちてくればいい。何処までも深く地の底へ───、)

 高揚していく気分へ酔い、柔らかい唇をゆっくりと親指にてなぞる。…可哀想にな、と小さく嘲笑(あざわら)って。覗き込んだ微かに幼さも残す“どっちつかず”の顔は、逆に自分を妙な偽りの感傷へと底なしに引き摺り込んでゆく。
「…ねぇ、イノセさん」
「んー?」
「どうしたんです? …キス、してくれないんですか──??」
イノセントの名を呼び、先を促す愚かで憐れな声の主はクスクスと無邪気に笑ってこちらを見上げていた。視線の先で一度は細められた瞳が、色香を纏(まと)って妖艶(ようえん)に咲く──…。


「くくくくっ…、単に愛でてただけだ──。あんま先を急かすな。変に煽(あお)ると泣きをみるのはお前だぜ───?」

 大人びた表情や仕草の中に見え隠れする“子供の名残り”が、純粋を汚す背徳感へと拍車を掛けるから。それ以上は言葉も無く、誘われるがまま静かにそこへと顔を落とした。








     *

 それらの全ては、“中毒性”を孕(はら)んでいる───。

 自ら強請(ねだ)って置きながら。いざ、そこへ唇が触れると、相手は途端に口を結ぶ。
「……」
固く目を瞑(つむ)り呼吸を詰まらせる優人の様子に、イノセントは微かに鼻を鳴らした。及び腰な相手の手を取り、指先を絡ませる。顎(あご)を掬(すく)って態(わざ)とらしく、噤(つぐ)まれた優人の口許へとイノセントはゆっくりと舌を這わせた。
「…ふっ──、」
丹念にそこを嬲(なぶ)るとギュッと握り返された左手に口を離せば、酸素を欲して半開きになったそこへ容赦なく舌先を挿し入れる。ぬるつく口内を侵(おか)せば、相手は尚もイノセントの左手を握り返しながらも僅かに身動(みじろ)いだ。深くを探ろうとしたのを身を引いて小さく抵抗され、しかし。それすらも許さず右手を腰へと回し抱き寄せたのち、後ろから相手の括られた髪を手荒に鷲掴んで身動きを封じる。
「───はっ…、」
 乱暴に上向かされ、苦しげに眉尻を落とす優人のその表情へとイノセントの加虐心は一気に漲(みなぎ)り、滾(たぎ)っていく。

 辿々(たどたど)しい舌遣いでされるがままにイノセントを受け入れ、必死に舌先でそれに応じようと求めてくる優人のその愚かで滑稽な様の一部始終がどうしようもなく愛しく感じられてしまい、求められるがままに舌を与える。
「っ、……ん、」
 互いの唾液が混じり合っていくのと時を同じくし。優人の霊力とイノセントの魔力とが混ざり合っていく。互いの舌と力とを貪り合いながら、この上ないその快楽へと浸り耽る……。
「んっ…、ふ、ぁ……」
 絡めていた舌を解き、不意に相手の上顎を舌先でなぞると。びくびくと身体を震わせて、相手は身体を強張らせながらイノセントの左手を強く握り返した。
「……………、」



 息を弾ませ、潤んだ目許にて今更な羞恥に焼かれている相手はイノセントから僅かに顔を逸らすと目を伏せた。ほつれた髪の下、肌の色は帯びた熱により染まり、だいぶ赤い。
「……何だろ、」
「どうした?」
「ん、いえ…。何か、凄く……気持ち良かったから、今の………」
「──へえ?」
くつくつとイノセントが傍(かたわ)らで嗤(わら)うと途端にハッとした様子を見せ、優人は今し方の自身の吐いた言葉を恥じて更に一人、俯く。
「…何言ってんだろ。──わ、忘れてください…、今のっ……!」
 ほどけた黒い髪がサラサラと肩から滑り落ちる。こちらからの視線を左手で遮っただけでは事足りず、絡めていた右手を慌てて解き背を向けようとする優人にイノセントの左手が伸びる──…。

「気持ちよかったってんなら、それでいいじゃねぇか──。なあ…?」

離れていった優人の左の手首を透かさず掴んで、イノセントは銀のカフスの光る耳許へと低く甘く囁く。
 トクトクと跳ねる鼓動が触れた先から伝わって、愛しさは増すばかりだ。


(──互いを喰らい合うように、地の底まで愛し合おうじゃないか………)




 

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By クロポン補佐官
2023-11-27 22:00:05
#人は見掛けに依らない
 


     *

「───俺を、肘掛けにしないでください!!」

 とある日のよくよくある日常の一コマだった。ただ、その日は何となく。いつもよりちょっとだけ、その当たり前になってしまっている“それ”が、ほんのちょっとだけ、頭にきてしまっただけの事で──…。
「何だよ。お前、ちっせーから丁度いい高さなんだって。仕方ねぇーだろ」
「なんっにも、仕方なくないですよ! それに俺、別段小さくも何ともないですからねっ?! 言っときますけど!!」
「は? ちっせーだろ、現に……」
「平均身長ですよっっ!!!」
 イノセントの腕を跳ね除けて、相手と正面から対峙する。170と少しの自分が180超えの相手を睨め付けるにはどうしても上目に見上げる形となり、それがまた腹立たしさを増幅させる。悔しさを滲ませ奥歯を鳴らすと、イノセントの薄っすらと細められた目許が嘲笑いを湛えているのが更にまた目についた。──何故、今日はこんなにも腹が立つのだろう。
「俺、もう行きますね!」
イノセントに対し、もうこれ以上の八つ当たりをしたくはなくて背を向けた。少し一人になって頭を冷やしたかった。
「…待てって」
 伸びてきた手に簡単に捕まる。振り解きたかったが身長差、体格差以前に人外である相手の力は普通に強過ぎて。ただの人間である自分には、ちょっとやそっとで振り払えるものでもない。大きく深く溜め息を吐き出して、やけに苛立っていた気持ちを一度抑え込む。
「──あの、」

「あー! 居た居た、ペテロ〜!!」

「あ?」
「……?」
 廊下の奥、向こうの方から聞き覚えのある声がした。
「…何だ、お前ら。揃いも揃って。今日、何かあったっけか───?」
「いやさ。ロキくんは別だけど、俺とアスターくんの野暮用がたまたま重なったから、その序でっていうのかさ。君の顔も見ていこうって話になって」
「はあ〜? 何だよ、それ。大した用もないなら、こんな場所で偶然だろうが何だろうが無駄に鉢合わせんなっつんだよ。…物騒だな、おい。散れ散れ」
「まぁーねぇ〜〜」
タナトス、ロキ、アスター。そして、ペテロ──…イノセント。錚々(そうそう)たる顔ぶれに優人はたじろいだ。
「……俺、席…、外しましょうか………」
「あ〜? 直ぐ帰んだろ、あいつら。いーいー」
「で、でも……」
「なーに? ケンカぁ〜??」
明白(あからさま)に面白がっている様子でタナトスが優人達の元へと歩み寄ってきた。
「──こいつが『俺が小さいんじゃなくて、イノセさんが大き過ぎるんですぅ〜〜!!』っつって聞かねぇんだよ。どっちでもいいだろ、別に。興味ねぇー」
「ああ、もうっ!! ほらまたぁ! そーやって人の頭、直ぐに“顎(あご)置き”にする…!!」
「仲睦まじいな」
「睦まじくないです、全然っ!」
「ねー? アスターくんもそう思うよねー」
「お前と、お前のとこの使い魔との関係にも似ている。…人型の時の」
「あー、ゼノ? まあ、何やかんや言って仲は悪くないかなぁ〜??」
眼前に立ち塞がるタナトスとアスターを優人は見上げる。
(こうやって見ると、やっぱ皆、デカイ……。魔物…、魔族…なんだもんな。当たり前、か………)
 きっと、張り合う事自体がお門違いなんだ──…。

「どうした?」
「何でもありません」
「?、」

「俺が思うには“扱い方”の問題じゃないのか?」

 タナトスの後方へ居たロキがこちらを見遣っていた。
「──世の中、同族に対しても“体”の大きい小さいで人を見下してくる奴は確かに居る。そこの“腐れツノ”が、いい例だな…」
「…え、俺? ナニ…、何で急に俺の話?」
「飽く迄も“互角”の相手に対し、息を荒げ、時に襲い掛かってくる事がある」
「あ、ちょっと…。流石にこの面子の前で今、その話はそのっ………」
「だが、事実だろうがっ──!!」
──ゴッ!!!
「いっだぁー?!!」
ロキに懐から取り出した“神殺し”の銃にてぶん殴られ、タナトスはその場へとひっくり返った。
「“見てくれ一つで人を判断するな”と言ってやればいい。力に物を言わせてきたのなら、ねじ伏せてやれ。こんな風に───、」
──ガチャッ……!!
「待って待って待って、ロキくんっ!! 待って、俺、死んじゃう──!!」


「……あいつ、さっきもロキにセクハラしてたからな。ロキの奴も口実がてら、一回、絞める気なんじゃないかタナトスの事?」
「極めて普段通りだな、あいつら………」
 呆けるアスターとイノセントの元、優人だけはキュッと口許を引き締める。
──バッ!!
「あ?!、オイッ!! おまっ、何処行く気だ───!!?」



「ロキさんっ…!!」
「うん?」
「ありがとうございます! 何だか俺、吹っ切れた気がします!」
「……そう、」
 ロキは穏やかな顔でにっこりと笑った。
「…身長も体格差も関係ない──、強く在ろうと己に誓えば、ただ何もせずに嘆くよりもきっと、強くなるべき道を真っ直ぐに突き進めるような気がします。」
「──ああ、」
「創世(そうせい)の魔物の四人衆の中で、ロキさんが他の誰にも引けを取らないっていうこの事実。凄くカッコイイって思うし、ロキさんの事、勝手に俺、尊敬させて貰いますね!!」
「あはは、尊敬だなんて。──ネコくん、ちょっと待っててね。今、コレ仕留めたら三階の食堂にでも行ってゆっくりお茶でもしながら話そうじゃないか」
「はいっ」
「───ちょちょ…!! ロキくん?! 待って、ダメだよ?? 俺の事、仕留めるとか冗談がキ、ツ……」
──パーンッ!!
「ギャー!! この人、本当に撃ったぁあああっっ…!!?」





「……ロキって、“人型ん時”は確かに俺らの中じゃ一番“小せぇ”のかも知れねぇーけど」
「俺は奴の“もふもふ”の上が、なかなか好きだ────」





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By クロポン補佐官
2023-06-30 12:30:03
チェリーブロッサムの夢 第三話
 


     3.

 時幻党(じげんとう)書斎、書庫室──。優人(ゆうと)はその一角にて一人、立ち尽くす。その場所には圧倒される程の莫大(ばくだい)な情報たちが並び立ち、一様に沈黙を守っていた。見た目こそ、ごく普通の“本”の形をとっているこれらの本来の姿は。時幻党の地下に眠る、エネルギー情報体と呼ばれる“電子の海”の一部。本体である電子の海は、原則として党首の駿河愁水(するがしゅうすい)にしか操れない。しかし、長い時を経て。その一部である情報体たちは今、幾千幾万冊の“紙媒体の本”の姿を模して、ここの書物庫に保管されている。


「“無限戦争世界(エンドレスウォーズ)、軍事社会の在り方”──…」
 傍(かたわ)らの小さな脚立の上へとファイルを広げて。必要な情報の記載されている本を一冊、また一冊と拾い集めていく。その場へ敷き詰められた本たちの背表紙へと指先を滑らせながら、優人の声だけが小さく微かに空間に響く。
「──“第XX次世界大戦(ワールドウォーXX) 〜戦争孤児と覚醒者〜”…………あった。これか…」
 目当ての本が見つかり本棚から抜き取ると、軽くそれを眺めた。…戦争、紛争、内戦──既に抱えられた腕の中の本たちは。今回、そういった言葉らがタイトルに目立つ──。
 腕の中、幾冊と重ねられたその上で。たった今、手にした本を開くと中をパラパラと片手で捲(めく)り、気になるワードへと優人は目を落とした。

──ボウッ……

 そんな優人の足下で弱く、赤い光が音も立てずにツー…と円を描(えが)く。そこに結ばれた魔法陣から赤とも黒ともつかないものが湧き立って、絡みつくよう優人の脚をゆっくりと這い上がっていく。
「──何ですか。…鍵なら開いてるんですから普通に入ってらしたらいいのに」
 ぱたり、と本を閉じて。脚に纏(まと)わりつく“ソレ”を優人は別段、気にした様子もなく書斎の机へと足早に向かう。下ろした本たちが重そうな音を立てて、代わりにバインダーを手に取ると僅(わず)かに後を追ってきていた形のない揺らめくソレを軽く蹴散らすように、再び優人は書庫の奥へと向かった。
「すみません。まだ、やる事があって…。退いててくれませんか? 踏んじゃいますから、危ないですよ──」
「………………」


 優人は脚立の上から手にしたファイルを無言で読み耽(ふけ)り、代わりにそこへと腰を下ろした。脚や腕には相変わらずソレが纏わりついてくるが、大して気も留めた風もなく。ファイルに視線を落としたまま、軽く脚を組んで片手を顎(あご)へと当てた。
「んー…」
 暫(しば)し考え込んだ後(のち)、立ち上がりまた本棚へ向かった優人の背後で。周辺に立ち込めたソレは人知れず濃度を増しており、闇とも形容できる程までとなっていた。





「…資料も、情報も。こんなにたくさんあるのに………あり過ぎて逆に必要な物を探し出せないなんて──、」
 薄暗い書物庫の奥で淡く光の波紋(はもん)が広がった。幾つか目星を付けた本に本棚を覆った光の水面(みなも)越しに指先で次々軽く触れると、それらは微かな光を帯びて僅かに本棚から抜け出てくる。何冊かそれを繰り返す内に「──フォンッ…、」と水中に籠(こ)もる電子音のような不思議な音がして、弱く光を点滅させ、新たな数冊が掲示された。必要、不必要を選別すると不要となった本たちは静かに本棚へと戻っていく。指先で引き出した透けた光の欄(らん)に、ワードを幾つか水面に打ち込み検索へと掛けた。水面が弾け、また空気を震わせるような不思議な音を伴い小さな水紋が幾つか広がる。より分けられた傾向と打ち込まれたワードから導き出された数冊が新たに光を帯びて、優人の目の前にスルリと音も無く抜け出してきた。
「…あった。」
 自身の目線から少し上の段にあった一際強い光を放ち指し示されたその本を優人は手に取る。軽く捲って中身を確認し、安堵に一息つくと本を静かに閉じた。…途端。本棚一帯を覆っていた光の水面は静かにその姿を散らしていって、──シンッ…と辺りはまるで何事も無かったかのように再び元の静寂を湛える。



「何つーのか……」
「何ですか?」
「…いや、」
 足元に積まれていた本らの上から、置いていたファイルとバインダーを今し方、探し出した本と共に抱え直す。今や、はっきりと具現化したほぼ黒に近い赤い“魔力”はスルスルと優人の脚や身体に擦り寄ってゆっくりと愛撫するよう蠢(うごめ)く。
「──あの、気が散るんで。まだ待ってて貰えますか」
背後から伸びてきた「待て」の効かない白い腕に、そのまま問答無用で捕まる。息苦しさと視界の確保に右手を掛け、首元へ絡む相手の腕を下方向へと引いて少しだけずらした。
「聞いてませんね、俺の話…」
諦めの言葉を溜め息混じりに吐き出し、分厚いバインダーを開くとパラパラと頁(ページ)を捲った。そこへ──。
「…あっ、ちょっと───」
急に伸ばされた指輪だらけの手にそれを妨害され、更にバインダー自体を取り上げられる。
「こいつ……」
細かな文字で綴られた名簿と役職、それと小さな顔写真。
「そういう所には直ぐ気付く…。流石(さすが)と言うのか、目敏(めざと)いとでも言うのか──」
「…………、」
「──“電霊世界(ロジカルパラドックス)”の人物達との同一存在が多く組み込まれてるみたいです、どうやら。…その人は今回、俺の上官になるみたいですね」
優人からバインダーを取り上げ一枚の写真から視線を外さない相手に、優人は少し困ったように笑った。
「返してください。…あと、俺がまだ呼んだりしてない内から向こうに来たりなんかしちゃ、ダメですよ?」
「……………」
「返事は?」
「───ああ、」
 返して貰ったバインダーを一度、閉じて。静かな遣り取りの中で返ってきた相手の返答に小さくクスクスと苦笑する。
「…でも。もし、あっちの世界でどうしても苦戦して、俺がイノセさんの事を呼んだら。その時は、ちゃんと来てくれますか──?」
背後に立つイノセントを優人は肩越しに振り仰ぐ。振り返った相手は笑ってはいなかった。こちらを黙って見つめていたその赤い瞳と静かに目が合って。静かなトーンで、イノセントは飽く迄も優人の問いに対する答えを返した。
「いいぜ。そういう契約だった筈だ。──そして、対価はきっちりと貰う」
「……。俺が払える範囲でしたら」
「…多くは望まねぇさ──、」



 素直に嬉しかった。本棚を向き、腕の中のバインダーたちを抱き締めて目を伏せる。
「はい…。ありがとう、ございます……」
クシャッと頭を撫でられて、何だか耳が熱いのに気付く。イノセントが背後で微かに笑った気配がした。
「そういや、“前回の分”。まだ、徴収し切れてなかったな──?」
「…うっ、…そ、それは………」
ギクッ、と固まった優人は視線を泳がせ、動揺に声を震わせる。その耳許(みみもと)で低くイノセントは囁(ささや)いた。
「……ここでする?」
その場から微動だできず、優人にイノセントの表情は覗う事ができなかったが。その声は、確かに嗤(わら)いを含んでいた。
「…あのっ、こんな事言える立場じゃないのかも知れませんが……。対価を後決めするって、それってどうなんですか──??」
沈黙が降ってくる。身動きは未だにできない。
「…そうだな。ちょっと狡(ずる)かったか。──そんじゃ、今回のは無し。」
──ほっ……
安堵感から、肩と全身の力が一気に抜ける。
「次回に回してやるから、また今度な」
「もう、二度と呼びません」
「くくく」
愉快そうに笑って、髪に触れていた手がそっと離れた。
「まあ、それはそれで。これはこれな訳だが───」
「え…?」



 スルリッ…、と不意にその手へ下半身を卑猥(ひわい)に撫でられ優人はビクッと跳ね上がった。反射的に振り返り、眼前に下りてきていた顔へ慌てて片手で相手の口許を塞ぐとその先を制する。
「──イノセ、さん…??」
「………………」
──ぬろっ
「っ、……!?」
指の間を擦り抜けた濡れた舌の感触にゾワリとし、思わず腕の力が抜けて。本棚を背にそのままイノセントへと捕まる。
「あ、あのっ……待ってください。…だって、今回はしないって……今、言って………」
「あ?、くくっ。──ああ、“無し”っつったのは“後決めした条件”の事で。これはこれで、別にいつものそれだろうが」
「いつもの…? いつもの、って? こんな時間帯から、こんな場所で……??」
「…俺は。夜には、また出掛ける───」
「………でもっ、」
──ドッ、ドッ、ドッ、ドッ………
 鼓膜に響く自身の鼓動の音が煩(うるさ)い。首元へ縋られ、斜め足下へと顔と視線を逸らした。割られた脚に本棚へと凭(もた)れ、バインダーとファイルを抱く手をギュッと握る。腰に回った手はスラックスに指を差し込まれ、今にもYシャツの中へと潜り込もうとしていた。
「………イノセさんっ、」
 小さく余裕のない声で相手の名前を呼ぶと、拘束の力は僅かに強まる。脚や身体へ絡みつく具現化した魔力たちにもまた同時に身動きを封じられ、触られているだけなのにその無理矢理されている感覚に酷く興奮している自分に戸惑いを覚えた。人並みにある羞恥心(しゅうちしん)から乱れる呼吸を必死に抑えるが、自然と吐息は熱を帯びていく。
「……………」
 その様子を横目に見て、誘発されイノセントは自身の下半身が熱くなっていくのを感じていた。馬鹿げた事だとは思う。だが、回数を重ねるに連れ様々な表情を見せるようになった優人に背徳感やら優越感やらが附随して気分は何処までも高揚していく。気付くと体勢がだいぶキツくて小さく息を吐き出し、腰を引いた。
──もぞっ……
 ふと、交差した脚の片方に身動いだイノセントの硬くなったものが触れた。ドキリとし、途端に恥ずかしくなって相手の胸に縋って顔を伏せる。トクトクと普段より早い向こうの心音が伝わってきて、何故か幸福感にも似た温かな感情が湧き上がってくる。…嫌悪感は無い。自分はこの人の事が好きだ──。





「優人…」

 熱の籠(こも)った声に呼ばれて顔を上げると、イノセントの手が頬へと触れた。腰を引き寄せられ、覗き込むように相手の顔が眼前に迫る。
「──イノセさん、待って」
優人の言葉にピタリと動きを止め、イノセントは無言で眉根を寄せる。怪訝(けげん)そうに眉尻を落とすイノセントへ気付き、優人はフッと優しく微笑んだ。
「…ねぇ。場所、変えませんか?」
後に続いた言葉へ、何処か安堵した様子を見せ。イノセントは眉間の皺(しわ)を静かに緩ませる。頬に触れたイノセントの手へと優人は自身の手をそっと重ね合わせた。


「ここは少し寒いから。何処か日当たりがよくて暖かい、ゆっくりできる所がいいです───」




 

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