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[1] 充電式の彼女
By サトヲさん
サトヲさんHP

お題は「充電式の彼女」です。

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[2] By 秋島
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カタン。と音がして電源が落ちると、彼女の体はその機能のすべてを停止して倒れこんでしまう。
エノアは小さく息を吐き、読みかけの本を机に置いて立ち上がり、それから床に倒れこんでいるハナの体を整備用のベッドに運び込むために抱き上げる。
機能を停止したハナの表情は、まるで眠っているかのように安らかで、その端正な顔立ちの上には苦悩も悲しみも見受けられない。彼女はただ単に眠っているだけで、今すぐ次の瞬間にも目を覚ましてくれるのではないかという気さえするけど、それがありえない希望に過ぎないことはエノアにはわかりきっていた。
抱き上げたハナの体からは生命の温かみのかけらさえも感じることができない。
「生命…ね…」
エノアは自分の頭に浮かんだ単語の無意味さに自嘲する。
こんな風に頻繁に故障を繰り返すようになる前から彼女に生命が宿っていたことなどありはしない。彼女はただ、命があるようにふるまうべくプログラムされただけの存在だ。はじめから偽物の生命だ。
そして現在では彼女は嘘をつき続けることすら困難になってしまっている。ただそれだけの話だ。

根本的に彼女を修理する技術は失われて久しく、エノアにできるのは応急処置的な対処療法にすぎない。そう遠くない未来、彼女は完全その偽りの生命を停止してしまうだろう。
それはどうしたって避けようもない現実だ。
ベッドの上に横たえられた彼女の瞼は固く閉じられ、長く美しいまつ毛が窓から入ってきた風に静かにそよぐ。
エノアはハナの首を持ち上げ、うなじの部分にジョイントプラグを差し込む。
ブーンというかモーターの回転音が静寂が支配する空間に染み込んでいく。彼女にコードをつないでから、また椅子に腰掛け、エノアは読みかけだった本のページをめくる。

A
陽だまりの中で小鳥たちが楽しそうにさえずる声が聞こえている。
争いも憎しみも既に存在しない過去の遺物で、ただ世界には悲しみだけが取り残されている。エノアは時々この静かで穏やかな日々が永遠に続くのではないかと錯覚しそうになる。だけど、たぶん彼らに残された時間は彼が思うよりずっと少ないに違いないのだ。

ちょうど本を読み終わったころに、ベッドの上のハナは意識を取り戻した。

「おはよう ハナ、気分はどう?」

「エ…ノア?」

目覚めたハナは起き上がり、朦朧とした意識を追い出すように二、三度頭をふる

「私また、意識を?」

エノアが無言で首を縦に振ると、
彼女は小さくため息をつき、それから髪をかきあげうなじに刺さっているプラグを引きはずす


「あなたとは長い付き合いだったけど、このぶんじゃお別れもそうは遠くないみたいね」

深刻なエノアの態度を茶化すかのように、ハナは軽い冗談でも言うような雰囲気で笑ってみせる。

エノアはそれには答えずベッドに腰かけたままのハナの表情を凝視する


「ねぇハナ、君は死ぬのが怖いかい?」

エノアが質問すると、ハナは驚いたように瞳をパチクリさせる。 

「それは、どういう意味?」

「どういうってそのままの意味だけど…」

「私たちは最初から生きてないし、死ぬっていうのは適切な表現じゃないわ。それに…」

「それに?」

「私たちの感情は作られたまがい物だから、怖い。とか。悲しい。とか私にはよくわからない。」



「ハナ『コーギト・エルゴ・スム』って知ってるかい?」

「ええ、それは浅はかで稚拙な考え方だわ」

「作りものだから全部まがいもとだっていうなら、人間だって精密に作られた分子機械にすぎないよ。プラグラムしたのが神様か人間かって違いしかないじゃないか」

「その違いが大きいのじゃないのかしら?たぶんね」

エノアはハナのすべてを諦観仕切った態度に、腹立ちを覚える。
何かを言い返そうと思うけど何を言えばいいのかよくわからない。
なぜこんなにもハナの態度に憤りを感じるのかエノア自身理解できないでいた。

「もしかしたら全部偽物で、本当に意味あるものなんて存在しないのかもね」



黙り込んでしまったエノアに笑いかけながら、ハナはベッドがら立ち上がる


「確かなものなんて何もないわね」

言いながら窓の外を眺めるハナの横顔がどこかさびしげに映るのは
ただのエノアの願望にすぎないのだろうか。

二人が話す言葉を見失ってしまうと、再び穏やかな沈黙が部屋に降りてくる。
外で強い風が吹いて鳥たちが一斉に飛び去る
ハナは左右に頭を振り窓から吹き込んだ風で乱れた髪を元に戻すとゆっくり窓を閉める。


「死ぬのはね。たぶん怖くない…」

呟くようにハナはくちづさむ

「仮に私に感情と呼べるものがあったとして、やっぱり私は壊れて動かなくなることがそんなに怖いとは思えない。私たちは人間よりはるかに長く活動できるけれど、永遠にそれが続くわけじゃない。それはたぶん自然なこと。だけど…」

ハナは自分の考えを整理しようとしてしばらく沈思する

「だけど私たちは、これからもう新しい誰かに出会うこともなく、誰かに何かを伝えることもなく、孤独に二人きり、消えてしまわないといけないかと思うと、ちょっとだけやり切れない気持ちになるの。たとえば私と君で人間たちのように子供を残せるんだったら何かが違うのかもしれない。とか考えたりするけど…」

それからハナはうつむいてしばらく考え込み、その後で小さく頭を振る

「でも、やっぱり私には、そういうのってよくわからないわ」

そう言って笑ってみせるハナがエノアにはまるで泣いているかのように見える。


B
カタンと音がしてエノアのスイッチが切れる。彼の体は椅子に座った体制のまま二、三度小さく痙攣してそれからぴくりとも動かなくなってしまう。テーブルを挟んだ向かい側ではハナが停止したエノアを見つめている。ひどく平坦で凍えきった瞳。彼女の皮膚の下の高度にプログラミングされた人工筋肉は、その表情の上に、何の感情も作り上げはしない。

「もう少しタイミングがずれていたらすべてを終わらせることができたのに」

ハナは考える。
二人同時に止まってしまえば、もう誰も二人を起こす者はいない。
そうすれば、この何の意味もなく繰り返される偽りの楽園を終わらせることができたはずだ。
すべて偽物で、意味なんかなくて。
いつか来る終わりは避けようがなくて。
どこにも辿りつけないことだってわかってるというのに、
歩み続けなきゃいけない理由なんてあるだろうか?

ハナは椅子から立ち上がり静かにエノアのもたれかかる椅子のそばに歩み寄る。彼女が歩くたびに古びたフロー−リングがギシギシと悲鳴のような音を立てた。
今なら彼女はすべてを終わらせることができる。
この静かで、平和な、地獄みたいな日々を。
ハナはうなだれるエノアの頬に手を当て、端正に整った顔を覗き込む

「君は人間のように私のことを恨んだりする?」

椅子によりかかり瞳を閉じたままのエノアは何も答えない

「死ぬのは怖くない」

小さくつぶやいて、ハナはエノアの唇にそっとキスをする。








鳥たちは遠くに飛んで行ってしまって久しく、ただ執拗に窓をたたき続ける風の音だけが室内にこだましている。
風の音にかき消されるなかで、囁くような小さなモーターの回転音。

風の音に、雨音が混じり、やがて再び雲の切れ間から太陽の光が伸びてくるころエノアはゆっくり目を覚ます。

「おはようエノア」

エノアのいまだピントの合いきらない視界の中でハナがもの憂げに微笑む。

「…おはようハナ」

エノアはぼやけた思考で自分の陥った状況を推察し、小さくため息をつく。それから少しだけバツが悪そうにはにかんで、自分のうなじに刺さっているジョイントプラグを抜き取った。

「今度僕が倒れたら、君はもう起こしてはくれないかと思ったよ」

エノアは冗談めかして笑ってみせる。
からからに乾ききった絶望に満ちた笑い声。

「どうしてそう思ったの?」

「わからない。ただ。何となくそう思った」

ハナはエノアの顔をじっと見つめる。平坦で感情を感じさせない凍えきった瞳

「わたしね。エノアに聞きたいことがあるの?」

「なに?」
                


  


「ねぇエノアは死ぬのが怖い?」










いつかカタンと音がして。

そうしてすべては終わってしまう。



end

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