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「ロロロちゃん!ちょっとちょっと!」 「む。なんでしょうか、〇〇おばさん」 昼下がり、自宅で昼食を済ませた私は、ストックのなくなった矢を買い足しに馴染みの商店へ向かうところで声をかけられた。 声の主の正体はうちの近所でじゃがいも畑を営む〇〇おばさんだった。 ロロロが時たまその畑を手伝ったり、〇〇おばさんが作って余ったおかずを家に届けてくれたり、非常に友好な関係を築いている存在だ。 「××さんのとこ、奥さん帰ってきたんだって」 「××さんといえば…奥さんが臨月だったあの?」 「そうそう、出産終わって退院して帰ってきたんだって。赤ちゃんも一緒よ! アタシ今から××さんとこに出産祝い持って行こうと思ってねえ。ロロロちゃんもどう?赤ちゃん可愛いわよ〜」 赤ちゃん。 頭の中でその言葉を反芻する。 赤ちゃん、赤ちゃん…産まれたての生き物はほぼ例外なくそう呼ばれる。 この世に存在して間もない命。 鳥の赤ちゃんは見たことがある。親鳥のような鮮やかな毛はなくて、ピンクでぷにぷにで、シワシワだった。 鹿の赤ちゃんはない、でも子鹿はちょっと見た。 あとはー…人間の赤ちゃんは、ない。ないぞ。 どういう姿をしてるんだろう。と私は興味が湧いた。 是非に、そう、是非に見てみたい、うん。見よう。 「おばさん、ロロロも共に参上つかまつりましょう。いざ行かん赤ちゃんの元へ、です」 こくこくと力強く頷いた私におばさんはじゃあ行きましょう行きましょう!と恰幅のいい身体を翻し、××さんの家へ私の腕を引っ掴んで向かった。 ××さんの家へ着きおばさんは出産祝いを××さんご夫婦に手渡す。 何も用意していなかった私は精一杯のおめでとうを伝えさせてもらうと、二人は幸せそうな笑顔でありがとうと返してくれた。 「赤ちゃん、今寝てるんです」 「あら、じゃあ静かにしないとだわね」 奥さんの言葉に、おばさんが口元に人差し指を添えてしーっとやった。 私もマネをしてしーっ、ですね。とお返事をした。 「はい、見せていただいてもよろしいでしょうか」 はい、と挙手をして夫妻にお願いをしてみると、ええ、どうぞ、とお目当ての存在が眠りにつくベビーベッドのある場所へ案内された。 そっと部屋に入り、そっとベッドの中を覗いた。 (人間の赤ちゃん。はじめまして) 頭の中で挨拶をしながらその姿をよーく観察する。 小さい小さい、ちいさーい人間がそこにいた。 「撫でてあげて」 耳元で囁かれた奥さんの言葉に従って、そっと頭部を撫でた。 少ないながらも夫婦と同じ金色の髪がそこにはあった。 ふわふわしてる。綿毛みたい。 次に頭から胸へ手をずらす。 そっと、胸を撫でた。そして手を心臓部に添えると、胸は上下し呼吸をしている。 その呼吸で活動を行える心臓の鼓動が「とくりとくり」と振動として指から感じられた。 こんなにも小さいのに生きているんだ。 頭だって耳だって足だって小さいのに この、私の指の第1関節と同じ程しかない手だって小さいのに パーの形の手のひらを指でちょんと優しくつつくと、きゅ、とその手がパーからグーに形を変えた。 握られた指から生き物の温かさ、ぬくもりを感じた。 熱は苦手なはずなのに、このぬくもりは何故か安心する。ふしぎ。 「あらぁ…」 おばさんが小さな声でその様子に声を漏らし、宝物を眺めるようなキラキラした目をする。 「かわいいですね。」 言うとおばさんはウンウンウンと素早く頷く。 本当になんて尊くて愛おしい存在なんだろう。 「ふぁ…」 その時、赤ちゃんが口を開けた。 そして次の瞬間、そんな小さな身体のどこから出しているのだと聴きたくなるほどの大音量で泣き声を上げはじめた。 おばさんはビクゥッと飛び上がり、対処のわからない私は固まっている中 産みの親である奥さんはサッと赤ちゃんを抱きかかえて揺すったりぽんぽんと背中を叩いてやったりしている。 赤ちゃんは顔を真っ赤にさせてボロボロと大粒の涙を流す。 小さな身体なのに、どこにそんな水分を蓄えていたんだろう?と考えてしまうほどの量だった。 --- 「あ、洗濯物取り込まなきゃだわ! じゃあね、ロロロちゃん。」 ××さんの家を後にしてからしばらく道で井戸端会議に興じた後、おばさんは思い出したようにそう言ってばたばたと忙しなくこの場から立ち去った。 私もそこで本来の予定を思い出した。 矢を買わないと。 --- 「ああ、ロロロちゃん、いらっしゃい いつもの矢かい?」 いつもお世話になっているお店に入ると、すっかり顔なじみになった店主のおじさんが声をかけてくる。 「うん。10本ください」 「ようし、ちょっと待ってな」 おじさんはそう言って倉庫にある矢の在庫を取りにカウンター奥の扉へ消えていく。 手持ち無沙汰になった私はなんとなしに店内をぐるりと見回った。 この店は武具を中心に売っている為、壁に掛けられた重そうな斧やもし包丁として使ったら食材どころかまな板やキッチンごと切れそうな剣など立派な武器が部屋中に並ぶ。 と、そこであるものに目が止まった。 見たことのない弓が飾ってある。 「おまたせ〜! 今日はおまけで3本付けてやったからな…っと、ああそれ」 そこに丁度倉庫から戻ってきたおじさんが私の視線に気づいたようで、弓へと視線を向ける。 「ロロロちゃんはお得意さんだから特別にいうけど、アレ、模倣品なんだよ。」 口もとに手で戸をたててロロロとおじさん以外は誰もいない店内で無意味にヒソヒソと話し出した。 「模倣品?」 「そ、見てくれはよお、腕の良いって評判の〜あー、なんとかって言う有名な職人が作った弓にそっくりなんだが…偽物でな。粗悪品ってやつだぁな」 模倣品、偽物、粗悪品 その言葉に、自分にはないはずの心がちくりちくりと針で刺されるような痛みを感じる 「いくら見た目が同じでも、中身が伴わなきゃダメだわな。ガハハハ! あ、お代は銅貨◯枚ね」 「はい。1、2………◯枚です。 おまけ、ありがとうございます。それじゃあ」 ---- 日が落ちはじめ、草木も人も夕焼けに照らされて橙色に染められる時間。 私はユミル草原に来ていた。 草原で横になって××さんちの赤ちゃんのことを思い返していた。 私より小さな身体で、心臓は鼓動をうって呼吸をしていて、泣いて、心がある。 18年、この世界に存在する私よりもよっぽど生まれたばかりの赤子の方が人らしく在る。 ≪模倣品なんだよ≫ ≪偽物でな、粗悪品ってやつだぁな≫ ≪どんなに見た目が同じでも、中身が伴わなきゃダメだわな≫ 店主のおじさんが言った言葉が頭の中でずっと繰り返される。 あんなに、人の手のぬくもりを知っていても私は人ではない。 こんなに夕焼けに照らされることが暖かいことを知っていても私は生きていない。 (生まれてみたい、生きてみたい。 みんなと同じように老いていきたい。 自分に似た家族を愛してみたい。) 私は頭の中でそんなことを願った。珍しくおセンチなメンタルになってしまったせいだ。 ない心がちくちくと痛んで寂しくて、ロロロは泣きたいと思った。
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