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○月×日。白のアリスと、邪智のチェシャ。 ーーーー 白、白、真白。 一面漂白されたかのように、何も無い白い空間。 白い闇、或いは白いだけの空間、伽藍の堂。即ち虚白。 ヒトに知覚出来る領域ではなく、ヒトが居合わせる事が赦されるべきでは無い、有りながらにして無き場所。 故に、かちゃり、と金属音が鳴る音がする事のどうしようもない不自然さが際立った。 何も存在しない、誰も存在出来ない。 ならば、そこに音を発する何者かが居る筈がない。 であれば、きっと此処にいるのはーー 「ーー君らしい悪趣味で悪辣な劇だったようだな、チェシャ。」 白い少女が、居た。 白い空間に、白いテーブルの前に、白い椅子に腰掛けて、白いポットより紅い紅茶が注がれたカップを手にして。 白い少女は、けれども少女と呼んでよいものか。 その声に幼さは微塵も感じられない。 完成された精神性。半端な知性如きでは対峙し見据えられるだけで萎縮し言葉を発する事もともすれば許されなくなる程の、暴力的な迄の知性。 未熟さは何処にもなく、可憐な外見に反してその中身は老練なるそれでしかなく、この虚白の間において支配者のそれを思わせる強大な存在感を持ち合わせていた。 ヒトの型をした少女。決して異形ではない。 だが、もし此処に彼の惨劇の舞台の末期に現れた異形の哀れなる子羊や、虚白の地の白き怪異を並べたとしてもそんな異形らが可愛らしく思える程に、その存在そのものがこの世のそれらと内面的な意味合いでどうしようもない程に異形であると観測する者がいれば理解出来たであろう。 理解の及ばぬ、理解してはならぬ内面。 この真白き空間は、そんな少女の心を表すような場所であった。 「ええ、それはもう。いやはや、ついつい興が乗り過ぎて主催者であるとバレかけたり、うっかり羊に殺されたりもしてしまいましたがまあ、有能過ぎる旅人方のお陰で無事に終える事が出来ました。にゃ。」 そんな場所に、もう一つ声が響いた。 テーブルの向かい側に座る、真っ黒な闇。 否、闇ではない。それは黒い、猫であった。 けれどもそんなものは全部偽りだ。 黒も、猫も、商人という肩書きも、あの舞台で語った雑貨屋のザックという男と素性、当然木こりのアークスとの関連性等話したのも全て嘘。 嘘を暴き立て中を除けば、そこにあるのは悪意だ。 悪意そのもの、純粋なる悪徳。 コレは、そういう存在だ。そういう存在に、成り果てた。 猫舌と言う設定にしているのか、ふう、ふうと紅茶に息を吹きかけ冷ましておちゃらけてみせるチェシャと呼ばれた大柄な猫男は上機嫌にごろごろと喉を鳴らす。 不快な音だ。 猫の鳴き声は、ヒトが猫の鳴き真似をする演技臭さを隠しもしない作ったもの。 喉を鳴らす音は、猫の皮の下に蠢く悪意の食指が歓喜に震えるかの如く皮を下から虫の節足のような引っ掻き、毟り、臓腑や血肉を掻き分け骨が軋む音がたまたまごろごろと猫の喉を鳴らすそれに近く聞こえているだけに過ぎない。 「この物語の事の発端は、銀の国の寒村で一昔前に起きた猟奇殺人事件。大人の手助けを得られず、成る可くして殺人鬼と成った獣達の嘘。ーーむかしむかし、あるところに二人の仲の良い兄妹がいました。兄妹は貧しくても、寒くても、飢えても、互いに分け合い、寄り添い、力を合わせて生きていました。妹は、優しい兄が大好きでした。村の皆も、大好きでした。しかし兄は妹と、最近付き合い出した羊飼いの女の子は大切でしたが、村の皆は嫌いでした。妹は覚えていなくても、兄は父と母が病に伏せて困っている時に、村の皆が助けるどころか病を感染されてはたまらないと寄り付く事すら忌避し、見殺しにしたのを知っていたからです。それでも純粋で幼い妹には伝えず生きてきた。けれどそれも長くは続かなかった。ーー兄妹は、獣でした。獣人はこの世界において珍しくない。しかし人として産まれたのに、後天的に獣へと変わり果てた。まるで病に冒されたかのように。先祖返りと呼ばれるものだと兄は後に知りました。そして、妹に流れる血は何の因果か兄よりも遥かに濃く、本人にも制御できないものでした。初めは兄が何とか押さえ付ける事が出来る程度でしたが、日を追う事に強まる力に兄は困り果てていました。そんな発作にも似た症状も落ち着いてきたある日、羊飼いの娘と日が昇りきらぬ早朝に牧場で逢瀬の約束に兄は眠る妹を置いて出ていってしまいました。その時、妹は起きて寝坊助の兄に代わって朝御飯を作ってあげようと早く起きていたとは知らず。妹は、兄が何処に行くのかこっそりあとを尾行することにしました。けれども霧の濃い早朝、大人に近い兄と違いまだ子供の妹は追いつけず見失い、村の広場で完全にはぐれてしまいました。ちょうどその時、羊飼いの娘の父親がたまたま昨夜の酒の抜け切らぬ内から目覚め、娘がいないと気付き探していたのか、それとも飲んでいた場所であった広場に何か落としたのを探しに来たのか広場へ現れて鉢合わせしてしまいました。酔っていなければ、口を滑らせる事もなかったのでしょう。挨拶だけして別れていれば良かったのに、羊飼いはうっかり言ってしまいました。恐らくは、親が居ない子供を侮蔑する類の言葉か、親や兄への中傷。妹は驚き、悲しみ、吼えた。逢瀬を済ませて広場を通り、自宅のある丘へ帰ろうとした兄はそこで血塗れで呆然としている妹と、無残に殺害された羊飼いの死体を発見してしまいました。そして悟りました、嗚呼、なんで自分は妹を置いて行ったのかと。己の愚かさを悔やみながら、獣から人へ戻り何が起きているのか分からず混乱している妹と急いで人目につかぬよう家へ帰り、兄は嘘をつきました。お前が殺したのではない、あれは悪い狼がやったことだと。そして、発作が夜に起きやすいとも知っていた為、夜には外出してはいけない、夜に寝ていないと悪い狼がやってくると忠告しました。妹を守るため、妹に罪を重ねて欲しくない為。けれども村の大人を騙せる嘘ではありません。明らかに人間業ではない死体に最初こそ外から魔物が入ってきたのではないかと、そう言う風に兄も誘導してきたけれど些細な嘘は綻びが出て、そして外出が減った妹に対しても訝しむ声が増えていきました。ある日、外からやってきた吟遊詩人があの早朝に実は事件を目撃していたと話し掛けてきました。吟遊詩人は外の人間だからどうでもいいけど、黙っておいてあげるから路銀ぐらい欲しいと兄をゆすったのです。兄は、妹をどうしても守りたかった。お金を何度やっても吟遊詩人は脅しを繰り返してきましたが、もうお金もありません。兄は、吟遊詩人を殺しました。これがきっかけで、兄の中の獣が囁いたのかもしれません。妹を守る為には、真実を知る者、知ろうとする者は殺すしかないと。兄は妹を守る為、一人一人村の皆を殺していきました。もう二度とこの事件に関わりたくないと思わせる為、なるべく残酷に、なるべく残虐に、なるべく恐怖させようと。子供の浅知恵です。当然、大人は聖騎士の派遣を要請しました。そして、元より少ない人口の村です。村人が減れば自然と犯人も限られ、とうとう連続殺人鬼が兄だとバレてしまいました。自分が殺される分には構わないと兄は思いましたが、大人達は妹にもまだ最初の殺人だけは本当に妹がやったものだと気付いていないのに、殺人鬼の兄の妹だから、親がいない子供だからと殺そうとしました。その中には、彼女であった羊飼いの娘もいました。兄は止めようとして、殺されかけて、そして追い詰められた妹はまた、獣となってしまいました。気付けばもう、兄と妹だけしか生き残りはいませんでした。皆みんな、死んでしまいました。殺してしまいました。妹は意識を失っていますが、体も、妹を守る為に殺人を続け後戻りが出来なくなった末に彼女さえ喪った兄は、もう限界でした。聖騎士が辿り着いた時に、兄は言いました。この事件の真相を。その上で頼みました。全ての罪は自分にある。だから、自分の命はどうなってもいい。だけど妹だけは助けて欲しい、このどうしようもない病気のような獣となってしまう妹を治して、本来の優しい女の子として生かしてあげて欲しいと。都合のいい話だと兄は分かったうえで、兄は喉を掻き切って自殺しました。妹もまた、結局は保護された後に精神を病んで、誰もいない村に戻り兄の後を追うように自殺しました。今も、兄妹の魂はあの廃村に残っているのでしょうか?ーー最後まで真実を知らなかった妹には、未練が残った。」 「ええ、ですので、哀れに思った吾輩が手を差し伸べてあげたのです。『貴方達兄妹と村人が救われる、真相に辿り着いて過去の過ちを正せるかもしれないように』と。彼女の未練、妄念を根幹にあとはちょちょいのちょい、と。幸い役者はハロウィンにて白夢の存在が認知され、認識が補強されたお陰で、招くのも容易でしたもので。まあ、あくまでハッピーエンドは可能性でしたし、結局は失敗に終わった訳ですが……いやはや、残念ザンネン。吾輩、お涙頂戴劇のあまり、抱腹絶倒で悶え死ぬところでした。」 白き少女は心にも無い言葉を宣う邪悪なる猫から視線を逸らし、テーブルの隅に追いやられた残骸を横目に見遣る。 白い村のミニチュア。 そこには砕けた羊の駒と狼の駒、傍には真っ黒な雑貨屋の駒。 逃げ惑うように割れて砕けたミニチュアの舞台から転げ落ちる羊飼いの娘、宿屋の女将、吟遊詩人、そして軍装の旅人、コック帽の旅人、筋骨隆々な眩しい旅人、雅なる青の帝の旅人、美麗なる銀の教皇の旅人、臆病にして勇敢な兎の旅人、修道女の旅人、武将の子供の旅人の駒が転げ落ちていた。 「残念、か。私にはお前がもう舞台に飽きたから、滅茶苦茶にしようとしたようにしか見えなかったがね。教えたのだろう?羊の皮を被った狼が畏れる唄を。舞台の根幹たる少女の願いを否定し、残酷な真実の片鱗だけを思い出させるそれを。」 「はて。あの舞台の役者はそうそうたる面々でしたもので。吾輩がお節介を焼かずとも自力で何とかしたのではないかと。吾輩好みの救いの無い、願いも努力も一切合切水の泡に帰す愉快な終わり方は個人的にはハッピーエンドだったので、彼にはMVPを差し上げたい気分ではございますが。にゃっにゃっにゃ。」 「悪趣味だな。清々しい程に。その悪辣さは、黄金の魔導王と似ている。尤も、彼女は巡り巡って彼女と兄への偏愛に行き着くが、君の場合はただただヒトの悪意の証明と肯定であるという点では非なるものだがね。……さて、物語は閑話休題に差し掛かる。聖夜、そして新たなる年を迎える備え。彼等に労いとして、宴の席でも用意してやるとしよう。チェシャ、年末年始ぐらいは大人しくしておきたまえよ。」 白い少女は紅茶を飲み終えれば、すう、と虚白に溶けるように消えた。 あれだけの存在感を放っておきながら、最初からいなかったのかのように。 残された黒猫は、冷めきった紅茶をぐびりと飲み干した。 「ははは、いやいや、白のアリスからのお咎めならば甘んじて大人しくしておきましょう。……ですが、宴、ねえ。貴方こそ、吾輩のような愛らしい猫などより余程恐ろしいモノだ。だってそうでしょう?吾輩は猫の悪戯程度ですが貴方のそれはそんなものではない。いつだって、全て掌の上。今回の宴も、どうせ何か意図あっての事でしょうに。……にゃあ。」 猫の鳴き声が最後に響き、白いお茶会の席には誰もいなくなった。 お茶会の席と、空のカップと、壊れたミニチュアだけを遺して。 それらもやがて、溶けて消えた。 ーーーー 白霧の村の殺人事件、後日談。改めてイベント参加者様の皆様に多大なる感謝を。
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