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――遠くから自分を呼ぶあいつらの声が聴こえる。 無論、幻聴だ。 昔、まだ餓鬼で居られた頃は当たり前のようにつるんで、本物の兄弟姉妹、家族の一員として一緒に居た時間のほうが長かったあいつらがこんな所にいる訳がない。 第一、ランドルフに至っては成長が早い人間なんだから最近は会っていないが多分俺やネオンより年上の見た目になって相応に老けた声になっちまっているだろうしあの頃の声な訳があるかよ。 離れ離れになったきっかけは、間違いなく俺の母親の死だ。 そこからあの頑固親父は益々暗く、口を開かなくなった。 家族としてまとめていた本当の支柱は、俺でもなければ親父でもなく母親だってのは分かっていた。 それでも俺は何とかしなくちゃといつも通りに振舞おうとして、だから皆にもいつも通りでいてくれよと声にならない懇願をして、駄目だった。 分かっていたさ。 すぐに自分の居場所ってのを見失って離れようとする似た者同士なランドルフとネオンの奴を引っ付けてやるのは俺の仕事だと思って無理してでも明るく振る舞って、一緒に居られるようにと努力していたが俺じゃなくても、俺がいなくても何も変わらないなんてことは。 母親の、母さんの愛情と型破り気味な性格と明るさが皆を惹きつけていただけであって、俺は母さんの代わりにすらなれやしない。 結局、あいつらとは離れ離れになってしまった。 親父の息子としての肩書だけで、実力でも信頼でも到底肩書に見合ったものはなかったことも嫌ってほど知っている。 黒鋼の征騎士団(トーデスシュトラーフェ)解体後に後続組織の騎士ギルドに所属する道もあったのに名を変え、黒の親衛隊に入隊しことだって、親父への反発心なんてのは建前で親父の息子がこの程度なのか、と見飽きる程見て聞いてきた失望の眼と声から逃れたかったからだ。 結局のところ、俺は両親の後を何一つまともに継げていない半端者だ。 黒の親衛隊に入ったからって半端者が変われる訳がなく、いつも頭に針が刺さっているような不快感に苛立ちながら働いていた。 だけど、そんな俺にも転機ってのが訪れた。 以前から各国が水面下で進めていた一巡前におけるガーランド王国が在った筈の、現在の世界においては未だ不明点が多い虚白の地と化してしまった場所に恐らく謎の答えが眠っていると目される『虚白の塔』の調査隊への加入。 実際は調査というのは他国向けの建前で本当の目的は別にあった。 ――『白のアリス』。予てより虚白の地にて存在を確認されていた少女、もしくは少女の姿をした何かとの接触。ないし確保、連行が俺達に与えられていた任務だ。 秘匿性の高い任務への従事は初めてではない。 だが今回のは特に守秘義務が強く、それだけに隊員の中でも選出は慎重だったらしい。 だから、それだけに選ばれたってのは特別な事なんだって思って、正直俺は浮かれていたよ。 こんな俺でも認められているんだって。 ……油断していた訳じゃあない。 だって不可抗力だろ? 塔に入った瞬間、突然原因不明の空間歪曲現象発生。 セルゲイ隊長、他の隊員の皆ともはぐれて完全に孤立。 現在地は、何処だったんだろうな? 最初は全部悪い夢だったんだって、そう思いたくなる優しい世界だった。 母さんは死んでいなくて台所から熱々のマグマパイを持ってきてあいつらを呼んでくれって笑ってくれて、親父は相変わらず無口な頑固者だけれど母さんには頭が上がらないし、ある意味俺より親父似ですらあるランドルフの奴も何だかんだで断りきれずにテーブルの席に就いて、母さんの病気の件で世話になっているリリー家の実家ではなく俺の家にやってきて訓練と称して馬鹿やっている男二人を呆れながらも馬鹿に付き合ってくれるネオンも一緒に食卓を囲んで。 銀のスプーンを手に取り、さくり、と火山を模した中央が煙突状に盛り上がったパイの生地を突き破り、生地をぐつぐつと出来立てで煮えたぎる溶岩流のようなトマトベースにほくほくの柔らかく煮込んだ芋や野菜の具沢山のフィリングに押し込み、掻き混ぜ、溶かしてから掬い上げてスプーンに口付ける。 熱い。 母さんは出来立てが美味しいって言うけど、毎回俺には熱すぎる。 親父は黙々と食べているから俺だけが熱さに弱いのかと思ったが、見ればランドルフも俺同様よっぽど熱かったのか声こそあげていないがスプーンを口に運んだ姿勢で固まっているし、ネオンはそんな俺達で熱さの加減を確かめていたのかわざとらしくふーふーと息を吹きかけ冷ましながら食べている。 母さんは、そんな俺達を見守って笑ってくれている。 昔確かにあった、当たり前に続くと思っていた日常を切り取られた世界。 明日はもっと良い日になると思い込んでいた、最も幸せで、最も馬鹿だった頃の日々。 けれども、夢は所詮夢。 過ぎ去った現在だったものはどれだけ懇願しても留まってはくれない。 となればこれは、走馬灯か? ……遠くで、けれどもさっきより近くで呼ぶ声が聞こえる。 俺の記憶にある餓鬼の頃のあいつらは、此処に居る。 じゃあ、この声は。 ――鋭い痛みが、頭を突き抜けた。 夢が、醒めた。 視界が明滅し、頭がぐわんぐわんと揺れて気持ち悪い。 妙に頭が痛いが、殴られたにはしては痛みの質が違う。刺された?誰に? 痛む頭を左右に振り、目をごしごしと擦り――目尻から伝いかけた熱い何かを拭って――顔をあげればそこに居たのは、純白の少女。 左の小さな手を細い腰に当てながら右手には今し方俺の頭に走った痛みの原因たる凶器を手にして仁王立ちで、機嫌悪そうに頬を膨らませながら此方を見下ろす彼女はどうやら居眠りをかましていた俺に大層ご立腹な御様子だ。 そうだ、俺は――隊とはぐれてから、話によれば塔の上層部まで飛ばされてしまったらしい俺を発見した、奇しくも俺達が探していた白のアリスと名乗る少女により、今塔の内部が滅茶苦茶なことになって転送してやることもできないから入口まで送り届けてやると案内されていた途中だった。 「あー……すまない、アリス。待て、待ってくれ!一度落ち着いて振り上げている手に握ったその凶器を下してくれ!今寝ぼけまなこだったからちょっとど忘れしていたんだ、『エリィ』。勿論呼び方を忘れた訳じゃない。ところで羽ペンって人を刺すものじゃないだろう?この痛みから察するに羽ペンが刺さって取れなくなったとか言われてもしょうがないぐらい思い切りやったと推測されるんだが、そっちの謝罪は……ないよな、うん。君の性格はこの短期間でよく分かった。」 白のアリス。 どうやらこの白のアリスと言うのはあくまで本人にとっては名前ではなく役職名のようなものらしく、彼女は『エリィ』と呼ばれる事を望んできた。 恐らく正式名称はまた別にあるのだろうが、そこまでは聞いても教えてくれなかった。 どうやら彼女は時々こうして虚白の塔に迷い込んでいる『外』の住人を送り返す事も仕事の一つとしているらしく、その多くはまともに意思疎通ができない者ということで俺のように正気で居られる者が珍しいからと比較的友好的で此方からの質問にも答えてくれた。 さっきみたいにこの空間が不安定というのはどうも事実であるらしく、幻覚か何か、不思議なことに過去の映像みたいなものを見せられたり、そもそも俺のものではない何かを体験することになったり、俺の知る世界で起きたと思えない奇妙な空間に迷い込んだりもする度に彼女は俺が元の塔に引き戻してくれる手助けをしてくれる。 ただ、やり方が時々妙に暴力的で羽ペンで頭を刺されるぐらいはマシなほうで危うく死に掛けそうな過激な手段だったり、俺の事を『塵屑』だの『塵滓』呼ばわりしてやたら高圧的で偉そうだったりとするのは正直どうなんだと思うが助けて貰っているのであまり強く文句は言えない。……よく考えたら、さっき幻?に囚われている時に呼んでくれたのは彼女なのか?普段からちゃんと名前を呼んでくれると嬉しいんだが。 とりあえず接し方はともかく、敵意がないのは恐らく本当なのだろう。 信じていいはずだ。 それに、俺はこの善意で助けてくれようとしている彼女を捕らえ、連れて帰る事が任務なんだ。 敵意を抱かれたり、嫌われたりするのは不味い。偶然とはいえ目標と接触し、行動を共にしているこの状況は絶好の機会なのだ。 ……少女の善意を裏切るようで、胸が痛む。 だが、これは特別な任務だ。それに彼女が謎を解き明かす鍵なら祖国だって手荒い扱いをすることはない。あくまでこれは任務、そしてちょっと塔に籠り切りのお嬢さんを外の世界に案内してあげるだけなんだ。 考え事をしてまた黙り込んだ俺を訝しみ、心配そうに赤い瞳が見上げて覗き込んでくる。 疑われてはいけない。気づかれてはいけない。 友好的関係を維持し、どうにかはぐれた隊長達と合流しなくてはいけないんだ。 選ばれた、認められた以上それに応えねばならない。 出来なければ、俺はまた失望されてしまう。 あいつらにだって、会わせる顔がない。 「ごめん、ぼうっとしていた。もう大丈夫だ。さ、行こう。」 また罵声が飛んでくるが、よっぽど頼りないと思われているのか心配してくれているのか裏切る事になる俺の手を小さな手で掴んで先導してくれる少女の手を握り返す。 その手は小さく、真っ白な手指に反して温かかった。 俺の手は、どうだろうか。 緊張して、気不味くなって冷え切っていたりしなければいいんだが。 「エリィ、ところでまた一つ聞いてもいいかな?――――」 ――記録者名、黒の親衛隊所属。ロムルス・ラエスト。
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