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窓の無い浴室で右手にスポンジを握り締めて、かれこれ一時間が経過していた。 腕時計は靴下の横に置いて来たから、正確なことはわからない。 けれど、あたしが集中できる時間なんてたかが知れている。 水垢の削り取られる様は、見飽き始めていたし、 奥のキッチンで油汚れやら焦げ付きと格闘しているであろう君を思ったら、 もうこれ以上うつむいているのは限界だと、喉の奥が訴えていた。 一昨日刺さった舌平目の骨が、 今更になって抗議しているのかもしれない。 そうしたらあの人も同罪なのだけれど 魚には優しい人だから、骨をつかえさせるなんて所業はきっと、やらかさなかったんだろう。 嗚呼、シャンパンなんて止めておけば、舌平目との相性は抜群だった――、あれをスーベニアにするなんてどうかしていた。 忘れられない味になることくらい、肌身で学んできた筈なのに。 あんまり悔しくて、スポンジを力任せに擦りつける。 くるぶしまで浸った水が、波紋を広げていたけれど、構わず擦りつける。 あたしは魚になり損ねたので、その喉に刺さることすら許されない。 君は明日、この町を出て行く。 あたしはぽっかりとした浴槽で、少し跳ねてみる。
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