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シャチが、跳ばない。 今日に限ってシャチが跳ばない。 今日は、私にとって生涯只一度の晴れ舞台だ。事実、初めて水族館ショーの舞台に立った時よりも緊張している。 「なんで跳ばないんだ…。」 私には、まだ若かりし頃自らの我が儘で妻子を捨てて蒸発した過去があり、今日は、その妻と娘が私のショーを見に来る予定なのだ。それが故に、私は絶対に失敗したくなかった。 「何だ、何が気にくわないっていうんだ。教えてくれよ、アイス。」 私は憤って相棒の名を叫びながら、彼の潜っているプールの水面を力いっぱい激しく叩いた。 水しぶきが宙を煌めき、その刹那、再び水の底へと静かに消えていく。 一瞬の静寂が辺りを包んだ後、相棒が心配そうに水上に顔を出し近付いて来る。 途端に自分の短気さが恥ずかしくなって、安心させるように彼の頭をそっと抱きしめた。 「お前のせいじゃないよ。悪かったよ、ごめんな。」 解っている。私が焦っているだけなのだ。それはよく解っている。 実は私は、蒸発した数年後より酷く後悔の念に苛まれ始めて、虫のいい話だが許して貰おうと考え妻子に手紙を書いていた。 返事は、来なかった。 幾度も幾度も出した。 それでも返事は来なかった。 当然だ。現実からも借金からも逃げ、彼女達に苦労を押し付けて出て行ったろくでなし男に出す返事等ないのだろう。 今更後悔しているから許してくれと言われても、彼女達にしてみれば、何をいわんや甲斐性無し、といった心もちなのだ。 だけど私は、十年間毎日書き続けた。 『すまない。』 『許してくれ。』 『娘は元気か?』 内容はほとんど毎日同じだった。 そして、ついに先日、十年間待ち望んだ返事が来たのだ。来たのだ! 『貴方には二度と会いたくありません。だけど、貴方の調教したというシャチのアイスを娘が見たいと言うので見に行きます。』 私は、後にも先にも嬉しくて男泣きしたのはあれが初めてだった。 「アイス…頼むよ。」 アイスが私を見つめる。何処かで見た事のある目だ。そう、まるで私が出ていくと決めた日の娘の目に似ている。 「アイス、お前、もしかして…不安だったのか?私が、不安にさせていたのか?」 私の態度がいつもと違うから、彼は心配し、不安だったのだ。 「…解った。もう大丈夫だよアイス。跳べても跳べなくても私達はいつも通り相棒だ。」 ゲートが開き、待ち侘びた観客達が入って来た。
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